第十六章:青年の語り
少年は倒木が在る場所から聞こえた音から放火を疑った。
『この音は火打ち石の音だ!!』
放火をするなら止めなくてはならない。
音の正体を察した少年は直ぐ駆け出そうとした。
しかし、それより速く鷲鼻の騎士が疾風のように走った。
「フッ・・・・相変わらず速いな」
白髪の騎士は冷笑を浮かべながら少年の前に出て愛剣の鯉口を切ってから少年に命じた。
「そなたは野生児と居ろ」
「ここは私達が受け持つ」
壮年の騎士は十文字槍を両手で持つと白髪の騎士と共に鷲鼻の騎士を追い掛ける形で駆けた。
「やれやれ、兄貴に叩かれたばかりなのに御苦労な事だな」
弓矢を装備した青年は肩を落としながらポケットに手を入れている少年に声を掛けた。
「そいつは日常生活で使うもんだから使うな」
「・・・・すいません」
少年はポケットから手を出して謝罪した。
「謝る事じゃねぇよ。それより名前は何て言うんだ?」
「・・・・です。貴方は?」
「俺は・・・・だ。変わった苗字だから憶え易いだろ?」
確かに変わった苗字と少年は弓矢を装備した青年の言葉に頷いた。
しかし、その由来は何となく察する事が出来た。
「山奥で暮らしていたんですか?」
「あぁ。良く分かったな?」
「教会の本で読んだんです」
少年は以前に読んだ書物の一節を朗読した。
『フォン・ベルト陛下が伝えたのか?山奥に暮らす“山人”には平地では聞き慣れない苗字を名乗る。しかも悪しき者を連想させる苗字だから興味深い』
「その一節は“探検者”をギルドに登録申請した“カッテ子爵”の回顧録だな」
弓矢を装備した青年の発した単語と人名に少年は首を傾げた。
「何だ?お前の村には冒険者とか探検者は来ないのか?」
「来たかもしれませんが僕は見ていないので分からないです。あの・・・・どんな職業なんですか?」
「冒険者ってのは“冒険王”の異名を持つ“フリードリヒ国王”が登録申請した職業さ」
その仕事内容は階級によって異なるが危険が伴う仕事があると青年の説明で少年は理解した。
「しかし兄貴みたいになりたいなら冒険者を目指すのが良いと俺は思う」
それは旅が出来るからと弓矢を装備した青年は語った。
「あの鷲鼻のおっさんなんかは冒険者の最上位たる“特級”クラスだから色々と聞けるんじゃねぇか?」
「でも貴方の話も聞きたいです」
「へへへっ・・・・まるで渓谷の兄ぃみたいな言い方しやがって。よし、なら俺の故郷を話すか」
弓矢を装備した青年はクスリと笑いながら自分の故郷を語り出した
「俺の故郷は王国の”第2王都”であるヴァエリエから向かって南北地方に在る山脈で、兄貴なんかは“超ド辺境”と評したが・・・・気に入ってくれているんだ」
辿り着くまでは険しい山道を数日かけて歩かなければならないが・・・・・・・・
「ここ以上に自然が溢れた場所で、獣と魔物の棲む“都”なんだ」
そこに行けば人間なんて「ちっぽけな存在」と思い知ると弓矢を装備した青年は語りつつ・・・・こう言った。
「しかし渓谷の兄ぃはこう語ったんだ」
『自分という存在を見つめられる場所であり、そこで如何にして生きるか学べる“学園”』
「学園・・・・ですか」
少年は聞き慣れない言葉に首を傾げるが悪い響きではないと感じた。
それを察したように弓矢を持つ青年は頷いた。
「ここ等辺じゃ教会とかが書物を一人占めしているから聞き慣れない言葉だろうが、ヴァエリエ付近や地方貴族の領土では広まっている」
皆が同じ場所で、席を並べて自分が知っている事を学び合い高め合う場所として・・・・・・・・
「素晴らしい場所ですね」
少年は自分が感じた事を弓矢を装備した青年に言った。
「俺も同じ考えだ。で兄貴も兄ぃから学んだんが・・・・見せただろ?」
この言葉に少年は察するものがあったので直ぐ頷いた。
「ああいう技術と知識を学園では学べるんだ。で、兄ぃは俺の故郷も学園と評した」
これは俺の誇りだと弓矢を装備した青年は語り・・・・戻って来た3人の騎士に眼を向ける。
釣られて少年も視線を向けるが3人とも無傷だった事から・・・・・・・・
『懲らしめた程度で済ませたのかな?』
少年は心中で予想したが、3人は何も言わずに呼び寄せた。
それに従う形で行くと3人は小枝を集めるように言い、弓矢を装備した青年は直ぐ頷き、少年を連れて別方角の道へ行く。
しかし少年は3人の言葉と鼻を突いた・・・・血の匂いで自分の予想が外れた事を悟る。
だが少年は何も言わなかった。
『僕に気を遣ったんだ』
それが解った少年は黙って弓矢を装備した青年の後を黙って付いて行き、小枝を見つけては黙々と拾った。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
少年は弓矢を装備した青年と小枝を両手で拾えるだけ拾うと真っ直ぐ寝床へ戻った。
そこに3人の騎士は居なかった。
だが青年は2人に小枝を屋根の在る場所に置けと命じ3人の事は尋ねてこなかった。
「・・・・血の匂いを嗅いだか」
小枝を置いた所で問われた少年は青年を見るが、青年の眼は全てを察していた。
「嗅ぎました・・・・・・・・」
少年は青年の問いに答えた。
「・・・・血の匂いに気分を悪くするからお前は“大丈夫”だな」
「大丈夫・・・・・・・・?」
青年の言葉に少年は意味が解らず問い返した。
「居るんだよ。血の匂いを嗅いで“溺死”する奴が」
溺死という残酷な言葉の意味を少年は直ぐ察したが、先日の邪悪な者を思い出したのかブルッと震える。
「なぁに心配するな。ここに居る間に俺達が鍛えるんだ」
血の匂いで溺死しないようになると弓矢を装備した青年は震えた少年の肩を叩く。
「お願いします・・・・僕は強くなりたいんです」
震えた自分の手を握り締めて少年は言った。
「強さを求めるのは男の性だ。しかし、お前は今一人だから“戦友”を見つけろ」
少年を見ながら青年は葉巻を取り出し、言葉を紡いだ。
「戦友・・・・皆さんの事ですよね?」
少年は大木を担いで戻ってきた3人の騎士と、弓矢を装備した少年を見てから青年に問いを投げた。
「あぁ、そうだ。こいつ等は部下でもあるが戦友でもある」
それは寝食を共にして戦場を駆けたからと青年は言いながら火の点いた小枝で葉巻の先を焙る。
「一人だと無茶が幾らでも出来る。そして自由だ。しかし一人の代償は全て一人でやらなくてはならない点だ」
だから一人の冒険者や騎士は極めて稀と青年は説きながら葉巻を口に銜える。
「・・・・貴方も以前は一人だったんですか」
青年の発した言葉の節々から感じ取れた気から少年は当たりをつけ問い掛けた。
「最初はな。だが・・・・こいつと出会ってからは違う」
顎で青年は鷲鼻の騎士を指した。
「こいつは“陰の者”と言われているが・・・・俺が初めて召し抱えた騎士だ」
「陰の者?」
「裏の世界を生きる人間の事だ」
裏の世界と聞いて少年は直ぐ如何なる仕事をやるか察し、鷲鼻の騎士を見る。
だが鷲鼻の騎士は平然としていたのが興味深いが・・・・少年には解った。
「自分に誇りを持っているんですね」
「あぁ、持っているよ」
少年の問いに鷲鼻の騎士は大木を適当な場所に置きながら頷くと4語り出した。
「自分に誇りを持たなければ良い仕事は出来ないからね。もっとも陰の者は蔑まされてね」
幾ら完璧な仕事をしても駄目だったと鷲鼻の騎士は語ったが・・・・・・・・
「こちらのガキ大将は俺を騎士として召し抱えた。しかも騎士の階級では高い“旗騎士”としてね」
大木を置いた鷲鼻の騎士は葉巻を吹かす青年に笑い掛けた。
「あの日は今も憶えていますよ」
「そうでなきゃ困る。しかし、こいつと出会ってから俺はこいつ等と出会った」
青年は葉巻を口に銜え直し壮年の騎士と白髪の騎士を見た。
「私と彼は御大将が水の騎士を助けた際に出会った」
「ある意味では御大将と水の騎士が・・・・運命的な再会を果たした瞬間・・・・でもありましたな」
壮年の騎士が要点を抑えて言うと白髪の騎士は詩でも語るように口ずさんだ。
しかし暗い冷気を放っていた白髪の騎士の言葉は滑らかな口調だったと少年は新鮮に捉えた。




