幕間:小聖職者の怒り
青年と少年が消えて一人となった小聖職者はポツンと倒木の山の中に居た。
それは青年に言われた事を不承ながら守る為だ。
しかし、青年が言った通り救いの手を差し伸べるのが聖職者の本分であるとは自覚している。
「これも聖職者の仕事よ・・・・・・・・」
小聖職者は自分の感情を抑えるように呟いた。
そう・・・・自分は聖職者だ。
聖職者は困っている子羊が居たら救いの手を差し伸べるのが使命だ。
それは自分を引き取って今まで育て、そして今も何かを世話を焼いてくれる聖エルーナ修道院の修道女達が何時も言っている台詞にも表れている。
『私達は日々、神の教えに従い生きておりますが、時には外の世界に赴き迷える子羊を救う事で自身を高める必要があります。ですが、それは神が与えた使命にして聖職者の本分なのですよ』
これを言われて自分も外に出て迷える子羊を何度か救った。
青年を追い掛ける形で修道院を出た後も変わらない。
だから・・・・・・・・
「私は、聖職者として・・・・当然の行動を取っているのよ」
自分を説得するように小聖職者は言った。
ただ、青年の台詞が頭に浮かんだ。
『誓いを破棄されたいのか?』
「・・・・・・・・」
ギュッ・・・・・・・・
小聖職者は牧杖を握り、体から出る湯気を抑えようと試みた。
しかし湯気は再び出て来て静まる事がない。
「・・・・誓いを、破棄なんて・・・・・・・・」
小聖職者は青年の台詞を否定するような台詞を途中まで呟いた。
誓いは神聖にして絶対と小聖職者は思っている。
だから誓いを破るなんて事は万に一つにしてもあってはならない。
ただ・・・・その考えは自分の考えだ。
他人に押し付けて良い訳ではない。
それは自覚している。
また青年が誓いを破棄する事も余程でない限りしないとも解っている。
あの言動は自分を戯れる為に言ったのだ。
それはあの青年の性格からして解っている。
解っているのに・・・・・・・・
『・・・・・・・・誓いを破棄するなんて・・・・許さない!!』
小聖職者は牧杖が悲鳴を上げるまで握り締めた。
誓いを破れば自分は聖教で禁じられている自死をすると小聖職者は確信していた。
いや自死だけでは済まない。
『あの男も私は・・・・・・・・!?』
自分が取るだろう行動を小聖職者は考えて必死に落ち付こうとした。
しかし、自分では抑えられなかった。
抑えたのは・・・・・・・・
『馬鹿な真似をするんじゃねぇ!!この馬鹿娘!!』
「・・・・・・・・」
小聖職者は青年と初めて出会い、共に旅した「お使い」の時に言われた言葉で感情を抑える事が出来た。
そうだ・・・・これは馬鹿な真似だ。
感情に任せて暴れるなんて・・・・流されるなんて・・・・駄目だ。
青年を見れば如何に感情に任せると馬鹿な眼に遭うか解る。
もっとも・・・・・・・・
『あの方のお陰で今の私が・・・・居る。そして私は誓いを立て、あの方も受け入れてくれた』
何より・・・・あの青年は言ったではないか。
『今度、この小娘に指一本でも触れてみろ。てめぇ等全員・・・・頭を叩き割ってやるからな』
手斧をチラつかせて青年は言い・・・・自分を護ってくれた。
だから今度は自分が青年を護るのだ。
その為にも・・・・と小聖職者が思った時である。
パキッ・・・・・・・・
小枝が折られる音を聞いて小聖職者は顔を上げた。
そこには少年の叔父夫婦と・・・・フランシス修道院長と一緒に居た取り巻き達が居た。
「・・・・何の用ですか?」
小聖職者は問いを投げつつ牧杖を左手に持ち替えた。
「聖エルーナ修道院より来て下さった、修道女様には大変無礼な真似を承知で言います。どうか、このまま御帰り下さい」
少年の叔父夫婦が代表とばかりに用件を伝えてきたが、それを小聖職者は拒否した。
「それは出来ません。私はヒルデガルト修道院長から直々に命じられたのです。また・・・・小屋を焼かれた少年を一人にする訳にはいきません。もっとも・・・・あの方が先ず帰ると言いませんわ」
「あの騎士なら御安心下さい。私共が責任を持って返し・・・・・・・・」
「・・・・・・・・どの口が、そんな大層な事を言うのですか?」
小聖職者の気が一気に険しく熱い気に代わったのを肌で感じたのか、少年の叔父夫婦およびフランシス修道院長の取り巻き達は浮足立った。
対して小聖職者は目の前に立つ少年の叔父夫婦およびフランシス修道院長の取り巻き達を睨み据える。
「あの方は貴方達が相手に出来るような方ではありません。まして・・・・毒でも持って殺すつもりだったのでしょ?」
ギクリとフランシス修道院長の取り巻き達は腰に吊るした袋を隠すように手で覆ったが、それを小聖職者は炎を宿した瞳でシッカリ見た。
「・・・・あの方の言葉を肯定するのは・・・・聖職者の卵として業腹ですが・・・・この時ほど心から肯定したくなる時はありません」
小聖職者はギロリと少年の叔父夫婦およびフランシス修道院長の取り巻き達を睨み据えた。
そして右手を握ったり、開いたりしながら「最後通告」をした。
「忠告です。もし後ろめたい事をしているなら・・・・今すぐ止めて国王と神に許しを乞いなさい」
今なら間に合うと小聖職者は言うが・・・・国王の次に神と言う単語を聞いて目の前の人間達が殺気を宿したのを感じたのだろう。
「・・・・どうやら忠告は受け入れてくれないようですね。それなら私も・・・・あの方の歩く道を照らし続ける者として・・・・行動に移させてもらいます」
小聖職者は右手を開いて目の前の「壁」に突き出した。
「全てを焼き尽す火の精霊よ。我が願いを聞き届けて下さい・・・・・・・・」
小聖職者が綺麗だが暗い印象を受ける「メゾソプラノ」声で呪文を唱えた。
すると小聖職者の右手に火の玉が宿り・・・・徐々に姿を変えていき忽ち小聖職者の手から離れて獰猛な虎の姿になった。
「あ、あああ・・・・・・・・」
「ひ・・・・ひぃっ!?」
少年の叔父夫婦は目の前に出て来た炎の虎を見て後退り、フランシス修道院長の取り巻き達はガタガタと震え出した。
しかし小聖職者は暗いメゾソプラノ声で呪文を唱え続ける。
「我が願いを聞いた精霊よ・・・・どうか、目の前の邪悪なる者達を貴方の力を持って・・・・灰も残さず焼き滅ぼして下さい」
小聖職者が右手を前に突き出すと炎の虎はクワッと大きな口を開けて少年の叔父夫婦およびフランシス修道院長の取り巻きに飛び掛かった。
『うわぁぁぁぁぁぁぁ!?』
全員が炎の虎から逃げようとしたが、それよりも早く炎の虎は鋭い爪を無造作に振った。
それを間一髪の所で全員は避けたが先程まで立っていた場所が大きく抉れ、そして草木が綺麗に燃えているのを見てゾクリと背筋を震わせる。
しかし小聖職者は静かに立ち、そして言葉を投げ付けた。
「あの方が進む道を阻む壁は・・・・例え如何なる厚い壁だろうと・・・・私が焼いて、破壊します」
そして出来た道を私は照らし続けると小聖職者は言うが、それを聞く者は居ない。
炎の虎に追われて逃げているからだ。
もっとも炎の虎は理性があるのだろう。
自分に願いを捧げた小さな聖職者が心を痛めないように・・・・少々、乱暴ではあるが殺しはせず追い掛け回す事に徹した。
だが目の前の敵よりも・・・・今も息を潜めている「得体の知れない獣」に関しては警告とも言うべき雄叫びを上げた。
その雄叫びは「お前の好きにはならない」という意味が含まれていたが果たして・・・・・・・・




