第二十五章:夜の修道院へ
少年は焚火で冷える体を温めつつ木剣の手入れを行った。
木剣は青年騎士が作ってくれたもので、幼い身では些か「身に余る」代物だ。
しかし、だからこそ青年騎士は持たせたと少年は思っている。
だから・・・・ではないが少年は身に余る長大な木剣の柄に麻糸を巻き直す。
麻糸は連日の稽古で直ぐ解れたり、ボロボロとなるので何度も補強が必要とされたが・・・・それが少年には楽しかった。
何せ使えば使うだけ「自分の色」に木剣は染まるからだ。
そのため苦ではない。
ただ思う所があったのだろう。
「・・・・・・・・」
自分を囲むようにして座り武器の手入れをする青年騎士達を少年は見たが・・・・何時もと違う様子を察した。
何時もなら誰かが喋るのに今夜に限って・・・・誰も口を開こうとしないからだ。
ただ黄昏時に戻って来た小聖職者の様子から・・・・少年は感じた。
『今夜が・・・・”勝負”かな?』
青年騎士達の目的はソワソン地方を騒がせる魔獣を退治する事だが、青年騎士達だけが魔獣を退治しようとしている訳ではない。
それは風の噂で王室が派遣した「調査団」の情報からも窺える。
もっとも王室の調査団が到着するのは見積もっても数日は掛かるだろう。
だが、その数日中に青年騎士達が魔獣を退治すれば・・・・・・・・
『少なくとも・・・・この方達の”望む展開”に持ち込める』
少年はラウンドシールドに皮革用のオイルを塗る尖った鷲鼻が特徴の「陰の騎士」を見た。
この男は闇の世界を生きる住人で腕が「超一流」なのは3週間に渡る付き合いで少年は理解している。
同時に・・・・この男が既に王室にも手を回していると容易に想像できたが、ただ胡坐を掻くだけでなく更に「地固め」しているとも少年は考えている。
「・・・・王室の調査団に手は回したよ」
陰の騎士が少年を見ずに言葉を発した。
しかし少年は驚かず、また自身も木剣の手入れをしながら問い掛けた。
これも3週間の間で身に付けた術である。
「・・・・調査団の長と秘密裏に?」
「まぁね。ただ、それより先に調査団を派遣するよう指示を出した”上の人間”とも話をつけたのさ」
「・・・・密約を確固たるものにする為ですか」
麻糸を巻き終えた少年が問うと陰の騎士は頷いた。
「あぁ、その通りさ。まぁ向こうも我等が主人の”前科”を知っているからだろうね?些か苦言を言ってきたよ」
「苦言・・・・ですか?」
少年は陰の騎士が言った言葉に首を傾げた。
「・・・・この男の言葉を余り真に受けるな」
ここで白髪の騎士が少年に言葉を投げてきて、少年は白髪の騎士に視線を向けた。
白髪の騎士は愛剣の手入れをし続けながら語り続けた。
「この男は、闇の世界を渡り歩いて来た。だから・・・・生来の性格もあるが・・・・嘘偽りの言動を悪魔のように平気で行う。また・・・・相手を惑わせる事に”楽しみ”を見出している。この点も悪魔と似ている」
「おいおい、そいつは酷い物言いじゃないか?」
「”恋多き騎士”にしては随分な言葉だな・・・・それとも我等が戦友に倣って”教育”しているとでも言うか?」
「あぁ、教育している。何せ俺達の”次世代”だからな。そういうお前だって豪く鍛えているじゃないか」
「・・・・見込みのある者を鍛えないのは、良くないだろ?」
2人の「棘のある会話」は今に始まった事ではないと少年は思いつつ今度は鞘を手にした。
この鞘は少年も含めた6人の中で最年長に当たる壮年の騎士が作った物だ。
その鞘を作った壮年の騎士は棘のある会話を今も続ける2人を見向きもせず淡々と武器の手入れを続けている。
しかし、傍らには瓢箪と朱色に塗られた杯が置いてあるのを見れば一目瞭然。
酒を飲みながら武器の手入れをしているのだが、少年には見慣れた光景である。
この鞘を渡す時に壮年の騎士が言った言葉が頭に浮かんだ。
『優れた剣というのは、切れ味が良い物ではない。鞘に”納まった状態”であろうと相手を屈服させる・・・・抜かずに相手を退ける強さを秘めた剣を言う』
案に青年騎士を皮肉るようにも捉えられる言動だが、それは正しいと少年は思った。
ただ・・・・それとは「別の意味」も含めた言葉を壮年の騎士は言った。
『鞘に納まった剣は相手に敵意が無い事を示す。しかし・・・・それは逆に相手を”油断させる”意味もある』
この言葉の意味が少年は解らなかったが、鞘を渡されてから「追加」された稽古で漸く理解したので壮年の騎士も青年騎士の「戦友」と改めて思った。
もっとも・・・・・・・・
『僕は、まだ・・・・その位置にすら立っていない』
それが少年は悔しかった。
しかし・・・・それを皆は承知しているからだろう。
少年の頭に皆が口を揃えて言う言葉が浮かんだ。
『"急いては事を仕損じる"って言う通り・・・・焦るな』
そう・・・・何事にも順序がある。
これを無視して事を起こしても失敗するのは目に見えているのを少年はフランシス修道院長達を見て痛感した。
ただ、それでも焦る時はある。
今もそうだ。
「・・・・・・・・」
武器の手入れを終えた青年は葉巻を吹かしながら村の方をジィッと見つめていた。
しかし腰に提げていた愛剣に左手は添えられている。
それは何時でも戦いに赴ける様だった。
その姿は頼もしいが少年には「遥か彼方」の位置でもあった。
『・・・・僕も・・・・行きたい。でも行けば足手まといになる』
現実を容易に想像できた少年は拳を握り締めた。
そして皆が武器の手入れを終えた所で・・・・雄叫びが聞こえてきた。
雄叫びは魔獣だったが先日と違う雄叫びと少年は直ぐ気付いた。
『成獣になった・・・・・・・・』
少年は心中で答えを見つけたが不思議な事に恐怖は抱かなかった。
寧ろ青年の思惑通りになるから良いという気持ちを抱いた。
しかし自分は行けない事に悔しさは、やはり抱いてしまったが・・・・・・・・
『あの騎士達を八つ裂きにしろぉっ!!』
魔獣の雄叫びから間もなく別の雄叫びが聞こえてきたが、こちらは人語だった。
そして声にも特徴があったので少年は直ぐ相手が誰なのか判った。
「・・・・オグル達ですね」
「ふん・・・・先日の“お礼参り”に地獄から舞い戻って来たようだな」
青年は葉巻を吐き捨てると愛剣を鞘からスラリと抜いた。
「坊主、俺の側に来い」
少年は青年に声を掛けられたので直ぐ側に向かった。
「もう直ぐオグル達が来る。それを迎え撃つが・・・・そのまま敵陣へ乗り込む」
「魔獣を倒すんですね・・・・・・・・?」
「あぁ、そうだ。それを近くで見ていろ」
「・・・・良いんですか?」
青年の言葉に少年は驚いたが、それを抑えて尋ねた。
すると青年は口端を上げた。
「お前は俺の小姓だろ?主人が出陣するんだ。後学の為に間近で見ていろ」
「・・・・足手纏いにならないようにします」
少年は木剣を叩いて強気な発言をしたが、それを青年は苦笑した。
「お前の助けを借りるような敵じゃねぇ」
お前「達」の助けを借りるのは、と言った所で青年は言葉を中断した。
すると5人も各々の得物を手にして暗い茂みを見た。
暗い茂みの中には爛々と輝く何十もの血走った赤い眼があり、生臭い吐息も見えた。
『フフフフフッ・・・・我等を待っていたとは殊勝な奴等だ』
暗い茂みから聞こえてきた声は先日のオグル達と同じ声色だった。
しかし、そんな中で少年は聞き覚えのある声を聞いて木剣を鞘から抜いた。
『フンッ!仮にも育て親たる私達に敵意を見せるとは・・・・・・・・』
『やっぱり厄介者ね!!』
「僕の両親は、病死した。あなた達に育てられてない」
「だそうだぜ?」
少年が静かに言うと青年はここぞとばかりにオグルとなった少年の叔父夫婦を嘲笑した。
これには仲間である筈のオグル達も笑ったから滑稽である。
『だ、黙れ!貴様等なんぞに笑われる筋合いはない!!』
叔父だったオグルは嘲笑に我慢できず茂みから一足早く出て来て青年に巨大な肉切り包丁を見せた。
『神より授かった、この聖剣で殺してやる!!』
「やれるもんなら・・・・・・・・やってみやがれ!!」
青年が愛剣を手に突進して来たオグルと対峙するように立った。
その後ろ姿を少年は瞬きせずに見つめた。




