第一章:神の遣わした獣
サルバーナ王国の中西部に在るソワソン地方。
その地方は山国のサルバーナ王国の中では比較的だが開けた場所だった。
しかも中西部の出入りも兼ねているので人と物の往来も多く豊かな土地だったから本来なら王室の財政を豊かにさせただろう。
ただ「西方派聖教」の荘園だった事から王室ではなく聖教の懐を温かくさせているのが現状である。
そして聖教の荘園と言う事もあってか・・・・宗教色が至る所で見られ、また聖教の信者だけ優遇される面が多々あった。
それこそ宿代がヴァエリエを軸に活動している西方派聖教の信者なら50サージの所が東方派聖教ならび異教徒だと倍の100サージも取られるという感じだった。
そんな聖教の荘園らしく・・・・ソワソンの中央にはサージをふんだんに使った教会が建っていた。
教会の外装は聖教関係の彫刻で名を馳せた著名な彫刻家がデザインした「フィギエ建築」で、内装には大量の金銀宝石を使っており、十字架は純金製で所々に宝石が色取り取りに飾られている。
清貧を旨とする聖教として如何なものかと言われても仕方ないが・・・・一部の地方貴族同様に・・・・「この手」の輩は必ずある程度だが存在すると考えれば致し方ない。
しかし、この清貧とは真逆の所業を行う教会に変化があった。
毎月7日の最後には信者が集まり修道士の説教を聞くのが古くから習わしとなっていたが・・・・近頃はとんとやっていない事である。
理由は不明だが領民達はこう囁き合った。
『これまで犯してきた罪状を王室に明らかにされた上に強烈な制肘されたからだ』
この囁きは間違いではない。
何せ、つい数ヶ月前にサルバーナ王国の王都ヴァエリエ限定で執行された「禁酒法」ならびに「反売春法」は廃棄された。
廃棄にすると決定したエリーナ第一王女は次のように語ったとされている。
『禁酒法も反売春法も一人の”老いた狂信者”によって強引に押し切られる形で制定されたもの。その結果で得られた物は不幸な物ばかりです』
また宗教が国政に干渉するのは禁ずると5代目国王レイウィス女王は宣言した事をエリーナ王女は引用し、更には9代目国王アルフレット王が憲法書にも如何なる差別も禁じると直筆した点を引用した。
それによって聖教の言動が如何に王国の法に反しているかを理詰めで追い込んだ末に・・・・決定打と言える台詞を発した。
『亡き29代目国王カール陛下は聖教の篤き信者だったと聞いておりますが・・・・今は我が母サラ・フォン・ロクシャーナが統治する時代です。ただ、その母が療養中ですから私が統治しております。
その私が代わって言いましょう。
カール陛下の発言は・・・・もはや無効です。ですが今件を考えて改めて宣言します。
聖教が国政に干渉する事を禁じます。もし、これに反するのであれば容赦なく法に沿って厳罰を下すので覚悟しなさい』
この発言をした上で・・・・聖教の絡んだ数々の陰惨で惨い事件が明るみとなり王国全土で反聖教の運動が勃発した。
そして王室も膿を出し切らんとばかりに積極的な行動を取り、聖教と懇意だった地方貴族にすら厳罰を加える姿勢を見せた。
それによって聖教の影響力は大きく削がれた結果・・・・それまで大手を振っていた西方派聖教は衰え、日陰者と追いやられていた東方派聖教が力を増す事になった。
もっとも東方派聖教も聖教の一分教であるから政治干渉は禁じられている事に変わりはない。
だが東方派聖教の方は西方派より賢いのだろう。
特に何ら大きな問題も起こさず地方貴族とも懇意な関係を築いているが・・・・このソワソン地方は西方派に属している。
だからだろうか?
民草達はこうも囁き合った。
『今は大人しいが何れ・・・・また何かやらかすのではないか?』
これは確実とまでは言わないが、今の修道院の長が何かと暗い噂が絶えない事も関係している。
そして・・・・その暗い噂を証明するように修道院の中に設けられた礼拝堂では修道士達が何やら騒いでいた。
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修道院の中に設けられた礼拝堂には信者が供える食べ物などが普段は供えられている。
ところが供え物は汚く食べ散らかされていた。
「これは“今まで”の中でも酷い!!」
修道士の一人が金切り声で叫ぶと他の修道士達も頷き合い、これで何度目かと言い合った。
修道士が言ったように供え物が食べ散らかされ始めたのは今になって始まった事じゃない。
今から数ヶ月前に一度目は行われたが、それ以前はソワソン郊外で畑や獣が食い散らかされていた。
それが急に修道院の中で起こり始めたから修道士たちが頭を抱えるのも無理ない。
かと言って今の修道院長は数ヶ月前から起こっている件に関しても何時も一言だけで片付けている。
それは・・・・・・・・
「神の放った“聖獣”が食事をしたに過ぎぬ」
『!?』
修道士達は一斉に礼拝堂の入り口を見た。
礼拝堂の入り口には一人の男が立っていた。
白い修道衣を金色の袖無し肩衣の下に着用した中年の小太りの男を見て修道士達は慌てて挨拶をした。
『おはようございます。フランシス修道院長』
「あぁ、おはよう。どれ・・・・ふむ」
フランシス修道院長と呼ばれた男は鷹揚に頷くと礼拝堂の中へ入って来た。
そして修道士達の背後に散らかっていた供え物を見るなり顎に手を当てた。
供え物は食い散らかされているが、その中でも肉は欠片すら食べようとしたのだろう。
椅子ごと齧った跡が見られた。
しかし・・・・その椅子を齧った獣はかなり巨大なのだろう。
巨大な牙の跡がクッキリと鮮明に残っている。
「どうやら日に日に大きくなっているようですな・・・・結構な事です」
「あの・・・・フランシス修道院長、神の聖獣が肉を食べるのでしょうか?」
年若い修道士が意を決してフランシス修道院長に問いを投げた。
するとフランシス修道院長は修道士を無知とばかりに蔑んだ視線を投げながらこう答えた。
「えぇ、食べます。我等が西方派聖教の聖書にも書いてあります」
フランシス修道院長は聖書に書いてある一節を外見とは裏腹に綺麗な声色で語った。
『神は人間が生き残れるように巨大な獣を2匹用意した。しかし、陸の獣は子を産める力があり、それ故に大量の肉を食らう』
「ですから肉を食べたのです。まぁ品が無い食べ方と言えばそうとも言えますが・・・・何ら問題ありません」
「でしたら信者に説教を再開しても宜しいでしょうか?」
今日も信者の何人かが説教をせびってきたと修道士は言ったが・・・・その途端にフランシス修道院長の眼がピクリとした。
「そのように説教をせびる者は西方派聖教の信者ではありません。直ぐ破門にしてしまいなさい」
「ですが、それでは・・・・・・・・」
「私の言葉に異を唱えるのなら貴方も修道院に必要ありません。直ぐに荷物を持って出て行きなさい」
「そ、そんな・・・・・・・・」
修道士は酷いとばかりによろめいた。
しかし、それを仲間の修道士達が支え、フランシス修道院長に許しを乞うとフランシス修道院長は冷たい視線を彼等に送った。
「・・・・嘆かわしい。私が若かりし頃は神の試練と何事も受け止めていたのに・・・・まぁ良いでしょう。今日の所は許しましょう」
次は無いとフランシス修道院長は安堵する修道士達に釘を刺すと入口へと向かい出て行った。
それを見てから修道士達は直ぐ散らかった供え物を片付け始めたが・・・・心中では同じ事を思っていた。
『これが本当に神の試練なのか・・・・・・・・?こんな真似を我等が行って神は許されるのか・・・・・・・・?』
もっとも彼等の問いに答える者は居なかった・・・・・・・・
いや、答えるのではなく「応える者」は居たと言うべきだろう。