第六章:小聖職者の語り
小聖職者の語り出した話に少年は耳を傾けたが、その内容は吟遊詩人の語る内容みたいだと思った。
その内容は波瀾万丈に満ちており、一歩でも踏み間違えたら危ういと思う場面が何度もある内容だった。
「ですが・・・・この方の力で私は生きているんです」
小聖職者は青年を見て語り、少年は改めて青年を見た。
青年は今も眠っているが傍らには長剣が置かれている。
しかし少年は気になる点を発見した。
その気になる点は青年の腰にあった。
青年の腰には鞣した革で作った袋が横に列を為してベルトで繋がっている。
そのベルトには手斧がぶら下がっていた。
この手斧が少年は気になった。
騎士の装備はランス、剣、盾、メイスが基本だが今は戦斧と呼ばれる武器も使うようになってはいる。
しかし戦斧にしては小型過ぎるきらいのある斧は武器と言うよりは日常生活に使う方に適した大きさだった。
ここが少年は気になったが、それに対して小聖職者はこう言った。
「斧は遙か昔の時代を生きた“ハスカール”を連想させますよね?」
小聖職者の言葉に少年はハッとした。
ハスカールとは遙か昔の時代を生きた傭兵の事で2代目国王フォーエムはハスカールを親衛騎士団に召し抱えていたとも言われているほど名前は今でも知られている。
そんなハスカールを少年は修道院に在るタペストリーで見た事を思い出した。
「その手斧はその方が追い掛けている騎士の父君が打ったそうです」
理由は手斧を打った鍛冶職人の遠い先祖がハスカールだったからと小聖職者は語った。
「その鍛冶職人はこの方の戦いを聞き・・・・古の時代を生きた先祖を思い描いたそうです」
「・・・・・・・・」
少年は小聖職者の語りを聞いて青年の戦った姿を思い返した。
タペストリーで見たハスカールの戦い振りは斧や槍を手に敵を豪快に倒す姿が多く描かれていた。
その姿は、まさに豪快の一言に尽きる。
「そして・・・・その手斧で、この方は私の苦しみを叩き割って・・・・私を救いました」
小聖職者は自分の掌に光の玉を作ったが・・・・その玉に息を吹き込むと小さな火が宿ったのを見て少年は驚いた。
何せ魔法は一元素しか使えないのが魔術師達の間では基本とされている。
その基本を越えた者達は大家または達人と称されており歴史的に少数しか確認されていない。
「・・・・この炎が・・・・私は嫌いでした」
「え?」
「炎は全てを燃やし尽くしてしまう力を備えています。そして、この炎で・・・・私は生まれ故郷を生まれた瞬間に“焼き”ました」
少年は小聖職者の語りに絶句した。
生まれた瞬間に生まれ故郷を焼いてしまったのだから何と声を掛けるべきか迷ったのだが、小聖職者は語り続けた。
「幸いな事に焼いたのは極一部だったので皆、無事でしたが・・・・それから私は“悪魔の子”と言われて周囲から隔絶されて育ちました。そして先ほどお話した通り5歳の時に修道院へ送られたんです」
実の親に目隠しされ、その上で荒縄で体を縛られた状態で鉄格子の馬車に収容されて・・・・・・・・
この言葉にも少年は何も言えなかった。
そして自分より目の前の修道女の方が酷い人生を歩んだと思い知らされたが、小聖職者は語り続けた。
「修道院に送られた後は先ほどお話した通り修道女達が・・・・私の家族となりました」
送られた修道院で魔術の扱いを学び、そこで教養等も学べたと小聖職者は語るが表情は穏やかだった。
「修道女達が・・・・貴女にとって本当の家族なんですね」
やっと少年は小聖職者に語り掛けられたが、そこに羨望の念があるのを自覚した。
そして・・・・今も眠る青年との出会いが気になった。
「あの、この騎士様とは・・・・どういう形で知り合ったのですか?」
「この方が剣の師から頼まれて修道院へ来た時です」
今から半年前と小聖職者は少年の問いに答えたが、この時に少年は小聖職者の眼が「乙女」になったのを見逃さなかった。
例えは実に卑猥だが・・・・叔父の妻が若い男を見る時の視線に似ていたのだ。
もっとも叔父の妻は飢えた獣みたいな目付きだったので小聖職者とは明確な違いがあったが。
そして不純な思考を追い払うように少年は小聖職者の語りに耳を傾ける。
「初めて見た時から乱暴そうな騎士と思いました」
何せ来る途中で無頼者と乱闘して来たと悪びれもせず言ったからと小聖職者は語り、それを聞いて少年はある事に納得した。
「さっき修道院長の私兵団と騎士が戦った時に修道女様が呻いたのは・・・・その事があったからですか」
「えぇ。そうです。まぁ・・・・この方が喧嘩っ早いのは日常茶飯事です」
話し合いで済ませられる件もあったが、この騎士が出て来た途端に刃傷沙汰になったのは今までに何度もあったと小聖職者は苦言を交えて語った。
「そこにきて・・・・この方に仕える部下達も揃って癖のある方々なんです。この方が先に行ったのも部下の一人が呟いた事が発端なんですから」
はぁと小聖職者は嘆息したが、その話を聞いて少年は察するものがあった。
「・・・・騎士様が追い掛けている騎士に関係しているんですか?」
少年の言葉に小聖職者は頷いた。
「この方は然る騎士を追い掛けているんです」
その騎士と眠る騎士は正反対と小聖職者は語った。
「この方を炎に例えるなら・・・・その然る騎士は水ですか?」
これを聞いて小聖職者は「聡い方」と少年を評して頷く。
「その通りです。ただ・・・・正反対の2人ですが、不思議な事に・・・・いえ運命のように繋がっているんです」
ただ目の前で眠る騎士は現時点では水の騎士に追い付いていないと小聖職者は語った。
「それを自覚しているから・・・・この方は今、追い付こうと必死なんです」
私もそうですと小聖職者は静かに言った。
「この方は先ほどお話した通り一人で出発してしまいました」
「・・・・・・・・」
少年は小聖職者の眼に炎が宿ったのを見た。
「私は、この方に誓いを立てました」
小聖職者は瞳に炎を宿しながら誓いの内容を言った。
「貴方が進む道を私は照らし続けます。そして貴方の進む道を阻む存在が在れば焼き尽くして道を作ると・・・・死が2人を別つまで」
些か過激な発言ではあると小聖職者は自覚していると語った。
「ですが・・・・この方が私の苦しみを取り除いた事実は変わりません」
だから今度は自分がやると小聖職者は語るが・・・・・・・・
「それなのに・・・・この方は私の気持ちなんて考えずに一人で歩いて行くんです」
それが悔しいと小聖職者は語り、少年は何と言うべきか迷った。
しかし小聖職者は自分で答えを見つけていたのか、こう語った。
「この方は一人でも歩いて行きます。それは水の騎士に追い付く為です」
「・・・・・・・・」
「ですが、それなら私も・・・・この方を追い掛ければ良いんです。追い掛けて常にこの方が歩む道を照らし続ければ良いんです」
そうすれば・・・・・・・・
ここで小聖職者は炎を瞳から消したと思いきやガクリと首を下げた。
それに少年は面食らったが、小聖職者が小さな寝息を立て始めたのを聞いてホッとした。
しかし、それを待っていたように青年が目を開けたから少年は驚いた。
何せ青年は意識がハッキリしていて先ほどまで眠っていた様子が見えないからだ。
「・・・・漸く眠ったか。たくっ。世話が焼けるぜ」
青年はスヤスヤ眠る小聖職者に悪態を吐きながらコキッと肩を鳴らした。
「あの、今まで・・・・・・・・」
「“狸寝入り”ってヤツさ」
青年は皮肉な笑みを浮かべて少年に語った。
「こいつは喧しいからな。眠るまで待っていたんだよ」
「そうだったんですか・・・・あの、それで・・・・・・・・」
「その小娘が語ったのは事実だ」
青年はアッサリと少年が言わんとした事を認める台詞を発した。
「そう・・・・です・・・・か。あの、質問なんですけど良いですか?」
「何だ?どうせ服も乾かないんだ。退屈しのぎにお前の質問に答えてやるよ」
横暴な物言いをする青年を少年は見ながら気になっていた事を質問した。
「貴方が・・・・追い掛けている水の騎士はどんな方なんですか・・・・・・・・?」




