幕間:神に宣戦布告
白髪の騎士が湾剣に手を掛けたのを見るなり村民達はギョッとした。
しかし視線が明後日の方角を見ている。
それに釣られる形で村民達も視線を向けると・・・・そこにはフランシス修道院長の私兵が5名ほど居た。
ただ彼等の様子は明らかに変だった。
何時もはキチンと整えている服は乱れている。
これをフランシス修道院長が見たら直ぐ正すように何処からともなく現れる。
それなのにフランシス修道院長は姿を見せない。
いや、これは別に大した事ではない。
寧ろ問題は私兵の眼が血走っており、口からは涎が垂れている。
そして抜き身の白刃と同じく・・・・犬歯が見え隠れしていた。
これが村民達に恐怖を与えた。
しかし・・・・その恐怖心が私兵には良いのだろう。
ニタリと口端を上げて笑った。
「フンッ・・・・漸く"汚い尻尾"を見せたな」
白髪の騎士は冷笑を浮かべると湾剣を鞘から抜いた。
対して小聖職者は直ぐ村民達を自分の近くに来るように言いながら円陣を牧杖で描き出した。
それを護るように壮年の騎士が側に立つが・・・・白髪の騎士は黙って立ち続ける。
仲間なのに手伝わないのかと思うだろうが、立つ事で敵を牽制していると白髪の騎士は確信していた。
何より自分は好きにして良いと「戦友」でもある主人から言われている。
『てめぇは好きに行動しろ』
この言葉を白髪の騎士は体現したが・・・・私兵は犬歯を剥き出しにして威嚇するように白刃を軽く振ってきた。
「・・・・・・・・」
その姿を見た白髪の騎士は冷たい殺気を双眸に宿し、射抜くように私兵を睨む。
『目障りな・・・・この場で首を刎ねてやる』
白髪の騎士は心中で既に「乗っ取られた」であろう私兵に死刑宣告をした。
ただ・・・・ふと背後から幼子の怯える声が聞こえた。
「・・・・・・・・」
チラッと視線を向けると幼子を慰める両親の姿が何人か見えた。
これを見た瞬間・・・・脳裏に語り掛ける声が聞こえてきた。
『目の前で幼子が乱暴される所なんて見たくありません!!』
この言葉を言ったのは誰だったか?
・・・・戦友である主人の留守を守る「水芙蓉の婦人」だ。
水芙蓉とは蓮の花で、花言葉は「清らかな心」、「神聖」、「雄弁」、「沈着」という意味を持つが、負の意味は「離れ行く愛」、「休養」、「私を救って下さい」という意味を持つ。
・・・・あの婦人は雄弁と沈着という花言葉は合わない。
だが・・・・神聖で清らかな心は持っていると白髪の騎士は思っている。
ただ白髪の騎士が動かないのを幸いとばかりに私兵はここぞとばかりに挑発してくるが、それを尻目に白髪の騎士は水芙蓉の婦人に剣を捧げた際の言葉を思い出した。
『貴女様に仇なす存在を全て取り払います』
これに対し水芙蓉の婦人は・・・・こう言った。
『私より・・・・あの男を護って下さい。そして・・・・もし・・・・いえ・・・・貴方の手で・・・・弱い人達を救って下さい』
自分より他人を優先する姿勢に白髪の騎士は神聖さを感じた。
そして3人と同じく・・・・この地に来たのも婦人の願いを叶える為だ。
となれば・・・・・・・・
「・・・・貴様等に宣言する」
白髪の騎士は湾剣を右手一本で水平に構えると、右脚も同時にスルスルと前へ出しながら剣を剥き出しにした私兵に告げた。
「これより先へ進み、弱き者を虐げるならば・・・・地獄の底へ行く事になるぞ」
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
白髪の騎士が発した「最後通告」に私兵達は一瞬だが足を止めた。
その間に小聖職者は円陣を描き切ったのだろう。
『皆さん、眼を瞑って下さい。小さな子が居る方は、子を抱き締めて下さい』
冷静に今から起こる「血の劇」を村民達に伝える。
「・・・・手出しは、無用です」
白髪の騎士は前を向いたまま十文字槍を構えようとした壮年の騎士に言葉を投げた。
「分かった。しかし・・・・村民に害なす者が近付いた際は手を出すぞ」
「・・・・近付けさせませんよ」
我等が戦友が「あの戦い」で宣言したように・・・・・・・・
「私も・・・・宣言します」
白髪の騎士はスルスルと動かしていた右脚を止めると、横に一本の線を脚で引いた。
「ここから先へは一歩も・・・・入れさせん」
線を引き終え、湾剣を構え直した白髪の騎士が宣言すると私兵達はカァッと血走った眼で睨んできた。
しかし、それから直ぐ剣を片手に白髪の騎士へ襲い掛かる。
「・・・・・・・・」
一斉に襲い掛かって来た私兵を白髪の騎士は冷たい双眸で見ながら一番先に剣を振るうのは誰か見定めた。
「貴様か・・・・・・・・」
右端の私兵を見ながら白髪の騎士は呟いた。
刹那・・・・右端の私兵は首を天高く舞い上がらせ銅を地面に倒した。
『!?』
仲間がやられたのを今も生きている私兵達は瞬時に理解すると距離を開けた。
しかし驚く事に彼等は数メートルも距離を一瞬で開ける。
「・・・・・・・・」
数メートルも距離を開けた私兵達を白髪の騎士は冷めた眼で見ながら愛剣を再び水平に構えたが・・・・幼子の泣き声が聞こえたのだろう。
水平に構えた愛剣に左手を添えると左脇に構えた。
ただし右手が下になっていた所を見ると・・・・本来は「左利き」と考えられる。
その証拠に白髪の騎士が放つ気に変化が見られた。
先程までは鞘から抜かれた白刃を体現したものだった気が・・・・今では鞘に納まった良刀のような気になった。
「・・・・最後の忠告だ。次は・・・・無い」
白髪の騎士は静かに殺気立つ私兵達に忠告した。
もっとも既に乗っ取られた私兵達が聞く耳を持つなんて無いと確信はしていた。
だが・・・・敢えて最後の忠告をしたのは剣を捧げた婦人に対する「敬愛」に近かったのだろう。
その証拠に唸り声を上げながら一斉に襲い掛かって来た私兵達に「愚か」と小さく白髪の騎士は呟き・・・・左脇に構えた愛剣を躊躇いなく振った。
しかし、それを見ていたのは壮年の騎士だけだった。
他の者達は目を瞑っていたか、或いは我先にと背を向けていたからだ。
だから如何にして白髪の騎士が瞬く間に私兵4人を斬殺したかは壮年の騎士しか判らない。
ただ一つだけ言える事がある。
それは4人揃って・・・・一撃の下に葬られたという事である。
しかも自分が斬られたと分からない間---撃剣の音がしないのに・・・・・・・・
「・・・・また一段と腕を上げたな」
壮年の騎士は静かに白髪の騎士が見せた剣技を評価した。
「・・・・あの婦人から頼まれましたからね。婦人と交わした約束は果たすべきでしょう」
「なるほど。しかし、これで彼奴の運命は決した・・・・魔獣同様に」
ウォォォォン!!
獣の雄叫びが村中に響き渡った。
まるで壮年の騎士が言った言葉に異を唱えるような雄叫びだったが・・・・・・・・
それから直ぐ生臭い風が村中を吹き荒らした。
「・・・・間もなく勝負ですね?」
白髪の騎士は愛剣の血脂を拭き取りながら壮年の騎士に問い掛けた。
しかし壮年の騎士は問い掛けには答えず未だに怯えている村民達に指示を出した。
「皆、直ぐ家へ帰り今後は外出を控えるように。特に夜は厳禁だ。そして夜間の際は玄関および窓を厳重に閉じ何があろうと外出するな」
あの魔獣を我等が主人が倒すまで・・・・・・・・
壮年の騎士の言葉に村民達は頷き、急いで自宅へと向かおうとした。
しかし、それを小聖職者は制すると一家に一枚ずつ聖餅と聖水の小瓶を持たせた。
「聖餅は寝室に置き、聖水は玄関および窓に掛けて下さい」
そうすれば邪悪な者は入れないと説明しながら小聖職者はチラッと遠目から見ているフランシス修道院長に従う村民達を見た。
だが何か察したのか?
彼等に声を掛ける事は・・・・なかった。




