第144話「さわれば・わかる!」
目の見えないはじめさん。
でもでもわたしはいつも疑っちゃうの。
だって見えないのに、なんでわたしのしっぽに直行?
でもでも、見えないはじめさんのナゾが判明しちゃうんですよ。
そう、さわれば、わかるんです!
今日もパン屋さんはのんびりした時間が流れています。
む……
足音が聞こえてきますよ。
ちょっとだけ、声も聞こえちゃうんです。
わたし、テレビを見てポヤンとしているコンちゃんをゆすっちゃうの。
「なんじゃ、ポン」
「コンちゃんも気付いているんですよね!」
「ああ?」
「レッドが帰ってきます!」
「うむ、それがどうかしたのかの?」
「お友達を連れてきてます」
「ポンはするどいのう、よくわかるのう」
「コンちゃんだって気付いているんですよね」
「うむ、わらわもわかっておる」
わたしとコンちゃんで、道の方を見るんです。
レッドが見えて……はじめさんが見えました。
はじめさん……老人ホームで一人だけ、目の見えない人ですよ。
でもでも、いつも思うんです。
はじめさん、本当に目、見えてないんでしょうか?
レッドと一緒にやって来るはじめさんは、普通に歩いているんですよ。
「ねぇねぇ、コンちゃん、はじめさんだよ、知ってる?」
「うむ、知っておる、酒好きの爺じゃ」
「いや、酒好きじゃなくて、目が見えない方」
「うむ、聞いておるがの」
「本当に目、見えていないんでしょうか?」
「ポンは何故そう思うのじゃ?」
「まぁ、もうすぐわかりますよ」
「?」
わたし、やってくるレッドとはじめさんを見守ります。
どうも「電車ごっこ」やってるみたいですね。
運転手はレッドで後ろははじめさん。
レッドが前を歩いているから、はじめさんも迷わず歩けてるんでしょう。
お店のドアが開いて、カウベルがカラカラ鳴ります。
「ただいま~」
「はーい、おかえり、おやつにするから手を洗ってきて~」
「はーい」
「はじめさんもレッドと一緒してください」
わたしが言うと、はじめさん、立ち尽くして、
「タヌキ娘よ!」
「はじめさん、わたしの事はポンちゃんで」
「なにがポンちゃんか! タヌキではないか!」
はじめさん、まるで見えてるかのように歩み寄ると、わたしのしっぽを「しっか」とつかむの。
「タヌキではないか!」
「ちょっ! しっぽをつかまないでくださいっ!」
「タヌキの娘をタヌキ娘と言って何が悪いっ!」
「わーたーしーの名前はーポンちゃんなのっっ!」
「ふん、タヌキ娘ではないか」
「ポンちゃんなんだってば、モウ!」
タヌキ娘……わたしの頭上に裸電球点灯です。
「はじめさん! はじめさん!」
「なんだ?」
「みどりの事は何て呼んでるんです?」
「みどり……ああ、ちっちゃいタヌキ娘か、あれはみどり」
わたし、はじめさんのほっぺをつまんで、左右に引っ張るの。
「えいっ! なんでみどりは名前で呼ぶんですかっ!」
「いたいではないかっ! やめんかっ!」
「痛くしてるんですよ! まったくモウっ!」
わたしがつまむのをやめると、はじめさんは頬をさすりながら、
「ポンちゃんなんてふざけた名前を呼べるかっ! みどりはちゃんとした名前だからいいのだっ!」
「えー、ポンちゃんふざけた名前なんだ……えいっ!」
わたし、再度はじめさんのほっぺをつまんで引っ張るの。
「痛い、やめんかっ!」
「痛くしてるんですよ、えいえいっ!」
わたしがはじめさんをいじめていると、レッドがやってきて、
「ねぇねぇ、ポン姉~」
「なんですか、レッド、今、いいとこなんですよっ!」
「おやつは~」
レッド、わたしのしっぽをつかんで引っ張るの。
「むう、テーブルになかったですか? 冷蔵庫は?」
「わからないゆえ~」
「むう」
わたし、コンちゃんを見るけど、プイと顔を背けるの。
しょうがないですね、わたしが見に行くしかないようです。
はじめさんをコンちゃんの向かいに座らせると、
「はじめさんも来ちゃったから一緒におやつです」
「ふむ、大吟醸がいいのう」
「大吟醸ってなんですか!」
「酒」
「そんなのないんですよ、ここはパン屋です!」
「上選でもいいのう」
「ふんっ!」
わたし、レッドと一緒に台所に行くの。
テーブルも、台所にもおやつらしいのはないですね。
冷蔵庫にメモ貼ってありますよ。
「おやつはちくわ」だそうです。
冷蔵庫には4本入ったちくわがありるの。
「レッド、今日のおやつはちくわですよ」
「わーい、あなあき!」
「レッド、お皿を出してください、むう……」
ちくわはいいけど、なんだかちょっと物足りないですね。
でも、おやつはちょっと食べればいいのかな?
冷蔵庫を探していると、棒チーズありますね。
ちくわ2本に棒チーズで、「チーちく」にしましょ。
たまにコンちゃんが晩酌でつまんでいますよ。
「おお、ちーずとちくわのこらぼれーしょん!」
「ふふ、どーです、レッド、おいしそうでしょ!」
「コン姉よるにたべてますゆえ」
「そうですね、そうですね」
で、半分に切っておやつ完成です。
切っただけですね。
「はい、一人2個ですよ、持ってってください」
レッド、ちくわを見ながら、
「なぜにぜんぶにちーずいれませぬか?」
「うーん、ちくわ、おいしくないですか?」
「おいしいゆえ!」
「チーズ、おいしいですよね?」
「おいしいゆえ!」
「違いを楽しむためですよ」
「おお! ポン姉、すごーい!」
「それに、チーズはおいしいけど……」
「?」
「チーズ無しは穴あきですよ」
「ふふ、あなあき、たのしいゆえ」
「わかったら持ってってくださーい」
「はーい!」
レッドは行っちゃいましたよ。
さて、わたしは飲み物を持って行きましょう。
レッドは牛乳でいいでしょう。
わたしとコンちゃんはコーヒーかな。
はじめさんは……お茶にしておきましょう。
でもでも、はじめさん、お茶を出したら怒りますね。
あのおじいちゃんは酒さけサケですから。
わたしがレッド達の所に行って見ると、レッドはニコニコ顔で食べています。
コンちゃんは無表情で頬が動いています。
はじめさんはゆっくりと食べてますね。
って、コンちゃん、わたしにジト目な視線くれますよ。
『これ、ポン!』
『なんですかコンちゃん、テレパシーで』
『このおやつは何かの』
『ちくわですよ、ちくわ、あとチーちく』
『おやつというより、おつまみじゃ』
『わたしに文句言わないでください、ミコちゃんのメモなんですー!』
『むう……レッドが満足しておるからよいものの、この爺、文句を言うぞ』
『なんで?』
するとはじめさんが、
「タヌキ娘よ、何故お茶か?」
「別に、はじめさんもコーヒーがよかったですか?」
「酒」
「アルコールは扱ってませーん」
「こんなモノを出されて酒がないとは何事かっっ!」
「だからおやつなんですってば! モウ!」
「酒・さけ・サケ・Sake!」
わたし、コンちゃんを見たら、あきれた顔になってす。
「文句を言うぞ」って、この事だったんですね。
でも、おやつはミコちゃんのメモなんだから、わたしのせいじゃないんです!
はじめさんを老人ホームに送って帰ってる最中なの。
お供はレッドです。帰りもレッドが運転手の電車ごっこ。
「このケチンボ!」
「ちくわを出しただけでもいいと思うんだけど」
「酒がない!」
「だからお酒は扱ってないんですよ、パン屋さんなんですよ」
真ん中にはじめさんで、最後尾の車掌さんはわたしなの。
はじめさんはさっきがらグズグズ言って帰りたがらないから面倒くさいです。
レッドが先導して、わたしは見張りのポジションですよ。
ほら、歩みが鈍りました。
「ちゃんと歩いてください」
「帰りたくない」
「なんでですか!」
「酒ないし」
老人ホーム、確かにお酒、ないですね。
ずっとお手伝いしているけど、見かけません。
「夜も出ないんですか?」
そうそう、うちでも夕ごはんの時にコンちゃんが「ちょっと」呑みますよ。
ちょっとくらい、出ないのかな?
「出んのじゃ、あのクソばばぁめ」
クソばばぁ呼ばわりしてます。
聞かれてなければいいけど…って、思ったら村長さん(園長さん)居ます、聞こえてますよ、きっと。
村長さん迎えに来てたんですね。
でもでも、はじめさん止まらないの。
「あのクソばばぁ、どこかに酒を隠しておる!」
「……」
「わしの鼻が、嗅覚が酒があると言っておる!」
「……」
「わしはベロベロになるまで呑みたいと言うておるわけではないのに!」
「……」
ベロベロになるまではなくても、きっとたくさん呑むんでしょうね。
村長さんはじっと立って動きません。
目の見えないはじめさんは気付かないんでしょうね。
そんな村長さんのくちびるが、かすかに開きそうになるの。
わたし、おもわず自分の口に人差し指、立てちゃうんです。
村長さん、びっくりした顔になって、同じようにくちびるに人差し指立ててます。
と、先頭を歩いているレッドがわたしを振り向いていますね。
頭上に「?」を浮かべて、やっぱり口に人差し指。
わたし、テレパシーでまずレッドに、
『レッドさん、レッドさん』
『おお、あたまのなかにこえが、ポン姉、なにごと?』
『村長さんいるの黙っててください』
『なにゆえ?』
『はじめさん、逃げちゃうから』
『らじゃー』
今度は村長さんです。
『村長さん、村長さん』
『なに? ポンちゃん?』
『今、はじめさん、しからないでください、クソばばぁ発言はスルーで』
『い、いいけど、どうして?』
『パン屋に家出されると面倒くさいから』
村長さん、ちょっと考える顔になってから、
『それって、なかなか良いアイデアね』
『やめてください、面倒くさいんですから!』
村長さん、笑ってます。
はじめさんを押し付けるの、やめてくださいっっ!
老人ホームに帰り着きました。
はじめさんを夕ごはんのテーブルに着かせて、わたしとレッドは壁側の席へ。
すぐに村長さんがお茶とジュースを持ってやってきます。
レッドはジュースにご満足。
わたしはお茶を一口飲んでから、
「はじめさん、なんでパン屋さんに来ちゃうんでしょう?」
村長さんはニコニコ顔で
「コンちゃんが、お酒飲むのよね」
「ですね」
「その匂いのせいじゃないかしら、実はポン太くんやポン吉でもついて行くのよ」
「ポン太もポン吉もお酒、飲みませんよ」
「ポン太くんがお酒、作ってるでしょ、ポン吉もちょっと手伝ってるみたいだし」
「すごい嗅覚ですね、人間なのに」
って、見てるとはじめさん、席を立っちゃいました。
すぐに職員さんが近付いて、声をかけているの。
でも、すぐに離れて……はじめさんはトイレの方へ。
「ふふ、ポンちゃん、はじめさん『始まった』わよ」
「え? 何が『始まった』んです?」
「ふふ、ポンちゃん、気付かれないようにはじめさんに付いて行って……見張ってて」
「はぁ?」
わたし、村長さんに言われた通りに、距離をとってはじめさんの後をつけます。
途中、職員さんとすれ違ったら、なんだかクスクス笑っているの。
はじめさんは……トイレを通り過ぎて、自動販売機の前まで行きました。
おもむろにお財布を出して、ジュースを買い始めましたよ。
と、向こうから保健の先生がやってきます。
はじめさんが自動販売機の前にいるのに気付くと、気配を殺して近付くの。
わたし、目で保健の先生に、
『先生せんせい!』
『何? ポンちゃん?』
『なんで気配を消しているんですか?』
『はじめさんの様子を見守るため』
『ジュース買ってるだけですよ』
『ふふ、見てなさい』
ガコンって音がして、ジュースが取り出し口に。
はじめさん、ジュースを手にして、深いため息をつきます。
買ったジュースを壁の手すりに置いて、次のジュースを買います。
また、取り出して、ため息ついて、次。
3本目もため息です。
がっくりうなだれて、席に戻っていきます。
ああ、はじめさん、なんでショックかわかりませんが、お財布落としても気付きません。
どんだけショックなんでしょう。
保健の先生はジュースを回収し、お財布を拾って笑ってます。
「先生せんせい、はじめさんどうして『ため息』なんでしょう?」
「ふふ、はじめさん、ビールが出てくると思ってるのよ」
「は? そんなの入ってませんよ」
「ふふ、実は先日、私が呑んだビールの空き缶をテーブルに置いておいたのよ」
「それではじめさん、ビールがあるって思ってるんですか?」
「きっとね」
「バカですね~、ビールなんてないのに……うん?」
はて、ちょっと気になりましたよ。
「ね、先生せんせい!」
「なに、ポンちゃん」
「先生はビールの空き缶をテーブルに置いておいたんですよね」
「そうよ」
「どうしてはじめさんは、空き缶がビールってわかったんでしょ?」
あ!
聞いておいて、すぐに謎は解明です。
「ニオイですね、空き缶でもビールのニオイが残って……」
はて、新たな疑問、浮上です。
「はじめさんは自販機から出てきた缶がなんでビールじゃないって気付いたんでしょうか?」
「ふふ、これこれ!」
「うん?」
保健の先生、ビールの空き缶を見せてくれます。
空き缶……普通に空き缶ですね。
「どうして? なんで?」
「これ、ジュースの缶」
保健の先生、はじめさんが置いていったジュースをわたしに手渡すの。
こっちは中身が入っていますが……
「わかりません」
「ふふ、ここ、ココ」
「うん?」
飲み口の横にブツブツがあります。
「あ! ジュースの方はないです」
「そう、お酒にはコレがあるの」
「へぇ! これでお酒かどうかわかるんですね!」
「そうそう……それと、これも触ればわかるのよ」
はじめさんの落としていった財布からお金を出す保健の先生。
小銭を出して、
「ポンちゃん、お金って大きさ違うの、わかる?」
「あ! ですね! 穴の空いているのもありますよ」
わたし、目をつぶって小銭をさわってみるの。
なんとなく……だけど、お金の種類、わかりますね。
「なるほど、これで目が見えなくてもお金の種類、わかるんですね」
「お札はどうでしょう?」
保健の先生、クイズを出題してきました。
「お札……」
保健の先生、はじめさんの財布から1000円と5000円を出して見せてくれます。
「紙のお金は触ってもわからないのでは?」
「お札もわかるのよ、ほらほら」
保健の先生に言われてさわってみます……うーん、ちょっとわかりにくいけど……
「ちょっとデコボコしているところがあるんですね」
「それでお札も解るのよ」
「そうなんだ~」
保健の先生、お財布持ってはじめさんのところへ。
お財布を……返して……戻ってきました。
「先生、すごいです、偉い!」
「は? 何が?」
「はじめさんにお財布返しました!」
「それが?」
「わたし、てっきり懐に入れちゃうと思ってましたよ!」
「し、しまった! そうすればよかった!」
「……」
「せめて札の1枚でもピンはねしてれば!」
なんだか褒めて損した気分になってきました。
パン屋の前の道を一台の赤い車が遠ざかっていきます。
「あの車は吉田先生の車です!」
「そうそう、吉田先生の車ね、あんまり乗ってないみたいだけど」
「あの車にコンちゃん乗ってました!」
「ま、まさかコンちゃんが浮気とは……それも吉田先生なんかと!」