幕間:神への忠誠
外部から来た「余所者」に縋り付く同じ村に住む人間を日陰の側でフランシス修道院長を支持する村民達は陰険な眼で見ていた。
しかし、その眼は常人の眼ではなかった。
そう・・・・まるで「魔性の者」のような陰険な眼であった。
ただ外見は人間であったから不思議と見えるが・・・・そうではない。
「ふんっ。王室に尻尾を振る”不信信者”が」
陰険な眼を隠しもせず村民の一人が小聖職者の説教を聞く者を詰った。
「・・・・止めろ」
別の村民が今にもダガーを抜こうとした近くの仲間に制止を掛ける。
「何故だ?あいつ等は敵だ。それなのに・・・・・・・・」
ダガーの柄を握り締めた村民は制止を呼び掛けた仲間に食って掛かった。
だが眼は充血しており息も荒々しい。
もっとも周囲に居る者達も似たりよったりだが・・・・・・・・
「さっき見た筈だ」
「・・・・・・・・」
ダガーを握り締め続ける村民は無言となった。
代わりに制止を掛けた男は語り続けた。
「・・・・あの白髪の騎士は、"そいつ"を突き出すより速く・・・・お前を斬るぞ」
「だからって、このままで良いのかよっ」
あいつ等は神の敵だと村民は憎悪に満ちた声で制止を掛けた男に食って掛かった。
「良くはない。しかし・・・・負ける訳にはいかない。それとも私兵団みたいに"完璧な戦士"になる前に死にたいのか?」
今度はハッキリと死を口にした村民にダガーを握っていた村民は漸く柄から手を離した。
といっても死を恐れた訳ではない。
「完璧な戦士」になれないのを恐れたのだ。
「後数日・・・・後数日、我慢しろ。それがフランシス修道院長の御命令だ」
それまでは待つんだと村民は言いながら小聖職者達に悪態を吐いた。
「今に見ていろ・・・・貴様等の思い通りにはさせんからな」
この地は聖教の土地だと村民は宣言した。
「そして行く行くは王国全土が聖教の土地となる。それが神の意思だ。貴様等を殺すのも・・・・神の意思だ」
『・・・・・・・・』
誰もが語られた言葉に無言で同調する。
しかし、それから間もなく散り散りに離れた。
ただ誰もが足早で、息を荒げていた。
それは先ほど村民の一人が言った通り・・・・完璧な戦士になる為だ。
もっとも村民達は天使に近い戦士と想像しているのが僅かに見えた表情から伺える。
だが・・・・妙に膨らんだ腕などを見れば彼等の想像は完全に外れと分かるだろう。
しかし、それを指摘する者は居ない。
というのも彼等が「処理」したからであるが彼等から言わせれば「神の意思」に従ったに過ぎないと言い張るのは目に見えている。
「狂人に言葉は不要。必要なのは剣のような薬である」と何処ぞの哲学者は説いたが、そんな言葉とは別に彼等の行く末を言い当てたような言葉がある。
その言葉は・・・・これだ。
「因果応報」と・・・・・・・・
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月の無い夜。
その日は何時に無く強い風が昼頃から吹き始めた事もあってか、誰も家から出ようとはしなかった。
もっとも壮年の騎士が言ったように「夜間」の外出は誰もしなかった。
ところが・・・・今夜は違う。
ズシャ・・・・ズシャ・・・・ズシャ・・・・
鼻を曲げるような異臭と共に足音が聞こえた。
しかも数匹・・・・いや、数十匹分は聞こえた。
ただ、注意して聞くと「二通り」ある事に気付くだろう。
ザシャッ・・・・ザシャッ・・・・ザシャッ!!
まるで軍隊のように一糸乱れぬ行進音と・・・・・・・・
ズシャ・・・・ペタペタ・・・・ザシャッ・・・・ペタペタ・・・・
纏まりのない行進音・・・・・・・・
対照的な足音2つが村中に響き渡る中・・・・一匹分の足音が一軒の家に向かった。
『肉の臭い・・・・幼い、子供の臭いだぁっ!!』
血生臭い口臭を撒き散らしながら恐ろしい雄叫びが村中に響き渡った。
その雄叫びは強風のような勢いで狙いを定めた一軒家に届いた。
そしてガタガタと壁を揺らしたが、それ以上はさせないとばかりに一軒家の周囲は神々しく光った。
『クッ!?』
全員が声を揃えて呻き声を上げながら光によって、その悍ましく醜い姿を晒す。
オルグが全部で30匹以上・・・・・・・・
しかも手には肉切り包丁などが握られているから恐ろしさは倍増したが・・・・一軒家に狙いを定めたであろう一匹のオルグは光に照らされた一軒家に猛進した。
『前祝いだ!幼子の肉を・・・・ぎゃあっ!あ、熱い!熱いっ!!あづぃぃぃぃっ!!』
『・・・・馬鹿が』
悲鳴を上げながら全身を火達磨にする同胞を一匹のオルグが蔑んだ。
『その光の壁は、我等とは敵対しているが聖職者が設けた物。生半可な者が近付けば・・・・どうなるか分かった筈だ』
『いいや、こいつは分からなかったのさ。何せ”食い意地”が人一倍だったからな』
『ふんっ。神へ近付く為と抜かしていたが・・・・何と浅ましい所業か』
一匹のオルグが火達磨となり悲鳴を上げ続ける同胞を蔑むと、これ見よがしに他のオルグ達も蔑む声を上げた。
『ぎゃああああ!あ、熱い!た、助けてくれぇ!助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!』
火達磨となったオルグは地面を転がりながら同胞に救いの手を求めたが・・・・誰も助けようとはしなかった。
それどころか今も悲鳴を上げる同胞を無視して会話を続ける。
『ちぃっ・・・・これで奴等が気付かれたな』
『あぁ、そうだな。だが大した問題ない』
『奴等を殺せば良いのだからな』
『今度こそ・・・・殺してやる』
それぞれ思い思いの言葉を吐くが、爛々と闇夜で輝く眼は民家に向いている。
それは化物達の「本能」と言うべきものだが火達磨となっている同胞が居る事で誰も動かなかった。
だが、修道院から雄叫びが聞こえると全員が声を揃えて叫んだ。
『聖獣が御呼びだ!!』
オルグ達は一斉に修道院を目指すように走り出した。
これに火達磨と化した一匹のオルグは尚も救いの手を求めるように手を伸ばすが・・・・その手は無惨にも肉切り包丁で切り落とされた。
手を切断されたオルグは悲鳴を上げたが既に駆け出した同胞は誰も振り向かなかった。
ただ肉切り包丁を握るオルグだけは足を止めて今も悲鳴を上げる同胞に冷たい台詞を浴びせた。
『貴様のような愚か者は焼け死ね』
無情な言葉を投げたオルグは肉切り包丁を右肩に担ぐと遅れを取り戻すように走る速度を上げる。
見る見る肉切り包丁を担いだオルグは遠くへ行った。
しかし腕を切断されたオルグは懇願した。
『ま、待ってくれぇ!置いて行かないでくれぇっ!お願いだ!お願・・・・い・・・・・・・・』
片手を切断されたオルグは地面に体を倒したが叫びは止めなかった。
もっとも同胞たちは前記の通り誰も救いの手を指し伸ばさなかった。
『か、神よぉ・・・・・・・・』
オルグは同胞達から見捨てられると神に救いを求めた。
『神、よぉ・・・・どうか、この憐れな・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・子羊を助けて・・・・下さい・・・・・・・・!!』
泣きながらオルグは神に救いを求め続けた。
しかし神は応えなかった。
それでもオルグは救いを求めた。
『神様・・・・か・・・・み・・・・・・・・』
骨に達したのだろう。
オルグは手を地面に力なく置いた。
やがて顔も伏せると・・・・声は途切れた。
そして物言わぬ死体と化すと灰も残らず焼かれた。




