第二十二章:己の気を持て
2人が距離を縮め合った所を少年は黙って見つめた。
しかし刃から2人の気が出ているのを見ると体を震わせる。
それは2人の気が場の雰囲気を支配しようと互いにぶつかり合っているからだ。
ただ2人の気は決定的に違うと少年は改めて実感する。
青年の気は荒波で、その荒波はどんな存在だろうと怒濤の勢いで飲み込むものだった。
対して壮年の騎士は静寂で穏やかな気だった。
少年は構えより気が真剣勝負では大事と説いた壮年の騎士が言った言葉は間違いないと改めて思う。
『構えは形を為すけど・・・・気は己を表す』
如何に形が決まっていても気が弱ければ体を為さない。
模擬剣を使用した試合ならいざ知らず・・・・命を懸けた真剣勝負なら尚更・・・・・・・・
『己の気が弱ければ相手に飲み込まれてしまう』
ここを壮年の騎士は言ったんだと少年は確信しながら尚も距離を縮め合う2人を見る。
どちらも武器の長さは同じだが、攻撃の方法は違う。
ただ少年は自分だったらどうするかと考えた。
『薙刀の刃は上に向いている。となれば下から切り上げるのが・・・・良いかな?』
青年を自分に見立て攻撃方法を考えてから壮年の騎士に視線を少年は向けた。
十文字の槍は左右にも刃が付いている点を少年は改めて注視する。
『左右に刃があるから・・・・脛等を狙える。でも切り上げる方が致命傷を与えられる筈だ』
「・・・・致命傷を与えないと駄目ではないよ」
鷲鼻の騎士が少年に語り掛けてきたが少年は心中で思っていた事を言い当てられ驚愕した。
「“ある男”が俺に言ったんだよ」
『実戦では相手の戦闘力を“奪う”だけで良い』
「奪う・・・・致命傷でなくても傷付ければ相手は戦意を消失するからですか」
「その通りさ。まぁ“確実”に倒すのが一番だけど相手が大人数なら難しいからね」
そう言って鷲鼻の騎士は少年に微笑んだ。
「聡明で助かるよ。腕白小僧と違って・・・・ね」
鷲鼻の騎士が眼を細めたのを見て少年は2人に視線を戻した。
まだ2人は動いていない。
しかし間合いは十分に詰めている。
『タイミングの問題・・・・だな』
少年はジッと眼を凝らし、2人を注視する。
刹那・・・・壮年の騎士が十文字の槍を迅速に動かした。
狙ったのは青年の額だった。
対して青年は壮年の騎士の臑を狙って薙刀を振るうが2人とも体を「半身」にしている。
それは壮年の騎士が青年の額ギリギリの所で十文字の槍を止めた所でも変わっていない。
青年の薙刀は後一歩の所で壮年の騎士に届いてなかった。
「・・・・半身となった意味は何と思う?」
壮年の騎士が十文字の槍を青年から遠ざけてから少年に問い掛けた。
「攻撃される部分を・・・・攻撃を躱す為、です」
少年は2人の立ち位置を見て答えた。
「正解だ」
壮年の騎士は満足そうに頷くと白髪の騎士に視線を向ける。
「次は私ですか・・・・・・・・」
白髪の騎士はフゥと息を吐きながら腰に吊した長刀を無造作に抜いて薙刀を構え直す青年騎士と向き合った。
「最初に言っておく。私の剣は“奇剣”だ」
「奇剣・・・・ですか?」
少年は白髪の騎士を見ながら首を傾げる。
「私には師という人物が居ない。ただ、この奇剣を伝授した人間が一人いるに過ぎん」
だから正当な流派を学んだ事はないと白髪の騎士は言った。
「模倣はするな・・・・という事ですか?」
「そうだ。私の奇剣は邪剣だ。そんな剣技は模倣などしても為にならない」
「・・・・・・・・」
少年は白髪の騎士が発した言葉に無言となった。
「ただ、私のような者は多数いる。だから私の剣技を見て参考にしろ」
こういう相手とはどうやって戦うか・・・・・・・・
それだけ言うと白髪の騎士は長刀を右頭上に構えた。
対して青年の方は薙刀を頭上高くに構えた。
どちらも相手を斬り伏せる構えだが、少年は長さでは青年が有利と見る。
しかし白髪の騎士は奇剣を使うと自ら公言した。
『風ではない・・・・別の技があるのかな?』
少年には予想も出来なかった。
ただ奇剣だから意表を突く剣技ではないかと考えた瞬間だった。
青年が薙刀を頭上高く構えたまま白髪の騎士に迫った。
「朝から元気ですね・・・・朝に弱い私には羨ましく見えますよ」
白髪の騎士は口端を上げながら青年を見つめたが・・・・どういう訳か?
長刀を握っていた右手を手放した。
『な、何で・・・・・・・・?』
少年は片手で長刀を支える白髪の騎士を呆然と見つめる。
青年は白髪の騎士を真っ二つにせんと薙刀が振り下ろす。
だが・・・・白髪の騎士が横へ移動したのを少年は見た。
しかも右手は・・・・・・・・
『は、白・・・・刃・・・・!?』
少年は信じられなかった。
何せ白髪の騎士の右手は肘から先が白刃なのだから無理もない。
ただ、肘から下の部分が地面に落ちているのを発見し、奇剣の意味を理解した。
「貴方の奇剣とは・・・・こういう技なんですね」
青年の振り下ろした薙刀を躱した上で、青年騎士の左腋下ギリギリの所で白刃を止めた白髪の騎士に少年は言った。
「その通りだ」
白髪の騎士は右手から生えたように見える白刃を青年の左腋下から離した。
そして地面に落ちている右手を拾い上げて慣れた手付きで戻す。
「この奇剣は・・・・聖教が私に施した“憎むべき物”だった」
白髪の騎士が怒りを込めた声で呟いた言葉に少年は沈黙するが・・・・白髪の騎士が発した言葉から察した。
「今は、違うんですか?」
「・・・・昔に比べればマシになった。“然る婦人”の慈悲によって、な」
「・・・・・・・・」
白髪の騎士と表情から怒りが治まったのを少年は見た。
「私は今も聖教が嫌いだ。だが、自己を持たずに生きる者も同様に嫌いだ。“凡庸の悪”など・・・・その極みだ」
凡庸の悪・・・・・・・・?
少年は白髪の騎士が発した言葉に眉を顰めた。
凡庸の悪とは何か?
だが、少年が答えを見つける前に白髪の騎士は言い続けた。
「お前も成長すれば婦人と出会うだろう。その時は“自己”を持った婦人を見つけろ」
そうすれば私のようにはならないと白髪の騎士は言うと長刀を鞘に納めた。
自己を持った婦人・・・・凡庸の悪・・・・・・・・
この2つが何を意味しているのか?
それは少年には解らなかった。
しかし、白髪の騎士みたいな奇剣を使う者も居るという事実はシッカリ学んだのだろう。
交代するように鷲鼻の騎士が出て来る瞬間に少年は白髪の騎士に頭を下げる。
それを白髪の騎士は無視するように下がったが・・・・少年には聞こえた。
『・・・・礼など不要だ』
白髪の騎士の返答に少年は首を横に振った。
しかし白髪の騎士は少年に背を向けたまま茂みの中へ消えて行った。
「フフフフッ・・・・意外と照れ屋なんだよ」
鷲鼻の騎士が面白そうに語り掛けてきたので、少年は鷲鼻の騎士に視線をやった。
「さて次は俺だけど、話した通り俺は陰の者なんだよ」
白髪の騎士とは別の意味で奇剣を使うと鷲鼻の騎士は少年に説いた。
「ただ、俺の場合・・・・気付いたのかい?」
「いえ・・・・“背鰭”が見えたんです」
鷲鼻の騎士が投げた言葉に少年は答えたが視線は鷲鼻の騎士の影に釘付けだった。
何せ鷲鼻の騎士の影に「魚の影」が見えたのだから無理もない。
その魚は全身が真っ黒で、影そのものだった。
しかも水が無い地面を優々と泳いでいる。
「俺の使い魔の“影ワニ”だよ」
鷲鼻の騎士は甘えるように体を寄せた真っ黒な魚を撫でながら少年に名前を教えた。
対して少年は使い魔という言葉から鷲鼻の騎士は魔法が使えるんだと知り興味深く鷲鼻の騎士を見た。




