第149話「隣の温泉」
「村長さん、村長さん!」
「何、ポンちゃん?」
「村はこれでいいんでしょうか?」
「は?」
そうなんです、「ポンと村おこし」だけに、村おこしするんですよっ!
今は老人ホームなんですよ。
配達ついでにお昼のレクリエーションのお手伝いをしてるの。
今、おじいちゃん・おばあちゃん達はおたまを使ってゲームの最中です。
レッドもまざって、おたまリレーで盛り上がってるの。
ふふ、おたまに乗せたピンポンを、どんどんリレーしていくんです。
でもでもなかなかうまくいきませんよ。
ピンポンが落ちるたびに、笑いが広がるんです。
わたしがなにをしているかと言うとですね……はじめさんを担当してるの。
はじめさんは目が見えないから、一緒になってやってあげるんですよ。
「タヌキ娘、声が近付いてきておる!」
「ですね……でもでも、さっきから思うんですよ」
「何じゃ!」
「はじめさん、見えてませんか?」
「ああん?」
さっきから思ってたんですよ。
はじめさん、目が見えないわりに、ピンポン落ちるとみんなと一緒になって笑うんです。
それに、ピンポン近付いてくるの、わかってるし。
「それは音でわかるのじゃ!」
「?」
「ピンポンの音でわかるのじゃ」
「すごいですね、わたしでもわからないのに!」
「ふん、儂は見えないから、音には敏感なのじゃ!」
「そうなんだ、わたし、タヌキなのに、はじめさんに負けてます」
「ほら、ピンポン来たぞ、頼むぞタヌキ娘!」
「はいはい、あと一人で順番ですよ~」
わたし、はじめさんと一緒になっておたまを構えるの。
お隣さんからピンポンをおたまでリレー。
受け取ったら、あとは手を放してはじめさん任せですよ。
はじめさん、うまいうまい!
本当に目が見えてないのか、びっくりです。
そーっとお隣さんに無事にリレー。
みんなも見ていたのか、ピンポンが渡った瞬間に拍手喝采です。
はじめさん、照れてます、頭なんか掻いて、かわいいもんですよ。
レクリエーション終わりそうなので、わたしはお茶の準備で給湯室へ。
「ポンちゃんありがとうね~」
「あ、村長さん、こんなお手伝いなら軽いかるい!」
「はじめさん、目が見えないでしょう」
「ですね、でも、たまに、本当に見えてないのかな~って思う事あります」
「そうねぇ、私もそう思う事、あるわ」
村長さんが湯のみを並べていくのに、わたしはどんどんお茶を注いでいくの。
レクリエーションの後だから、冷たい麦茶ですよ。
さっきまでワイワイ騒がしかったのが、みんな静かにお茶を待っています。
村長さんや職員さんと一緒になって、わたし、お茶を配りまくりなの。
おじいちゃん・おばあちゃん達、湯のみをゆっくり傾けながら、お茶をおいしそうに飲んでいますよ。
「あの、村長さん」
「何、ポンちゃん?」
「なんて言うんですかね、レクリエーション終わったら、なんだか急に静かになっちゃいますね」
「おたまリレーでも、おじいちゃん達には結構神経使ってるから、疲れてるのよ」
「むう、そんなもんですか」
わたし、おじいちゃん達を見て、それから窓の外に目をやります。
学校も授業中で、村は静かな時間が流れているの。
「あの、村長さん」
「何、ポンちゃん?」
「なんていうか、村は静かですね」
「田舎だしね」
わたし、村長さんと一緒におじいちゃん・おばあちゃん達を見守りながら、
「村長さん、村長さん!」
「何、ポンちゃん?」
「村はこれでいいんでしょうか?」
「は?」
「村は、これで、いいのかなって……」
「な、なにをいきなり」
「だってですね、わたしがパン屋さんにお嫁さんに来た時はですね」
「お嫁……」
「い、いいじゃないですか! わたしと店長さんは結婚する運命なんです!」
「店長さんに言っておくわね」
「や、やめてくださいっ! ダンボールでおやすみになってしまうから!」
「ふふ……」
「ともかく! あの時は村がダムに沈む運命だったですよね」
「そうねぇ」
「でも、ダムはなくなっちゃいました」
「そうそう、ポンちゃん現場監督さんの所にキャンプしに行ったのよね」
「そうなんですよ」
ダムの跡地でテント張って、お泊りしてきたんです。
星空はきれい……かもしれないけど、わたしにとって星空は「ダンボールの刑」でおなじみなの。
「ダムもなくなって、村はなくならないでよくなったけど……」
「けど?」
「村は前と全然変わってないような気がするんですよ」
「そうかしら?」
村長さん、ちょっと考えるふうに視線が泳いでから、
「神社のヌシとかいるから、観光客も来るようになったわよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「ポンちゃんのお泊りしたダムの所も、観光バスが寄ってくれたりしてるのよ」
「あんなになんにも無い所にですか?」
「噴火の跡で見学に来てるのよ、見るだけだけど」
村長さんニコニコしながら、
「ポンちゃんが村の事を心配してくれるのは嬉しいけど、多分結構村おこしなってるわよ」
「そうですか?」
「ぽんた王国だって……お豆腐屋さんの頃から人は結構来るし」
「はぁ」
「パン屋さんも、観光バスが寄るでしょ」
「まぁ」
「長老のおそば屋さんも、ラーメン屋さんも出来たし」
「えぇ」
「やっぱり、ぽんた王国のニンジャ屋敷がいい感じなのよ」
「でもですねぇ」
「何? ポンちゃん」
「もっと村おこしをした方がいいと思うんですよ」
そうです、もっと村おこしした方がいいんです。
わたしだってテレビくらい見るの。
「過疎」って言葉があるんです。
「村長さん、過疎、過疎化ですよ、ピンチです」
「過疎……」
「もっと村おこし、しないとダメな気がするんです」
村長さん、また視線が泳いでから、
「充分やってると思うんだけど」
「そうですか? 村は静かなんですよ」
「田舎だから、そんなものよ」
「これじゃ、きっとダメです!」
「……」
「溶岩も見てきたんですよ」
「……」
「村長さんだって、なにかした方がいいと思っているんですよね?」
わたしが言うのに、村長さんゆっくり頷きます。
「でもね、配達人さんに言われたのよ、余計な事はしない方がいいって」
「……」
「だから、何もしないでいいかな~って」
「村長さんもあの目のない男にそそのかされたんですか!」
「目のない男ってひどい言い方ね」
って、何かが急にやってきました。
わたしのしっぽを捕まえます。
はじめさんですよ。
「これ、タヌキ娘、今、儂の悪口を言ったであろう!」
「なっ! はじめさんっ! なにっ!」
「目のない男と言ったではないかっ!」
「はじめさん本当に見えないんですかっ! 今ダッシュでしたよねっ!」
「タヌキ娘が悪口を言えば、儂はどこでも行くのじゃ!」
「違いますよ! はじめさんじゃなくて別の人なんですよっ!」
「目のない男と言ったではないかっ!」
「はじめさんは男かもしれないけど、おじいちゃんですよ」
「む!」
「はじめさんは『目の見えないおじいちゃん』です」
「むう」
はじめさん、納得したのか席に戻っていきます。
目が見えないとは思えない動きなの。
って、村長さん笑ってます。
「ふふ……配達人さんを『目のない男』はひどくない?」
「だって目、ないもん」
「今頃くしゃみしまくってるわよ」
わたし、目を細めて配達人の真似をするの。
「だって目なしじゃないですか」
「ぷぷ……似てるわよ」
「誰だって目をつむったら似てますよ」
「それもそうね」
村長さん、また微笑むと、
「配達人さんは夜空が、星空が綺麗って言ったら……」
村長さん、耐えられないといった感じで肩が揺れるの。
「ポンちゃんダンボールでお休みってどうなの」
「わ、わたしにとって夜空は嫌な思い出だけなんですっっ!」
「花火したんでしょう?」
「でも、わたしにとっては『ダンボールな夜』なんですー!」
って、村長さん笑いすぎです。
うずくまって床を叩きながら笑うのを堪えるのは、もう堪えてるじゃないですよ。
お風呂タイムです。
「と、そんな事があったんですよ」
「ふふん、老人ホームでレクの時かの」
「そうなんですよ、そんな話になったんです」
「村おこし……別にいいのではないかのう」
「えー! いいんでしょうか!」
「いいのじゃ!」
「簡単に言っちゃうんですね」
「いいかの、『ポンと村おこし』と言うから村おこしにこだわっておるのかもしれんが……」
「……」
「イカもカエルも侵略などせんのじゃ!」
「!」
「だからポンも何もせんでよいのじゃ!」
「……」
わたし、じつはさっきからレッドの体を洗っているんです。
ゴシゴシしている手が止まっちゃうの。
「いやいや、ダメでしょ!」
わたし、思い出して手を動かすんです。
「ポン姉~、いたいゆえ~」
「痛いくらいがいいんですよ、しっかり洗うんですよ」
「やさしくしてほしいゆえ~」
「男の子でしょ~」
「やさしくしてゆえ~」
「ともかく、なにかやった方がいいんですよ、きっと」
「ポン、どうしたのじゃ」
「テントでお泊りした時、まわりは真っ暗でした」
「田舎じゃしのう」
「今日、老人ホームで」
「レクリエーションだったのであろう」
「ですよ、で、終わったら、急に静かになったんですよ」
「田舎じゃしのう」
「よくよく考えたら学校でもどこでも、騒がしい時なんて『ちょっと』です」
わたし、レッドを泡まみれにしてたら、
「うわーん」
「あ、レッド、どうしました」
「おめめ、いたいゆえ」
「あ、ごめん、泡入った?」
わたし、レッドの顔についた泡を取って、顔を洗うように促すの。
頭からザブンとしたら泣きますが、顔を洗うのはへっちゃらなんですね。
「まだいたいゆえ」
目、真っ赤ですね、泡入っちゃったんでしょう。
「ちょっと我慢したら治りますよ」
「ポン姉のせいゆえ、やさしくしないゆえ」
「はいはい、あとはコンちゃんに優しくしてもらってください」
わたし、レッドを湯船に入れるの。
コンちゃんそんなレッドを抱きかかえながら、
「これ、レッド」
「なになにー!」
「レッドは何か、村をにぎやかにする方法、思いつかんかの?」
「レッドに聞くんですか~」
「バカ者、こういうのは、子供の方が思いもよらぬアイデアを出すものなのじゃ」
「なるほど!」
わたしとコンちゃんかレッドに顔を寄せると……
レッド、しばらく難しい顔をしていましたが……
「さぁ」
「とほほ」
「いまのままでいいゆえ」
「レッドは本当、お子さまですね」
「えへへ、おこさまゆえ~」
レッド、体をゆすりながら、
「ここがすきゆえ」
「そうですか~」
「ポン姉すきゆえ」
「じゃ、結婚しますか」
「えー!」
この仔キツネはわたしが好きとかいいながらなんですか、この態度!
ま、いいですけどね。
「お風呂で盛り上がってたわね」
ミコちゃん、風呂上りの牛乳を持ってきてくれるの。
わたし、腰に手をそえて「グッ」とやるんです。
コンちゃんとレッドも一緒ですよ。
「村長さんもレッドも、コンちゃんもなにもしなくていいなんて言うんですよ」
「わたしも……何もしなくていいんじゃないかと思うけど」
「えー!」
「花屋さんも来たし、ラーメン屋さんも出来たし、おそば屋さんもあるし、駄菓子屋さんもあるでしょ」
「神社やぽんた王国もありますよ」
「もう充分じゃないかしら」
「え~」
「キャンプにも行ったんでしょ」
「花火しましたよ」
レッドがわたしの腕をゆすって、
「おんせんのかみさま~!」
「……」
あのめんどうくさい神さまは、正直どうでもいいんですよ。
って、ミコちゃんコクコク頷きながら、
「温泉もそんなにメジャーじゃないけど、最近神社の帰りに寄る人多いのよ」
「えー、そうなんですかー、面倒くさいだけですよー」
レッド、まだわたしの腕をゆすってます。
えい、頭を撫でなで……くしゃくしゃにしちゃえ。
「大体、あんなの出てきたら誰も来なくなるんじゃないです?」
「神さま、レッドちゃんが行った時にだけ出るみたいよ」
「ああ、子供スキーですからね」
わたし、なんとなーくテレビを見ていたら、旅番組をやってるの。
するとレッドも、コンちゃんも、ミコちゃんも視線移ります。
「ほらほら、よその温泉がすごいんですよ!」
「泡の出るお風呂は気持ちよさそうね」
「でしょ、ミコちゃんもそう思いますよね!」
「そうねぇ」
わたし達、みんな揃ってテレビの前に集合です。
コンちゃん、牛乳をチビチビやりながら、
「おお、この白いお湯はすごそうじゃの」
「コンちゃんもわかってきたようですね!」
「うむうむ」
レッドが腕をゆすってくるの。
「どうしたんですか、レッド!」
「ねぇねぇ、あれは! あれは!」
テレビはちょうど、打たせ湯をやってるところです。
なんとサルがあびてるんですよ。
露天で打たせ湯なの。
「おさるさんたのしげ」
「ですね、これは打たせ湯ですね」
「うーたーせーゆー」
「レッドも温泉、もっといろいろやってみたいでしょ!」
「これならへっちゃらかも!」
レッドはシャワーで頭から「ザバー」ってやっちゃうと泣いちゃうけど、これならへっちゃらかもしれません。
サルも大丈夫だから、レッドもきっと大丈夫ですよ。
「温泉を改造するのは、いいんじゃないでしょうか!」
わたしが言うのに、コンちゃん、レッドは頷くの。
ミコちゃんも頷きはしたものの……すぐに考える顔になって、
「温泉を改造ね……」
ミコちゃんシリアス顔。
「どうしました、真剣な顔で」
「いや、あの温泉を改造ってね」
「泡のお風呂とか入りたくないですか?」
「それは、入りたいんだけどね」
そんなわけで、村長さんに直談判です。
って、レッドを連れて学校に来たついでなんですけどね。
「村長さん村長さんっ!」
「あら、ポンちゃん、おはよう」
「そんちょーさん、おはようゆえ!」
「はい、レッドもおはよう」
挨拶も済んだところで本題に突入です。
「村長さん! 昨日テレビで見てたんですよ」
「?」
「旅番組で温泉特集をやってたんですよ」
わたし、レッドをつつくの。
最初はキョトンとしていましたが、
「おさるがおんせんしてたゆえ!」
い、いや、そこじゃなくて~
わたし、肘でレッドをつつくと、
「ポン姉、あれは、えっと、なにゆえ?」
「なにゆえじゃないでしょ! 打たせ湯ですよ!」
「おお、うたせゆ、たのしげ!」
村長さん、なんだか急に険しい表情になるの。
わたし、なにか悪い事言ったでしょうか?
「ポンちゃんは……温泉を改造したいわけね」
「はい! ダメですか?」
「でもって、温泉を売りにして村おこしって事よね?」
「ですね! ダメでしょうか?」
わたし、レッドをつつきます。
「うたせゆとか!」
村長さん腕組みして、
「温泉を売りにしたいのよね?」
「そうですよ、特徴のある温泉にしてお客さんを呼ぶんですよ!」
「特徴……」
「あんなお湯が溜まってるだけじゃダメなんです、広いのはいいけど」
それ、レッドをつつきます。
「うたせゆ、たのしげ」
「……」
村長さん、なんで難しい顔になっちゃうんでしょう?
「特徴のある、楽しい温泉じゃないとダメだと思うんです!」
村長さん、深いため息一つついてから、
「神さまいる……『出る』温泉なんてないんだけど」
「は?」
「神さまの出る温泉なんて、よそにはないって言ってるの」
「え?」
「だから、温泉は今のままでいいのよ」
そ、そうですか?
あんなめんどうくさい神さま、出ないほうがいいのに!
「さっき電話があったのよ」
「はぁ」
「花屋の娘さんが泥棒を捕まえたって」
「それってひまわりですよね」
レッドと花屋の娘さん、一緒に帰ってくる感じですね。