幕間:賎しい聖職者の策略2
オグルの高笑いにフランソワは怒りを覚えた。
しかし魔法陣の中にオグルは居ない。
それをオグル達は「自由の身」と称したから下手に刺激しては自分が血祭りに遭うとフランシス修道院長は直感した。
そのため怒りを無理やり抑え込みながら・・・・オグル達に尋ねた。
「何が・・・・おかしい?」
『おかしいのではない・・・・これほど”愉快”な事はない』
『汝は我等と敵対する筈の聖職者。その聖職者があろうことか同僚を贄として捧げて自身の野心を達成せんとしている』
『その汝が我等と同じく異界より召喚した獣を神が遣わした聖獣と称した』
『これほど神に対して冒涜な事は無い』
だから愉快だとオグル達は言うが、端から見ればオグル達の言葉は正論と言えた。
もっともフランシス修道院長は違うとばかりに首を振り否定した。
「あの獣は、神が遣わした聖獣だ。そして私が叶えるのは野心ではない。聖教の悲願だ。今、この国は売娼婦母娘によって蹂躙されている。それを救うのが聖教の役割だ」
『フフフフ・・・・今度は悪魔の”物真似”か。面白い奴だ』
『いいや、悪魔なんぞより口が達者だ』
『そして実に卑しい。悪魔は”肯定者”だが、こちらは自分の本当の姿を否定しているから”否定者”だ』
『まぁ、良いではないか。我等は召喚に応じて来た。そして自由の身だ』
「・・・・契約を交わさないつもりか?」
フランシス修道院長はオグルの一匹が口走った単語に警戒心を抱きながら尋ねた。
するとオグルの一匹が面白がるように問い掛けてきた。
『もし、我等が契約をしないと言ったら・・・・その聖水で清めた服を我等に被せて軽い”火傷”でも負わせるか?』
『そんな事を考えるなら止めておけ。我等は悪魔などに比べれば知恵は低い。しかし・・・・これ位は出来る』
見ろとオグルの一匹は言いながら教会の近くに建つ家の直ぐ隣にある馬小屋に左手を向けた。
そして左手で手招きすると・・・・強風が馬小屋で吹き荒れ仔馬を一頭・・・・連れて来た。
だが仔馬は悲鳴を上げる事も出来ずオグルに首を掴まれると親指一本で骨を折られて事切れてしまった。
『この程度の力は有るから我等を倒そうなどとは思わん事だ。しかし・・・・安心しろ。汝と契約は交わす』
召喚術で呼ばれた時に返事をする、しないで契約を交わすかは決まるとオグルはフランシス修道院長に説いた。
『我等は返事をした。つまり契約する意思はある。ただし・・・・聖職者と子供一人では余りにも割に合わん』
「・・・・では、何を望む?」
息を飲みながらフランシス修道院長は尋ねた。
『大した事ではない。我等が死んだ時の”保険”を掛けたいのだ』
保険という言葉にフランシス修道院長は首を傾げたが、オグルの一匹が大きな手をフランシス修道院長の前に突き出した。
その大きな手には余りにも小さな革袋が握られており、フランシス修道院長はオグルに問いを投げた。
「これは・・・・・・・・?」
『我等が血肉を粉末にした物だ。これを風が強い夜・・・・ばら撒け。そうすれば我等が死んでも我等の”分身”は生まれる』
数も増えるとオグルは言い、それにフランシス修道院長は無自覚に薄ら笑みを浮かべたのをオグル達は見逃さなかった。
しかしフランシス修道院長は付け入る隙を与えないとばかりにオグル達を見て・・・・確認の問いを投げた。
「では・・・・契約成立で良いな?」
『あぁ、構わん。だが異界より来たので今夜は休ませてもらう』
それだけ言うとオグル達は強風の中に消えた。
残されたフランシス修道院長は暫し立っていたが自分の手に握られた皮袋を素早く懐に入れると平素を装い教会の中へ入った。
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静かな夜が支配する中で焚き火を囲んで4人の男達が食事をしていた。
「明日にはブルケン村に入るけど兄貴達は何しているかな?」
最年少の青年が干し肉を囓りながら3人に問いを投げた。
「御曹司の性格からして今は酒でも飲んでいるだろう」
やや尖った鷲鼻の男は焚き火を見つめながら青年の問いに答えた。
「若しくは、あの娘と口喧嘩でもしているに違いない」
今度は白髪の騎士が皮肉を言ったが青年は肩を落とした。
何せ2人揃って自分達が仕える主人の性格をストレートに言っているからだ。
「もうちぃっと楽しい事を言ってくれよ。それじゃあ面白くない」
青年は獣はおろか魔物すら息さえ殺している今の状況が酷く退屈と言わんばかりに不満を口にした。
「それなら・・・・俺が唾を付けた“婦人”の話でも聞かせてやるか」
尖った鷲鼻を持つ男は青年の要求を満たしてやるとばかりに葉巻を取り出した。
葉巻の先を火が点いた小枝で軽く焙るが青年は「また口説きの自慢話か」と冷やかした。
「言ったろ?唾を付けたんだよ」
「ホォ、“恋多き騎士”が手を出さないとは意外だな」
白髪の騎士が皮肉を鷲鼻の男に言うが、冷笑を浮かべる顔には僅かだが興味を抱いていた。
「静かな夜だというのに・・・・幼子のように騒ぐな」
ここで壮年の騎士が朱色に塗った酒杯に清酒を酒瓶から注ぎながら苦言を漏らした。
しかし、そこまで口うるさく言うつもりはないのだろう。
静かに酒杯を口に運んだ。
「俺が唾を付けた婦人は“冒険者”をしていた。もう一人はギルドの受付嬢だったが“探検者”を目指していた」
「冒険者と探検者かぁ・・・・“山渓の兄ちゃん”が話してくれたな」
青年は自分が仕える主人が追い掛けている最中の男を思い出したのか、懐かしそうに眼を細めた。
「ク・・・・2人も唾を付けるとは昔から恋多き性格だったのか」
白髪の騎士は再び皮肉を言ったが鷲鼻の男は鷹揚に頷いた。
「まぁな。しかし・・・・あんなに“良い女”が2人も目の前に現れたんだ。男なら2人一緒に頂きたくなるさ」
その証拠に受付嬢の方には言い寄る男が絶えなかったと鷲鼻の男は語りながら火を点けた葉巻を銜えた。
「どっちも出会ったのは南部の片田舎で、俺も20をちょいと過ぎた若造だった」
「へぇ、おっさんにも若かりし頃があったんだな?」
青年の言葉に鷲鼻の男が苦笑した時・・・・強風が吹いた事で皆は沈黙した。
その強風が吹いた瞬間、皆は得物を手にした。
『・・・・・・・・』
皆は沈黙して強風と共に現れた邪悪な気を探る。
気の数を数えたのか、鷲鼻の男が左手で6と3人に教えた。
それを3人は確認すると何時でも戦えるように得物を構えたが、邪悪な気は暫くすると消え去った。
「あの邪悪な気・・・・異界より召喚したな」
壮年の騎士が厳しい口調でポツリと呟いた。
「邪教は・・・・やはり滅ぼすに限りますね。あのような者達を召喚するのですから」
白髪の騎士が忌々しそうに言うと鷲鼻の男はこう返した。
「なぁに直ぐ滅びるさ。我等が総大将は全てを焼き払う炎を纏っているんだ」
あんな奴等は敵じゃないと鷲鼻の男が語ると青年は矢を矢筒に仕舞った。
「これで兄貴の武勇伝に・・・・また一つ追加されるな」
「良い事だ。高名な騎士は逸話が多いからな」
「フフフフ・・・・言えてるな。あの方の武勇伝に話が追加されるという事は我等の名も広がる」
「・・・・明朝に出発だ。御大将の事だからさほど心配はないだろうが・・・・な」
壮年の騎士が発した言葉に3人は頷いた。
そして順番で火の番をした後・・・・明朝には出発した。




