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犬割り騎士  作者: ドラキュラ
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幕間:卑しい聖職者

 修道院の薄暗い廊下を一人の小太りな中年の男が歩いていた。


 男の名はフランシス。


 フランシス・ファン・アベラルドゥス。


 ここの修道院の長であるが一信徒から修道院長になったのが今の西方派聖教では見られない特異な点である。


 聖教が産声を上げてから100年前後までは修道士は一信徒からなっていた。


 そして彼等の上にリーダーとしての修道院長が居た。


 この点は東西に分かれる形になった聖教だが奇しくも同じである。


 つまり修道院長も元々は聖職者ではなかったという訳だ。


 だが、サルバーナ王国歴1100年に西方派聖教では修道院長は「司祭の下」という形になった。


 元々聖職者ではないからある意味では当然だったのかもしれないが・・・・・・・・


 司祭の下にと決められてから5年後の1115年には司教の「裁量の外」になった。


 これは当時の司教が余りにも横暴な上に教会で行う会議において修道院長達を酷使したのが原因とされている。


 その為に修道院長は司祭の下に属するが、裁量外という形で落ち着く事になった。


 しかし、ここで西方派聖教と東方派聖教の違いが決定的に歴史のページに映し出された。


 西方派聖教の中では修道士の中から司祭に「叙階じょかい」される事もあったので完全に裁量外という訳ではなかった点である。


 これに対して東方派聖教では司祭あるいは助祭または修道司祭が修道院長になる形に最初からなっていた点が違う。


 というのも東方派聖教は「辺境」と蔑視される地方に根付いた聖教だったのが理由だ。


 この根付け作業には当時の司祭や助祭自身も自身の足を根として地に張り、土に還る事で成就させるという血と汗に塗れた過去がある。


 だからという訳ではないが・・・・東方派聖教が司祭あるいは助祭が修道院長になるのも先人達への「敬意」と見られるのだ・・・・今も。


 対して西方派聖教では産声を上げてから間もないのに起こった「内部争い」の為か・・・・またはつい最近になって明るみになった醜聞からか・・・・・・・・


 修道院=隔離された上に隠蔽工作に打って付けの場所という印象を民草は持ってしまった。


 そんな烙印を押された修道院の長を務めるフランシスは西方派聖教の間では「それなり」に名が知られていた。


 それは彼自身が今も「一信徒」という身分だからだ。


 ところが彼自身は司祭が被るべきミトラ帽を始め、司祭杖にも華美な素材を公然と使用している。


 これが「それなり」に名前が知られる理由であるが当の本人は周囲から「鉄仮面」と渾名されるほど表情に変化がないので何を考えているかは解らない。


 しかし・・・・修道院長の割には陰険な雰囲気があり、今も瞼がピクリと痙攣するので不気味が増している。


 もっとも修道院長であるフランシスに異見できる者は居ない。


 この外界から隔離するように出来た修道院長ではフランシスが長であり、この村でも事実上の主だからだ。


 といっても最近は王室の干渉も激しくなってきたので何時どうなるかは・・・・・・・・


 「・・・・・・・・」


 フランシスは無言で自分の自室に着くと鍵で施錠を解除し中に入った。


 そして改めて内側から鍵を掛けると部屋に飾ってあった絵画の前に立ち・・・・その絵画を外した。


 絵画の裏側にはY字型の十字架に一本線が入った奇妙な十字架が飾られていた。


 「・・・・我等が父と聖霊の皆において・・・・フランシス修道院長、参りました」


 十字架の前で片膝をついたフランシスが声を出すと十字架が一瞬だけ光ったと思いきや・・・・声が聞こえてきた。


 『フランシス。どうだ?そなたの所へ遣わした“聖獣”は』


 十字架から聞こえてきたのは男の声で、その声にフランシスは頭を垂れた。


 「今朝も供え物を食べましたが・・・・大きくなっておりました」


 歯形で分かったとフランシスが語ると十字架から再び声が降ってきた。


 『それは良かった。そなたに遣わしたのはどうやら“出来が悪かった”と聞いたので心配したが・・・・・・・・』


 「御心配の御言葉、痛み入ります。ですが御安心下さい。貴方様に神の加護があるように・・・・私にも貴方様の加護があります」


 『嬉しい言葉だが・・・・油断するな』


 「・・・・・・・・」


 フランシスは十字架から聞こえてきた声のトーンが落ちた事を敏感に感じ取り無言となった。


 『恐らく貴殿の耳にも入っているだろうが・・・・我等が神の敵は更に攻撃を激しくさせた』


 お陰で私も神都から追い出されたと十字架の声は語った。


 「・・・・何と罰当たりな・・・・して今はどちらに?」


 『それは言えん。我等の神と同じように・・・・あの“淫売母娘”にも耳があるからな』


 何処で盗み聞きされるか分からないと十字架の声は語り、フランシスに改まった口調で命じた。


 『フランシス。何としてでも聖獣を育て上げろ。恐らく後1ヶ月もすれば見事な成獣となり我等の力となるであろう』


 その間に私も王国全土の信者に蜂起を促すと十字架の声は語った。


 「で、では・・・・・・・・」


 フランシスが息を飲んだように十字架を見つめた。


 それに対して十字架の声は静かに・・・・こう答えた。


 『・・・・2000年前は失敗したが今度こそ・・・・我等が聖教の悲願を叶えようぞ』


 「・・・・このフランシス。御命に必ずや報いましょう」


 『うむ・・・・そなたに父と子、そして聖霊の加護があらんことを』


 「貴方様にも偉大なる神の加護があらんことを・・・・・・・・」


 フランシスと十字架の声は互いの無事を祈るような言葉を投げ合ってから・・・・魔法会話を切った。


 「・・・・おのれ、淫売母娘がっ」


 フランシスはギリッと唇を噛んで敵対者を口汚く罵ったが直ぐに絵画を戻して十字架を隠すとテーブルの引き出しから魔石を取り出した。


 「私だ・・・・・・・・」


 魔石を握りながら声を掛けると「何用ですか?」と野太い男の声が返ってきた。


 「説教をせがんだ愚か者共を探し出して・・・・罰を与えろ」


 この重大な事態の際に一信者如きが説教をせがむなど言語道断とフランシスは怒りを滲ませながら言った。


 『しかし・・・・我々が動いて大丈夫ですか?』


 ただでさえ民草も騒いでいるのにと声は異を唱えた。


 「構う事はない。高が民草の騒ぎなど私が握り潰す」


 『・・・・直ぐに探し出します』


 これを聞いてからフランシスは魔石を引き出しに戻した。


 机の背もたれに背中を沈めた。


 「・・・・漸く我等の悲願が成就せんとしている・・・・失敗は許されんな」


 しかし、とフランシスは呟いた。


 「あの“若造”が・・・・法王猊下を誑し込みおって」


 フランシスは拳を握り締めて一度だけ会見した産声を上げたばかりの新しい聖教の分派の代表者に対し怒りの炎を燃え上がらせた。


 もっとも・・・・法王も馬鹿ではないから何れは始末するだろうとフランシスは思い直す事で怒りを静めた。


 だが・・・・・・・・


 『若造め・・・・法王は誑し込んだが・・・・この私は貴様の色仕掛けなど通用せんぞ。そして何れ・・・・法王を誑し込んだ罪を償わせてやる』


 貴様の命で・・・・・・・・


 フランシスは修道院長とは思えない発言を繰り返した末に・・・・悪魔のような笑みを浮かべた。


 しかし、そんな彼の笑みを叩き割るように・・・・西から強い風が吹いた。


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