第七章:時間の問題
少年は青年の話を聞いて改めて目の前の騎士が凄い人物と思わずにはいられなかった。
しかし青年は今も追い掛けている水の騎士の方が凄いと言った。
「あいつは自分を過小評価しているが・・・・それは奴自身に自信が無いだけの話だ」
それは水の騎士が過ごした環境が大きいと青年は語った。
「だが・・・・奴の周りには引き寄せられるように色んな奴等が集まったのは、さっき言ったろ?」
どう思うと問い掛けてきた青年に少年はこう答えた。
「皆・・・・水の騎士に惹かれていると思います。そして水の騎士を盛り立てようとしているとも感じました」
「あぁ、その通りだ。実際の話・・・・あいつに従う連中の何人かはこう言ったらしい」
『王国から独立する気概を持って下さい』
「え?それって反逆罪で・・・・・・・・」
「実行すれば・・・・な」
もっとも奴が王国に反旗を翻したら俺も堂々と戦えるから良いと青年は言うが・・・・その眼は水の騎士が王国から独立するなんて王国が滅亡しても在り得ないと言っていた。
「まぁ、あいつの性格を危惧したんだよ。周囲が・・・・な」
もともと水の騎士は欲が無いと青年は語った。
だから高価な品物を贈与されても仲間と分けるか、他人の為に使うのが大体らしく少年はそんな伝説に出て来るような聖人が今の世に居るのかと正直なところ疑問に思った。
それは青年も同じなのだろう。
未だに信じられないとばかりに水の騎士の悪態を吐いた。
「まったく・・・・あそこまで欲が無い野郎は見た事が無いぜ。まぁ、だから周囲も謀叛気を持てと言っているんだがな」
頭は切れるくせに変な所で律儀過ぎると青年は語るが、その性格を嫌っていないのは語り口調で少年には直ぐ理解できた。
「水の騎士は面白い方ですね。勇敢であるのも解りましたが」
「あぁ、面白い男だ。で、対して俺の方はどうかって事になる」
「それは・・・・まぁ、何と言うか・・・・・・・・」
少年は目の前の青年の問いに対し答えに窮した。
「正直に言えよ」
青年は葉巻を銜えながら答えに窮した少年を促したが空色の眼は楽しんでいる節もあった。
「・・・・水の騎士が冷静沈着であるのに対し・・・・貴方様の場合は豪快な方かと」
「その年で言葉を選ぶ辺り奴に似ているな。まぁ、正解だ。部下からも”ガキ大将”なんて言われているからな。しかし・・・・この性格を奴は羨ましいと言ったんだ」
「話を聞く限り水の騎士は頭で先に考え・・・・行動に移すのが遅いからですか?」
少年の問いに青年は葉巻に火を点けながら頷いた。
「その通りだ。しかし行動すると決めた奴は迷う事はない」
壁があれば如何に乗り越えるかを考えると青年は語った。
「逆に俺は壁があれば壊す。これが俺と奴の違う点だ」
真逆だろと青年は語り、それに少年は頷いた。
「だが・・・・俺は必ず奴に追い付いて・・・・勝つ」
「・・・・・・・・」
「奴を倒してこそ・・・・俺は死んだ“糞親父”を越えられるからな」
それを言う時の青年は僅かに空色の瞳を僅かに寂しそうに歪めるのを少年は見た。
「・・・・地下と地上という”別世界”に別れる事で認め合えるという言葉がありますけど・・・・貴方様と亡父は、その関係だったんですね」
「まぁな。たくっ・・・・俺を散々に扱き下ろしたまま自分は勝手に死んじまったんだから憎いぜ」
一太刀も浴びせられなかったと青年は語りつつ乾いた服を手にした。
「どれ、そろそろ行くとするか」
今から飛ばせば明日の夕方か夜には着けるだろうと青年は言いながら服を着始めた。
それを見ながら少年は青年に一種の憧憬の念を抱いた。
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青年と小聖職者の間に入る形で少年は街道を進んでいた。
しかし小聖職者は体力が余りないのか、青年と自分との間に距離が空いた。
それを青年には分かったのか足の速さを少し遅くした。
「・・・・修道女様、牧杖を使わないのですか?」
少年は抱えるように牧杖を持つ小聖職者に問いを投げた。
牧杖とは文字通り杖として使う物だから少年が小聖職者の持ち方に疑問を抱くのも無理ない。
「そいつは魔力を増幅させる力があるからさ」
小聖職者が答えるより早く青年が少年の疑問に答えた。
「魔力を増幅・・・・つまり“魔道具”の一種ですか?」
「あぁ。そうだ。しかし・・・・お前が考えているように杖は体の負担を軽くさせる意味がある」
ただし、と青年は区切った。
「最初から使っていると“依存”する。で、こいつは前まで依存していたのさ」
だから出来るだけ杖を使わないようにしていると青年は語りつつ・・・・空色の瞳で明後日の方角を睨んだ。
「ちっ・・・・早速お礼参りか?」
青年は大刀に手を走らせたのを見て少年はビクリとした。
対して小聖職者は牧杖を青年が睨む方へ向けた。
「我等を照らす光の精霊達・・・・貴方達の御力で私達の姿を御隠し下さい」
「光の透壁」と小聖職者が唱えると少年は自分達を透明の壁が覆ったのを見た。
「これで私達は身を隠せましたよ」
小聖職者は少年に優しく語り掛けたが青年には些か辛口な口調で語り掛けた。
「私が居るんですから直ぐ剣を抜く癖は控えて下さい」
「ふんっ。悪かったな」
青年は小聖職者の言葉に荒っぽい口調で返答したが歩くのを再開した。
「え?あ、あの・・・・止まらないんですか?」
少年は青年の背中に戸惑いを隠せないまま問い掛けた。
「光の透壁は文字通り透明の壁だ。だから奴等は俺達の姿はおろか足音すら聞こえないのさ」
ただ相手とぶつかれば見つかると青年は説明した。
「だから奴等にぶつからなければ問題ない」
青年の説明に少年は半信半疑だったが、小聖職者に促されて歩き出した。
しかし直ぐ荒々しい足音が聞こえてきてビクリとして足音がする方を見た。
足音が聞こえてきた方からは先程の私兵が大勢の仲間を連れて居た。
「クソ・・・・何処に行きやがった?」
「足音は聞こえたから近くに居る筈だが・・・・修道女が居るんだ」
魔法を使ったと私兵の一人が言い、少年は体が冷たくなるのを感じた。
しかし小聖職者が優しく肩を叩いて耳打ちしてきた。
「大丈夫です。ほら、御覧なさい」
小聖職者が指さす方向を見て少年は目を見開いた。
何せ青年は私兵団の一人に近付いて舌を出してみせたのだ。
ところが私兵団は誰も気付いていない。
凄いと少年は思ったが、同時に青年の子供っぽい行動に小さく笑った。
だが、それが見えない私兵団は辺りを探し続けている。
「・・・・あの聖職者は何者だ?」
「恐らく王室に味方する聖教の人間だろうぜ」
「だろうな?しかし、同じ聖教の人間を無碍に扱う訳にもいかないんだろ?」
「当然だ。そんな真似をしたら直ぐ情報は広がる。そして王室もここぞとばかりに介入してくるぞ」
「たくっ・・・・やり辛いぜ」
「あぁ・・・・実にやり辛いぜ。しかし・・・・あの“聖獣”もそろそろ成獣となるんだ。成獣になれば俺等の勝ちだ」
私兵団の会話を聞いて少年は聖教の暗い一面を垣間見た気を覚えた。
そして自分が住んでいる村に・・・・聖教が密かに飼っている獣が居ると知り恐怖した。
「大丈夫ですよ。さぁ、今の内に行きましょう」
小聖職者は恐怖した少年を安心するように肩を叩くと歩く事を促した。
促された少年は小聖職者と青年を見てから・・・・小さく頷き、早足で私兵団から離れた。
それから少し遅れて青年も来たが・・・・青年はこう言ったのを少年は聞いた。
「そんなに・・・・大事な獣なら・・・・お前等と一緒に俺が殺してやるよ」




