第十章:少年の心境
少年は青年を倒木などを一纏めに置かれている場所へ案内した。
本来なら倒木はそのままにされるのが木こり達の間に出来た「暗黙の協定」だ。
だが木こり達が伐採して持って来る薪だけでは冬を越すのは厳しい時もある。
また、ある程度は一纏めにしておいた方が良いという意見もあり、倒木等を一纏めた場所を設けたらしいと少年は歩きながら説明した。
しかし青年は少年が説明するまでもなく解っていたのだろう。
到着早々に目ぼしい倒木を数本ほど見つけた。
そして直ぐ少年に言った。
「これと・・・・これ・・・・それからそっちも運ぶから目印を付けろ」
「は、はい・・・・・・・・」
少年は青年のざっくばらんな言葉に戸惑いつつ倒木に拾った石で目印を付けた。
「おい、小娘。お前は留守番して、ここの木を守れ」
青年は少年が倒木に目印を付けるのを見ると次に小聖職者に命令した。
「何で私が貴方の命令に従わなくてはならないんですか?だいたい村民の全員がフランシス修道院長の命に従っている訳ではありません」
小聖職者の言葉に少年は一理あると思った。
実際フランシス修道院長を快く思わない村民も中には居る。
ただ、自分が居る村を含めたソワソン地方に多数ある聖教の荘園を統治しているのはフランシス修道院長だ。
だから下手に反抗的な態度を取れば忽ちソワソン地方に住めなくなるから大抵はフランシス修道院長に頭を下げるなどして無難にやり過ごしている。
この点を青年は危惧しているように小聖職者に言った。
「あの腐れ豚の手下だ。どうせ、坊主の小屋を俺が建て直すと知れば・・・・直ぐ配下に命じて倒木を処分させる。それを・・・・お前は阻止するんだよ」
救いの手を差し伸べるのが聖職者の本分だろとズバリ言った青年に小聖職者は悔しそうに牧杖を握り締めたのを少年は見た。
「確かに、貴方の言う通りです。しかし、私は・・・・・・・・」
「ゴチャゴチャ言うな。それとも・・・・誓いを“破棄”しても良いのか?」
「・・・・やります。やれば良いんですよね?!」
小聖職者は青年の脅し文句に膝を折る形で渋々だが承諾した。
「それで良い。よし、坊主。以前の小屋がどんな形だったのか教えろ」
小聖職者を下した青年は次に少年を見て問いを投げた。
「え?ええと・・・・普通の小屋と言えば良いでしょうか?丸太と板を張り付けた小屋でした」
少年は青年の問いに戸惑いながら以前まで住んでいた小屋を説明しつつ・・・・小聖職者の体から湯気が出ているのを見た。
だが青年は小聖職者には見向きもせず少年の説明に頷く。
「よし、分かった。今から作るのは遥かに劣るが、それでも雨風は凌げるから心配するな。そこだけは保障してやる」
他は保障しないと言いつつ青年は選んだ倒木の1本を肩に担いだ。
しかし、その倒木は丸太だったので少年は目を見開かせたが・・・・青年は口端を上げて笑った。
「これ位は男なら余裕の顔で持て。そうすりゃ・・・・俺位の年齢になったら女が我先にと来るぜ?」
「幼子に破廉恥な事を教える暇があるなら早く行って下さい!!」
ここぞとばかりに小聖職者が体から湯気を出し、顔を紅潮させながら青年に怒声を浴びせた。
「本当の事だろ?それに破廉恥な事を教えた憶えはないぜ」
「複数の女性を侍らせろと揶揄する台詞が破廉恥なんです!早く、この子の為に小屋を設けて下さい!!」
小聖職者の怒声に青年は「いたずら小僧」みたいな笑みを浮かべると少年を顎で指し放火された小屋へ向かった。
しかし小聖職者の炎が宿った眼差しは何処までも続いており・・・・それが消えてから少年は青年に問い掛けた。
「何で、あんな言動を取ったんですか?」
「俺の“趣味”だ」
「・・・・・・・・」
少年は青年の返答に沈黙した。
つまり青年は小聖職者を意図的に怒らせて楽しむのが趣味と言うのだから・・・・何と言うべきか?
とはいえ小聖職者が噛み付くと本気で噛み返す辺りから察しても・・・・・・・・
『まるで”悪ガキ”そのものだ』
自分も子供である事を承知で少年は青年を評した。
しかし少年の心中を読んだように青年は皮肉気な笑みを浮かべた。
「性格が悪いのは自覚しているが・・・・これは糞親父から受け継いだ性格でな」
死ぬまで治らないと青年は皮肉気な笑みを浮かべながら少年に言った。
「まぁ言い訳じゃないが俺から誓いを破棄する事は無い。よっぽどでない限りな」
「・・・・失礼を承知で言うなら・・・・もし、貴方が誓いを破棄すれば、あの修道女様は貴方を含め辺り一面を“焼け野原”にするのでは?」
小聖職者の語りを聞いて少年は自分が抱いた印象を青年に告げた。
すると青年は笑いながら頷いた。
「ハハハハハハハッ!!あぁ、その通りだ。きっと、あの小娘は誓いを破棄されたら間違いなく周囲を焼け野原にする」
俺も含めてと青年は笑いながら言うが、自分が死ぬと解っているのに笑う事が少年には解らなかった。
「お前が解らないのも無理ないな。しかし、俺も楽しく思えるようになったのは、つい最近になってからだ」
俺に影響を与えた「然る男」がこう言ったと青年は語った。
『人間ってのは何時かは死ぬ。戦場に出ればちょっとした不注意で直ぐ死ぬ。そんな生か、死がギリギリの狭間で生きるってのは必死になる』
そして人間は矛盾した生き方をする。
「死にたいと常に言う奴が間近に死が迫ると生きたいと願うのが典型的な例だ。そんな矛盾を楽しめ。それが出来れば人生、楽しめるってな」
少年は青年の言葉に何と言うべきか迷った。
余りにも斜め上を行く言葉だが、ある意味では真理を突いた言葉だからだ。
「その方は、どんな方なんですか?」
「見た目も性格も最悪だ。しかし・・・・クソ親父に似ていてな。色々と世話になっている」
だから剣の師と同じく頭が上がらないと青年は愚痴るが・・・・・・・・
「それでも自分の気持ちを押し通すんですね?」
「あぁ、そうだ。まぁ餓鬼っぽい所は自覚しているからマシとは思うが・・・・こういう所が俺の追い掛けている奴は俺より遥かに上なんだよ」
「先程の御話で解りましたが水の騎士は自制心が強い方なんですね」
少年の言葉に青年は頷いた。
「あぁ、強い。ただ、さっきも言った通り自分より他人を優先し過ぎる部分がある。ここを奴は自覚しているから俺の事を羨ましく思っているのさ」
「何だか・・・・御互いに足りない所を自覚し合っている友人みたいな感じですね」
私には友人が居ないから羨ましいと少年は語ったが、青年はこう返した。
「心配するな。そいつも20過ぎるまで友達って呼べる野郎は居なかったんだ。しかし今じゃ頼れる親友も居るし大勢の戦友達に囲まれている」
俺もそうだと青年は語りつつ少年を見た。
「お前にも何れ友達が出来るさ。それこそデカくなったら旅に出るのも良いんじゃねぇか?」
「旅・・・・ですか」
「あぁ。俺の場合は立場上そう簡単に旅には出れねぇが・・・・ここへ来る時も楽しい気持ちはあったんだよ」
まだ見知らぬ土地へ行くという好奇心が・・・・・・・・
「まぁ魔獣退治が本命だからあれだが人生なんて楽しんだ者の勝ちだからな」
そう言って青年は力強く歩き続け、その後ろを少年は追い掛けた。
しかし青年の言葉と背中を見て少年は思った。
『僕も・・・・もっと大きくなったら旅に出よう。そして強くなろう』
その直後・・・・先程まで自分達が居た場所から悲鳴が聞こえたのを少年は聞いた。
だが青年は「予想通り来やがったな。まぁ悪い時に来たな・・・・ご愁傷さま」と心が込められていない台詞を言って歩き続けた。
そのため少年も後を追い掛けたが心中で青年の性格はガキ大将を更に少し斜めにした感じと思わずにはいられなかった。




