幕間:謎の獣と4つの影
ソワソン地方に在るブルケン村。
その村の外に「得体の知れない獣」が居た。
獣は薄灰色の毛色で、雄牛並みに大きな体と鋭い犬歯、そして凶暴な色を宿した血のように赤い眼が特徴だった。
獣の周囲には食い散らかされた動物や魔物の肉片や骨が転がっていた。
しかし・・・・その中には明らかに「人の骨」と思わしき部分もあった所を見ると「人の味」を覚えたと言って良いだろう。
動物や魔物は人間を好んで食する事は殆ど無いというのが学者達の結果だ。
理由として「人間は彼等の餌に値しない」というものだ。
動物も魔物も生きる為に他の生命を奪い、自分の糧とするが誰だって良い訳ではない。
確実に自分の腹を満たす栄養源を持つ生命が望ましい。
ここを学者達は「彼等の腹を満たすには人間では栄養源が足りない」と称している。
確かに大型の獣や魔物から言わせれば人間一人を食べた所で得られる栄養源は少ない。
それを彼等は理解していると学者たちは口を揃えて言っている。
『何より彼等は人間一人を襲えば人間が総出で報復に出る事を知っているから襲わないのだ』
これも的を射た論とされており、実際に一人の人間が襲われたと知られるや周辺の魔物や動物が尽く狩られた話はよくある。
この点を魔物も動物も知っているから人間を極力、襲わないようにしているのだが・・・・例外はある。
もっとも例外に関しても「真っ当な理由」と学者達は説いている。
その真っ当な理由とは以下の通りだ。
『誰だって自分の敷地内・・・・自分の家の中を土足で見知らぬ者に踏み込まれたら怒るだろう』
そう・・・・まさに魔物や動物が人間を襲う理由は、これだ。
つまり人間が自分達の縄張りに入らなければ襲わない。
これが魔物と動物、そして人間との境界線なのだ。
しかし、目の前の獣は違う。
獣は飢えているのだろう。
腹を空かしたとばかりにウロウロと周囲を回り始めた。
そして犬歯だらけの口を開けて舌を出すとハァッ、ハァッ、ハァッと荒い息を漏らす。
獣はブルケン村の方を見た。
あそこに行けば食べ物が在る。
しかも定期的に食べられるから腹を満たす事が出来るのを知っている。
だが・・・・あれだけでは足りなくなっているとも獣は自覚していた。
理由は体が以前より大きくなったからだ。
だから以前より食べないと腹が満たされない。
かといって周辺に住む動物も魔物も・・・・姿を見せない。
自分が手当たり次第に食べた事が原因だったのだろう。
そして・・・・自分は奴等から見ても同族でもないし同類でもないと思われているからと獣は察した。
確かに、そうだ。
自分はここに棲む動物でも魔物でもない。
かといって他の場所から来たとも言い難い。
だが、そんな事はどうでも良い。
ただ腹を満たせれば良いと獣は考えたのか、ブルケン村に行こうかと足を向けた。
ところが・・・・・・・・
グワァァァァァァァァンンンンンンンン!!
凄まじい雄叫びが聞こえてきて獣は足を止めた。
この雄叫びは誰だ?
今まで聞いた事が無い雄叫びだ。
自分と同じように生まれた存在が居るのか?
いや、違う。
獣は僅かに感じた「火の気配」に赤い眼を細め・・・・・・・・
牽制だと理解した。
しかし直ぐに雄叫びで応じた。
ここは自分の縄張りだ。
余所から来たなら消えろ!!
対して再び咆哮が返ってきた。
今度は牽制ではなく「宣戦布告」を意味するのか、咆哮は2度・・・・聞こえてきた。
これを聞いた獣は低い唸り声を上げる事で火の気配を放つ獣に・・・・答えた。
『・・・・食い殺してやる』
と・・・・・・・・
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ソワソン地方のブルケン村付近から聞こえてきた獣の雄叫びを聞いて足早に進んでいた4人の男達は足を止めた。
しかし4人は獣の雄叫びを聞いて正体を察したのだろう。
「やれやれ・・・・御曹司の影響は計り知れないな」
灰色のサーコートを着た尖った鷲鼻が特徴の騎士が肩を震わせて笑った。
「フフフフ・・・・流石は我等の戦友にして主人。早くも”自分色”に生娘を染めたか」
今度は黒のサーコートを着た白髪の騎士が喉を震わせて笑ったが、やや皮肉交じりだった。
それを咎めるように朱色のサーコートを着た最年長の騎士がジロリと睨むと、今度は最年少の従者と思わしき青年が閉じていた眼を開けた。
「・・・・この雄叫びからして犬か、それに近いな。ただ腐れ宗教の事だから手を加えていると考えて良いだろうな」
青年の言葉に3人は「如何にも聖教らしい」と口を揃えて評した。
「それにしても彼の娘が、あそこまで激昂するとは・・・・御大将に少し諫言しなければならんな」
「別に、そこまで言わなくても良いんじゃねぇのか?」
最年長の騎士が発した言葉に青年は異を唱えたが、それを騎士は首を横に振って否定した。
「そうはいかん。御大将の御立場を考えれば今以上に自制心を養ってもらわなくては困る。何より人として他人を弄ぶのは決して良い事ではない」
他人を弄ぶという事は何れ自分も同じ事をされる可能性を生むと壮年の騎士は語った。
「それは御大将の”大きな夢”に罅を入れかねん。小さな罅だろうと年月を経れば大きくなり、何れは粉々に砕ける。それを私は阻止する義務がある。無論そこには私の個人的な思考もあるが・・・・御大将の夢を叶えるのが第一だ」
「確かに・・・・あの夢を叶えるには・・・・もう少々、自制心が必要とされますね」
黒のサーコートを着た白髪の騎士は右手の白い籠手に結ばれた赤い紐を弄りながら最年長の騎士が言った言葉に相槌を打った。
「なぁに御曹司だってそこまで馬鹿じゃない。女心には疎いが・・・・それでも努力は惜しまないさ」
ただ問題はブルケン村に着いてからと尖った鷲鼻の騎士が言いながら煙の臭いがする方を見ながら呟いた。
「あのマダムが激昂しているんだ。俺等の想像以上に酷い状況だろうぜ」
「俺には解らねぇな。何で自分の首を絞めるような言動を止めないんだ?止めれば王室は何もしない筈だろ?」
「大自然の中で育った、お前には理解し辛いだろうが・・・・2000年前に抱いた”誇大妄想”という病は、今も聖教を蝕んでいるのだ。そして・・・・そんな黴の生えた妄想を本当に実現しようと考えている病人が今も居る」
だから他者も巻き込んでいるのだと白髪の騎士は少年の疑問に答えたが・・・・陰惨な眼が更に陰惨さを増した。
「・・・・誇大妄想病を患うのは個人の勝手だ。それを実現させようとするのも勝手だ。しかし・・・・他者を巻き込み、あまつさえ聖職者としての立場を悪用する姿勢は断じて許せん」
産声を上げた時から既に「そういう基盤」は出来上がっていたと白髪の騎士は陰惨な表情を崩さず言った。
「なぁに、御曹司がマダムを助けたように・・・・今回も灰も残さず焼き尽すさ」
鷲鼻の騎士が白髪の騎士に対し言葉を投げたが、そこには怒りを抑えろという色が含まれているのを白髪の騎士は感じたのだろう。
「・・・・男まで口説くのか?」
「残念ながら女性専門だ。ただ、お前が剣を捧げた婦人は御曹司の”寵姫”だからな。そんな寵姫を護る騎士にはモチベーションを維持して欲しいのさ」
「それなら安心しろ。邪教を信仰する奴等を一人残らず斬り殺せば問題ない」
物騒な言葉を白髪の騎士は言ったが、それが3人には平常と映ったのだろう。
再び歩くのを再開した。
自分達の戦友でもある主人と合流する為に・・・・・・・・




