幕間:少年の稽古
老剣士の語り口に子供達は続きを早く聞きたいとばかりに目を輝かせた。
しかし老剣士は一休みしようと言ってから腰に吊した竹筒を取る。
「その竹筒は確か・・・・・・・・」
子供達の父親は竹筒を見て目を見張る。
竹筒は見掛けは何の変哲もないが「焼き印」を見れば唸る者は居る代物だった。
そして老剣士は子供達の父親が嗜んでいる「趣味」を察したのか、薄ら笑みを浮かべる。
「“フリュ(水流)”の地で出来た竹筒です」
老剣士は子供達の父親に温和な笑みを浮かべて答え、父親に釣りを嗜んでいるのかと改めて問い掛けた。
「まぁ・・・・親父の影響で“フライフィッシング”を。とはいえ恥ずかしながら“下手の横好き”と揶揄されていますが」
「それなら私もですよ。釣りに関しては友人の足下にも及ばないんで」
「そうですか・・・・しかし色々な所を旅したんですね」
父親は釣りをやっているからだろう。
老剣士を羨望の眼差しで見つめたが、子供達は分からないからか?
面白くなさそうだ。
「フリュの地は鱒釣りの“メッカ(聖地)”に数えられている場所だよ」
第2王都ヴァエリエから5日ほど西南へ行った所に在る地方名でもあると老剣士は子供達に教えた。
「御爺ちゃん、フリュに行った事あるの?」
ここで最年長の子供が老剣士に問い掛けた。
「あぁ、あるよ。そこで友人とも出会って、その記念に頂いたんだ」
あそこの地は水の騎士が活躍したと老剣士は語りながら竹筒を腰に戻した。
「・・・・というと“水童子と水竜”の話ですか」
「えぇ。一部の人間は御伽話と言いますが・・・・その友人が一部始終を見たので確かですよ。私と同じく・・・・・・・・」
最後の方は小さな声で呟きながら老剣士は続きを語り出した。
「さて話の続きだ。犬割り騎士様達はオグル達と戦った後も逗留したんだ」
それは出会った少年を鍛える面もあったが、この地を聖教の支配下から解放する為の下準備をする為と老剣士は語った。
「というと・・・・・・・・?」
「犬割り騎士様は水の騎士に追い付き、そして追い抜く事を最終目標としておりました。ですが生来の性格なのでしょう・・・・ある夢を抱いたんです」
それは誰の下にもつかない地位を手に入れる事だと老剣士は言った。
「だから犬割り騎士様は、この地を聖教の領土から自身の領土へ入れる事で”土台”を築く事にしたのです」
「・・・・野心家だったのですね」
「そうですね。ですが本人はこう言いますよ。”強盗騎士”と・・・・・・・・」
老剣士は子供達の父親に苦笑しながら・・・・嘗て犬割り騎士が言った言葉を口にする。
しかし、その言葉に子供達は強く反応した。
「強盗騎士って言うと”神速のガルビー”がじゃない?」
「違うよ!”ガーターの騎士”って言うんだよ!!」
「違う!”王女の恋心を盗んだ騎士”!!」
「こら、お前達。止めなさい」
大きな声で騒ぎ出した子供達を父親は大人しくさせようとしたが、その様子を老剣士は笑いながら見ていた。
『子供達が思い思いに言い合う・・・・これも貴方の御活躍ですよ』
老剣士は犬割り騎士の像を一瞬だけ見上げてから心中で呟く。
それは自分が子供達の年齢だった頃を改めて思い出したからだった。
そして父親に大人しくさせられた子供達は老剣士に続きを話してとせがんだ。
退屈し始めていると老剣士は察しながら口を開いた。
「犬割り騎士達から少年は色々な事を教わり、そして楽しい日々を過ごす中・・・・聖教は何としてでも犬割り騎士達を倒したがった」
しかし、これは犬割り騎士達も同じだったと老剣士は語りながら行き交う人達を見た。
「だけど旗色は聖教に不利になり始めていたんだ」
オグルの件から日に日に村民達はフランソワに対して抱いていた不信感を更に強めたらしい。
「そのうえ小聖職者と少年に石を投げる暴挙が起きた事が修道士達を立ち上がらせたのさ」
これには聖ニコラ修道院で修業した笹の騎士の存在が大きいと老剣士は説いた。
「聖ニコラ修道院は聖教の中でも厳格な所だけど、その教えは最も正しい教えと言われているんだ」
だから笹の騎士が小聖職者に代わって説教した事もあり、それを聞いて修道士達は立ち上がったと改めて説いた。
「その上で・・・・王室もソワソン地方の噂を聞いたのか調査団を派遣する動きを見せたんだ」
この調査団が派遣されたら魔獣の事も必然と知られてしまい何らかの動きを王室が見せるのは火を見るより明らかだ。
「だからフランソワ司教は村民を巻き込んでも犬割り騎士様達を倒そうとしたんだ」
しかしオグルの件もあるから魔獣が成獣になるまで待ったと老剣士は語りつつ・・・・その日が訪れるまでに起きた出来事を語った。
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青年騎士達が村に滞在してから早3週間になろうとしていた。
3週間・・・・・・・・
『あっという間だな』
少年は目の前で素振りをしている青年騎士を見ながら時間の経過が早い事を自覚した。
しかし、何時か青年騎士は去る。
これは青年騎士も言っているから避けられないと寂しさを感じる自分に言い聞かせる。
ただ青年騎士は去るまで自分を鍛えると言ってくれた。
そして今も自分を鍛えてやると言わんばかりに視線を向けてきた。
「御願いします」
少年は青年騎士に目礼して左手に握っていた木剣を右手に持ち替える。
本来なら武芸等の教育は5人組の騎士達がそれぞれ教える事になっている。
対して青年騎士は宮廷の作法から女性のエスコート等を教えると決まった。
そして当初はその通りだった。
だが、この青年騎士は自身も言った通り「ガキ大将」みたいな性格だ。
そのため自分も教えたいという思いが日に日に強くなったのだろう。
『あいつ等が居ない間は俺が教える』
先日、言われた言葉を少年は思い出したが・・・・・・・・
『皆、本当は知っているだろうな』
今、5人組の騎士と小聖職者は村と森林の二組に別れて居ない。
しかし、3週間の間に都合良く留守にするのは考え難いので、少年は皆が気遣っていると想像した。
もっとも青年騎士も気付いていると察したが、自分が今やるべき事を思い出した少年は目の前の青年騎士に木剣の切っ先を向ける。
防御に適した中段の構えを取る少年に対して青年騎士は木剣を頭上高々と掲げた。
こちらは攻撃力が高い火の構えで、青年騎士が好んで取る構えという事を少年は知っている。
ただ最初とは違い、構えの持つ特徴を自分は知っているのが違う。
「・・・・・・・・」
少年は中段の構えを取ったまま左半身となった。
半身となる事で攻撃される箇所を少しでも無くす為と教えられたが・・・・それ以上に大切な物がある。
『頭の頂上から足下の先に必ず”一本の線”がある。これを武術では”人中路”または”正中線”と称しており、とても大事な事だから常日頃から意識するように』
この正中線を教えたのは聖二コラ修道院で修業を重ねた壮年の騎士で、少年は今も教えを守るように意識して正中線を保ち続けた。
もっとも教えてもらって早々に身に付く物ではない。
それは中段の構えを取ったのも良い例とばかりに・・・・青年騎士は上段の構えを取ったまま微動だに動かなかった。
対して少年は両腕で木剣を支えるので自分との戦いも始まってしまったが・・・・・・・・
「・・・・・・・・」
少年は汗を掻きつつも構えを崩さないのを見て青年騎士は静かに片足を前へ出した。
まるで少年の心意気に応じるような動きだったが、少年は静かに動かず青年騎士が来るのを待ち続ける。
その眼に何か感じるものがあったのだろう。
青年騎士は口を小さく開いた。
「そういう眼も似ている・・・・な!!」
言葉を発した瞬間、青年騎士は大きく地を蹴り少年に迫った。
対して少年は動かないで青年騎士が来るのを待ち続けたが、その眼に宿っていたのは・・・・・・・・




