第二章:小聖職者
ソワソン地方に出来た街道を黙々と歩く一人の青年が居た。
その青年は旅装束を着て、右肩を露わにする形で真紅に染められたマントを羽織っている。
何故に右肩を露わにしているのかは不明だが、それが特徴の一つに挙げられた。
また腰に差された反りの浅い湾剣の拵も特徴があった。
剣の柄頭はやや三角形にされており、鞘の小尻部分は鋭利な鉄板を貼り付けていた。
中々に珍しい拵だが右腰には全長40cm前後の手斧がぶら下がっていたのが最大の特徴と言えるかもしれない。
そんな奇妙な出で立ちをした青年の年齢は20代半ばで、容姿は青みが掛かった黒髪に紅蓮の炎を連想させる瞳を宿しており左顎下には大きな切り傷があった。
「・・・・ちっ」
青年は舌打ちすると左拳で切り傷の部分を乱暴に撫でた。
「・・・・面倒な事でもあるのか?」
左顎下を撫でながら青年は呟いたが、この傷が疼くという事は「面倒な事柄」が起こるとは理解していたのだろう。
再び盛大な舌打ちをした。
「糞ったれ・・・・俺は面倒事が嫌いなんだよ」
青年は愚痴とも言える台詞を発したが、青年より上の世代なら先ずこう言うだろう。
「苦労または面倒事は金を出してでも若い内に買え」と・・・・・・・・
一昔前ならよく言われた言葉だが青年にとっては「年寄りの冷や水」と言うべきか?
ジロリと空色の瞳を背後に向けた。
「・・・・何時まで付いて来る気だ?」
青年は背後から追い掛けてきた女性に問いを投げた。
その女性聖職者はまだ成人になったばかりと思われる年齢---14~15歳だった。
金糸の髪に海の如く青い瞳と雪のように白い肌の上に白を主体にした「トゥニカ」を着て、頭には裾の大きい「ウィンプル」を被っている。
そして手には司教が持つ先端がゼンマイのように曲がった「牧杖」が握られていた。
この出で立ちを見れば少女は歴とした聖職者---それこそ高位の聖職者と見られる。
しかも牧杖には西方派聖教において最古の修道会で知られている「聖ブノワ会」の刻印が彫られていた。
聖ブノワ会を知らぬ者は聖教の信者に非ず・・・・などと言われるほど名の知れた修道会出身者である、女聖職者は息も絶え絶えになりながら男を見つめた。
「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」
女性聖職者---小聖職者は息を整えるように牧杖を両手で握り汗を拭った。
「・・・・そんなに疲れているなら来なくて良かっただろうが」
青年は小聖職者の様子を見てぶっきら棒な口調で語り掛けたが、それに小聖職者はキィッと睨んできた。
「私は・・・・はぁ・・・・貴方に“誓い”ました」
「・・・・・・・・」
この言葉に青年は無言となる。
しかし、小聖職者の眼を見て引く気が無いというのは理解できたのだろう。
「・・・・俺みたいな男に誓いを立てるんじゃねぇよ」
小聖職者を責めるような口調で呟いたが、直ぐに顔を顰めた。
というのも・・・・・・・・
自分も・・・・その誓いを受け入れた過去を思い出したからだった。
『・・・・ちっ。何で受け入れたんだよ』
青年は「あの時」に小聖職者の誓いを受け入れた事を思い出し舌打ちした。
しかし、それによって小聖職者は青年との距離を一気に縮めるように小走りで歩み寄り・・・・ついに同じ位置に立った。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・私は誓いを守る為に貴方と一緒に行きますからねっ」
キィッと上目遣いで睨んできた小聖職者に青年は鼻を鳴らした。
「フンッ・・・・勝手にしろ」
「どうして何時もそんな態度なのですか?」
それでは女性にモテないですと小聖職者は中々にキツイ台詞を青年に投げたが、青年は何処までも傲慢な態度で臨んだ。
「別に女にモテたいと思っちゃいねぇよ。そして俺の態度が悪いのは生れ付きだ」
「・・・・今から行く場所では気を付けて下さい」
小聖職者は青年の言葉に諦めたのか、或いは何か察したのか少し間を置いて忠告とも取れる台詞を発した。
「ケッ・・・・お前みたいな小娘に言われなくても解っている」
青年は地面に唾を吐いてから柄の悪い口調で小聖職者の言葉に頷いたが・・・・・・・・
「本当に解っているのですか・・・・・・・・?」
小聖職者は小さな声で呟いたが青年は聞いちゃいないとばかりに再び歩き出した。
それを見て小聖職者も歩き出したが・・・・青年の歩幅が先ほどより緩くなっている事には気付かなかったのだろう。
「もう少しゆっくり歩いて下さい」と苦言を漏らした。
それを聞いて青年が「そうか、もっと早く歩いて良いんだな?」と意地悪い笑みを浮かべて歩幅を大きくしようとした。
これに小聖職者は「ゆっくり歩いて下さい!!」と若干の怒りを込めて言った。
対して青年は「歩いているだろ」と平然と答えつつ・・・・小聖職者に知られないように歩幅を更に縮めた。
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「たくっ・・・・もう少し行けると思っていたが・・・・半分も行かない所で野宿する羽目になっちまったじゃねぇか」
青年は荷物をマントの下に置きながら小聖職者を咎めるように見た。
「すいません・・・・・・・・」
対して小聖職者は申し訳なさそうに首を縮め、牧杖をギュッと握り締めつつ・・・・挫いた足を見る。
しかし青年は小聖職者を見ず右腰に差していた手斧を慣れた手付きで抜くと森林の方へ歩いて行った。
「・・・・薪を調達してくるから荷物を見ておけ」
ぶっきら棒な台詞を言うと青年は森林の奥へ入って行った。
それを見てから小聖職者は息を吐いた。
「はぁ・・・・どうして・・・・もっと上手く話せないのかしら?」
解っていた。
あの男が自分の為に歩幅を緩めてくれた事を。
もっとも誓いを立てた自分を置いて一人で出発してしまった点を根に持っていたので思わず憎まれ口を叩いてしまったのは自分だ。
その結果・・・・ただでさえ短気な青年を怒らせてしまい歩幅が再び大きくされたので、それに追い付こうとして足を挫いてしまったのも。
しかし、ここに先程の青年以外の男が居れば口を揃えて断言するだろう。
『良い年こいて餓鬼みたいな態度を取った奴の方が悪い』
確かに、あの男の年齢を鑑みれば餓鬼と言われても仕方ない面はある。
8歳も年の離れた自分が思うのだからと小聖職者は思う。
「これじゃ・・・・村に着いても一悶着を直ぐ起こしそうで・・・・いえ、起こすわね」
小聖職者は青年の性格からして噂の真意を確かめるより早く騒動を起こすと確信した。
これは青年と近しい者が口を揃えて断言している。
『あいつの性格からして・・・・必ず騒動を起こす』
確かにと小聖職者は短い付き合いだが青年の性格からして有り得ると思ったが・・・・・・・・
「それでも・・・・根は悪くないわ」
小聖職者は小さく呟いて青年の荷物を見た。
青年の荷物はマントと荷物等を入れた縦長の円筒系のズダ袋こと「ボンサック」だけだ。
そのボンサックは革製だったが使い方が荒いのだろう。
至る所に縫い跡があるなど如何に持ち主が粗雑に扱っているか判るが・・・・・・・・
「私が塗った所を・・・・まだ使っているんだもの」
小聖職者はボンサックを見て小さく笑みを浮かべた。
そのボンサックには幾つも縫い直された箇所があり、中には青年自身がやったと思われる箇所もあった。
しかし青年の身分を考えれば代わりなんて直ぐ買える。
それなのに今も使っている。
また「あの件」で自分に救いの手を差し出した外部の人間は他でもない。
あの男だけだ。
そして今も使われているボンサックを見て小聖職者には嬉しかったのだろう。
「まったく・・・・男の人は不器用と聞くけど・・・・あの方は輪を掛けて不器用だわ」
まさに子供が大きくなったようなものだと小聖職者は笑った。
しかし・・・・あんな性格だから人を惹きつける面があるのも確かだ。
「・・・・・・・・」
小聖職者はボンサックを見ながら歩き方に気を付けようと心に誓った。