第二十六章:暗闇から暗闇へ
青年は突進して来たオグルを正面から受けて立つように動かなかった。
しかし叔父だったオグルの仲間達も動かないのを少年は怪しんだ。
「・・・・・・・・」
少年がチラッと左右に視線を向けると・・・・巧妙に隠された気配を感じ取った。
だが・・・・左右から挟み撃ちにでもしようという浅はかな考えは炎によって掻き消された。
『ギャアアアアア!?』
炎に包まれた2匹のオグルは悲鳴を上げて地面を転がる。
「・・・・言った筈ですよ」
何時の間にか自分の隣に立っていた小聖職者が小さな声で呟いたのを少年は聞き、視線を小聖職者に向けた。
対して小聖職者は少年を見ずに言葉を紡いだ。
「あの方が進む道を阻む壁は・・・・例え如何なる厚い壁だろうと・・・・私が焼きます」
小聖職の呟きを耳で聞きながら少年は青年を両の眼で追い掛け続けた。
同胞が焼かれるのを見て青年を真っ向から斬ろうとしたオグルの足が浮いたのを少年はシッカリ捉え「決まった」と心中で思った。
「オリャアアアア!!」
足を最後まで踏み込まなかったオグルとは対照的に青年は掛け声と共に地面を大きく踏み込んだ。
刹那・・・・オグルは胴を逆袈裟に斬られ地面に倒れた。
ドシンッ!!
地響と大きな土煙を立てながらオグルは贓物を胴から吐き出すように出した。
『グ・・・・ガァッ・・・・』
地面に倒れたオグルは呻き声を上げながら肉切り包丁を手放した。
しかし青年を憎悪に満ちた眼で睨み続ける。
いや、青年だけではない。
少年は叔父だったオグルの睨みに気付き、僅かに恐怖したがキィッと睨み返した。
『そ、育て親である、私を・・・・よくも・・・・・・・・!!』
「私を育てたのは・・・・貴方ではありません。この方達です」
静かだがハッキリと少年は青年達を見てオグルの恨み節を遮った。
『き、きぃさ・・・・・・・・!?』
「往生際が悪い奴は神様にも嫌われるぜ」
青年は愛剣の切っ先を無造作にオグルの首に突き刺した。
『!?』
オグルはビクリと一瞬だけ震えると・・・・動かなくなった。
「・・・・・・・・」
少年は事切れた叔父「だった」オグルに無言で祈りを捧げた。
「・・・・慈悲深いな」
青年が愛剣を右肩に背負いながら評してきたが、それに少年は木剣を右脇に隠すように構えながら答えた。
「死は何人にも平等です。例え邪悪な者とはいえ・・・・死んだ者にまで差別するのは頂けないと私は思います」
「あぁ、その通りだな。しかし”本当に邪悪な者”に対しては慈悲の心なんて見せるな。じゃないと足元を掬われる」
今日の学ぶべき事だと青年は言うと自ら殺気を放つオグルの群れに突っ込む。
だが、その後ろに少年は続いた。
対して4人の騎士は四方を護るように進み、小聖職は自分と同じく青年の後に続く。
それを「背後の眼」で確認したように青年は叫んだ。
「一匹残らず神様の所へ送ってやれ!!」
『応!!』
青年の叫びに少年を含めた6人は声を揃えて応じた。
しかしオグルの方も負けてはいなかった。
『この不信信者共に神の鉄槌を!!』
オグルの一匹が声高に言うと他のオグル達も似たような台詞を叫んだが・・・・声が揃った者と、声がそろわない者達では・・・・・・・・
どちらが有利なのかは明らかと言えるだろう。
例え数で負けていようと・・・・・・・・
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「おらっ!?」
青年が掛け声と共に薙刀で肉切り包丁を振り上げようとしたオグルの右小手を切断する様を少年はシッカリ見た。
『ぎゃあ!!』
右小手を切断されたオグルは悲鳴を上げたが自身を無敵と「勘違い」していたのだろう。
直ぐ左手を青年に伸ばし、絞め殺さんとした。
しかし青年は「体移動」によって薙刀の石突きで伸ばされたオグルの左裏小手を切り上げた後に・・・・唐竹割りを見舞った。
胸辺りまで白刃が食い込んだオグルはガクリと両膝を折ると力なく地面に倒れた。
青年は事切れたオグルから薙刀の刃を引くと振り向きもせず駆け出した。
その後を少年は付いて行くが・・・・・・・・
『体全体で武器は使うのが妙・・・・・・・・』
少年は十文字槍を扱う壮年の騎士が口酸っぱく教えてくれた言葉に納得する。
それは青年の右翼を護る壮年の騎士が体現していた。
「むぅん!!」
野太い声を発すると同時に壮年の騎士は十文字槍で飛び掛かったオグルの胴を突いた。
『グガァッ!?』
胴を突かれたオグルは吸い込まれるように地面へ落下していくが、両手は槍の柄に迫っている。
槍の柄を握り潰すつもりだったのだろう。
しかし壮年の騎士は冷静に槍を右へ動かしてオグルの胴から穂先を抜いた。
そして背後から迫ったオグルの眼を石突で突いたと見えた瞬間・・・・別のオグルを迎え撃った。
無駄な動きが全くないが少年は壮年の騎士が「体移動」で槍を使っている事をシッカリ見た。
『体全体で使うから“起こり”が少ないんだ』
壮年の騎士の戦いを見て少年は体全体で槍を振れと教えた理由に改めて納得した。
しかし・・・・まだ数は居る。
流石に村民の4分の1がオグルになったのだから無理もない。
もっとも如何に数で勝ろうと統率が執れなければ「烏合の衆」という事実を少年は修道院近くまで辿り着いた経緯から知っていた。
現に青年達は掠り傷も負ってない。
対してオグル達は累々と屍の山を築いたのだから。
『このまま行けば・・・・・・・・』
少年が思った時である。
グワァァァァァン!!
地を揺らす程の雄叫びが修道院から聞こえてきた。
『フハハハハハッ!聖獣が歓喜の雄叫びを上げたぞ!!』
一匹のオグルが雄叫びに負けない位の甲高い声を上げる。
すると生き残っているオグル達も「我々の勝ちだ」と声を上げた。
しかし青年は鼻で笑った。
「ただの“調教”が出来ていない獣だろうが」
この言葉にオグル達は激昂したが青年達の実力を鑑みてか、先程とは違い囲むように円陣を組もうとした。
対して青年は円陣が完全に組まれる前に走り出し、オグルの数匹を瞬く間に倒した。
そして修道院を真っ直ぐ目指した。
「てめぇ等に用は無いんだよ!!」
怒声と共に青年は円陣を狭めようとしたオグル数匹を斬り倒し進み続ける。
その後を少年は、ひたすら付いて行く。
しかし小聖職者は体力が切れ始めたのだろう。
やや足取りが鈍くなったのを少年は見逃さなかった。
もっとも4人の騎士達も小聖職者を見て察していたのだろう。
誰と言わずに小聖職者の役目を引き継ぐように動いた。
それを見て少年は戦友という存在が如何に大事か垣間見た気になるが・・・・・・・・
「フッ・・・・ここまで来たとは大したものだな」
修道院の入り口前に立っていたフランシス修道院長を見て少年は背筋に冷たい汗を流した。
いやフランシス修道院長ではない。
『獣が居る・・・・・・・・』
固く閉ざされた修道院の入り口に獣が居ると気配を感じた少年は半ば本能的に木剣を掴む。
しかし青年は姿を見せたフランシス修道院長を睨み据えた。
「漸く姿を見せたか。腐れ聖職者が」
「最初に会った時と同じく口の利き方がなってない若造だな」
「流石は黒獅子」の子弟だとフランシス修道院は聖職者には考えられない下品な口調で青年騎士を評したが、少年は黒獅子という単語に引っ掛かった。
『黒獅子・・・・・・・・?』
聞いた事がない名前と少年は素直に思ったが青年は鼻で笑い返した。
「フンッ。神様の名を利用して悪さする、てめぇよりクソ親父の方が遙かに高尚だぜ」
クソ親父は自分の実力だけで、あそこまで行ったと青年は声高に言った。
「そしてクソ親父らしい“死に花”も咲かせた。最期まで自分の実力で遣り遂げた。てめぇ等よりずっと凄いぜ」
口調こそ汚いが青年が亡父を賞賛しているのが少年には解った。
同時にフランシス修道院長達が「小者」に見えたが、自覚していたのだろうか?
フランシス修道院長は憎悪を隠しもせず青年騎士を睨んだ。
「フンッ!その傲慢な顔を直ぐ恐怖に変えてやる!!」
さぁ聖獣よ!
出て参れ!!
フランシス修道院長が叫ぶと暗闇から一匹の獣が出て来た。




