第九章:焼けた家
「ソワソン地方で騒がれている“魔獣”の正体を確認およびソワソン地方の巡回の任務を与える。聖エルーナ修道会修道院長兼“教会博士”ヒルデガルト・デュ・ヴァン・プロテウス」
小聖職者は読み上げた書類をフランシス修道院長に見せた。
しかしフランシス修道院長は眼で読むと・・・・眉間をピクピクさせる辺り怒りは膨張していると少年は察した。
ただフランシス修道院長と一緒に居た村人および騎士達は聖エルーナ修道会と教会博士という単語を聞いて及び腰だった。
何せ王室の息が掛かった歴史ある修道会から来た小聖職者に命令を与えたのは教会博士の称号を持つ修道女なのだから無理もない。
この教会博士とは聖教の中に在る称号で、神学を極め、霊的体験を行って信仰の理解を深めるなどした後に大きい著作を書いた者に与えられる。
そして今の聖エルーナ修道会の修道女を務めるヒルデガルトは聖教の歴史の中でも4人目の女性教会博士で知られている。
そんな修道女から直々に任務を与えられてやってきた小聖職者に変な真似をしたら・・・・・・・・
「・・・・良いでしょう。どうぞ、この村に好きなだけ滞留して調査して下さい」
フランシス修道院長は小聖職者を冷たく見下ろしながら滞留の許可を与える台詞を投げた。
「ですが魔獣とは人聞きが悪いので訂正させてもらいます。この村に棲んでいる獣は神が遣わした“聖獣”です。そして私を含め・・・・聖教を篤く信仰しております」
「それは承知しております。それでは修道院に・・・・・・・・」
「御言葉ですが例え聖エルーナ修道会から来た身といえど・・・・聖獣が訪れる修道院に寝泊まりするのは御遠慮して頂きます」
「・・・・・・・・」
小聖職者はフランシス修道院長の言葉に沈黙した。
それは断れるとは思っていなかったから戸惑っていると少年には見えた。
その証拠にフランシス修道院長は反撃と言わんばかりに小聖職に言葉を放った。
「もっとも修道院で寝泊まりする許可を与えないだけです。それ以外は村人達に説教するも修道士と交流するのも一向に構いません。ただ・・・・そちらの如何にも乱暴そうな騎士の手綱はシッカリと握ってもらいます」
フランシス修道院長がジロリと青年騎士を睨むのを見て少年は青年を見上げた。
しかし青年は「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「仮にも聖エルーナ修道会から来た修道女の護衛ともあろう騎士が何と言う態度ですか・・・・・・・・」
「俺は小娘の護衛で来た訳じゃない。しかし、寝泊まりする場所は既に確保して在るから安心しろ」
「そうですか。それは結構です。では・・・・せいぜい任務を頑張って全うして下さい」
フランシス修道院長は青年の返答に温和な笑みを浮かべながら背を向けたが・・・・その一瞬を少年は見逃さなかった。
『出来るならやってみろ』
一瞬だけ見せたフランシス修道院長の冷たい視線は・・・・そう告げていた。
それはフランシス修道院長に従っていた騎士修道会の者達も同じ・・・・いや、ここに滞留するから何時でも殺せるとばかりに血走った眼で青年を睨んだ。
村人達の方は胡散臭そうな眼で見ているが・・・・そこに自分の叔父夫婦も居るのが少年には辛かった。
もっとも叔父夫婦は青年の睨みで直ぐ去って行き・・・・残ったのは自分を含めた3人だけと少年は周囲を見て顔を俯かせる。
「おい、場所は何処だ?」
少年は俯かせていた顔を上げて青年の言葉にハッとした。
そうだった。
この青年は既に寝床は確保していると言った。
そして村に着く前にも自分の小屋を使うと言っていたではないか。
「す、すいません。こっちです」
少年は青年に頭を下げて道案内を始め、その後を青年と小聖職者は付いて行くが・・・・・・・・
「あの腐れ野郎・・・・やっぱり豚の手先だけあって不味そうだぜ」
「まぁ・・・・貴方を気取る訳ではないですが、如何にも信用できない感じでしたが」
「感じ・・・・じゃねぇ。信用できないんだよ。特に一緒に居た村の連中もそうだ」
あの様子だと俺等を監視するぞと青年は言った。
「・・・・きっと僕の叔父夫婦もやりますよ」
少年の言葉に小聖職者は「それは何でも」と否定しようとしたが、それを少年自身が否定した。
「きっとやります。あの眼は・・・・あの眼は、僕という“厄介者”を押し付けられた眼と・・・・同じでしたから」
「腐った大人は何人も見てきたが・・・・どいつもこいつも・・・・胸糞悪い気持ちは変わらねぇぜ」
青年は吐き捨てるような口調で少年の言葉に相槌と言える台詞を発した。
「まぁ・・・・何にせよ。敵が滞在する事を許可したんだ。焦る事は無いぜ」
「確かに、そうですけど・・・・どうするんですか?」
小聖職者の問いに青年は鼻を鳴らした。
「言ったろ?焦る事は無いんだよ。まぁ暫くは・・・・こいつに薬学でも教えろ」
お前は、と青年は小聖職者に言いながら少年の頭をポンッと叩いた。
「俺は学が無いからあれだが・・・・自然の中で暮らす“知恵”を少し教える」
その為にも・・・・・・・・
「斧か鉈が必要だが有るか?」
「いえ・・・・ありません」
少年は青年の問いに戸惑いながら答えた。
「それなら先ず、それを作る所から教えてやる。なぁに・・・・もう直ぐ俺の“戦友”も来る」
怖がらず、そして焦るなと青年は少年に言ったが、その言葉は自分にも言っているように少年は聞こえた。
だが、それは敢えて言わず青年の言葉に「はい」と頷いた。
「よし、良い返事だ。なぁに、ここに住めなくなったら俺の領土へ来い」
食いっ逸れはしないと青年は言ったが直ぐ小聖職者が「そんな言葉は控えて下さい」と小言を叩いた。
しかし、それが少年には夫婦のように見えてならなかった。
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「そ、そんな・・・・・・・・!?」
「・・・・・・・・」
「これは・・・・・・・・」
少年は絶句し、青年は無言、小聖職者は口元に手を当て焼け焦げた小屋を見ていた。
しかし青年は無言でプスプスと焼ける小屋の一部を見て呟いた。
「・・・・“放火”したな」
「え?放火って・・・・まさか・・・・・・・・」
「あの糞夫婦・・・・地獄行き確定だな」
青年の言葉に小聖職者は眼を見張るが、青年はさっさと立ち上がった。
「まぁ燃えっちまったなら仕方ない。おい、坊主。付き合え」
「え?ど、何処に・・・・・・・・?」
少年は青年の言葉に問いを投げた。
「倒木とかが在る所だ。ここにも在るだろ?倒木とか、余った木材を溜めておく場所が」
「え、えぇ・・・・あります。あの、そこに行って何を?」
「お前の小屋は放火されて住めない。しかし雨風を凌ぐ為にも必要だ。違うか?」
「いえ、間違いではありません。ですが、そんな簡単に・・・・・・・・」
「俺等3人が寝られる程度の物なら築けるから安心しろ」
青年の言葉は何処か負けん気が強い感じを少年は覚えたが、それはフランシス修道院長の台詞が原因と直ぐ察した。
しかし・・・・今は、その負けん気に感謝したくなった。
「こっちです・・・・・・・・」
少年は青年の前に出て道を案内したが、ふと思った事を口にした。
「あの・・・・貴方の部下も来るんですよね?それなら人数的に余裕のある小屋を建てた方が良いのではないでしょうか?」
「安心しろ。あいつ等が来れば直ぐ自分達が住む場所を作る」
変な気遣いは要らないと青年は言い、それに少年は何も言わず道案内に徹した。
それこそ少年が青年を心から信頼した証とも言えた。




