乙女の祈りと死の呪文
「愛してるよレミリア」
__彼は今日も私を死に追いやる呪文を唱える。
彼、ヒースにとってそれは当たり前の日常だ。私に羽よりも軽い愛を囁く。
私より2つ年上の、護衛騎士の彼とは、出会ってもう3年が経つ。初めは何言ってんのコイツって思ったけど、今はもし、彼の口が私への愛を囁くことをやめたら、私は心配になる。そして、心底心外だけれども、寂しいんじゃないかなって思う。
これに何の問題があるのか。それは、私がユニコーンと契約する、聖なる乙女だからだ。乙女の祈りは汚れを払う。とても、とても大切なお役目だ。
その乙女は、俗世の汚れを知ってはいけない。恋をすることは厳禁なのだ。
今日も私はお役目を果たす。護衛騎士たったひとりを連れて、聖なるユニコーンから受け取った力で、魔物に汚染された大地を癒しに行く。
邪なる魔物が大量発生すると、作物は枯れ、土地が痩せ、育たなくなる。魔物を倒した後に残るのは、死の大地だ。それを、母なる樹神は復活させるために、ユニコーンを使わせ、乙女に力を授ける。
こう考えると、乙女とは、神の御使いでもあるのだ。だから絶対に汚してはいけない。護衛を任される騎士はそれを知らないはずはない。
それなのに、なぜヒースは私に何度となく愛を囁くのだろう。
「ねえ」
「なあに、レミリア」
「あなたは、その、なぜ愛してるというの?」
彼は真顔になった。
「理由を本当に知りたいと思うかい?」
私は気圧されて、ふるふると首を振る。
「いいよ……また、今度で」
「そう? 残念」
彼はあっさり引き下がった。
「レミリアのお勤めはあと1年だっけ?」
「うん。そう」
乙女は18歳になると還俗して、勤めを後進に譲る。そうでないと、人材が育たないからだ。
「はじめは、さ。ちょっとした偽善心だったんだけど、ね」
「え?」
「恋をすれば、この生け贄みたいな巡業から解放されるだろう? そういう、俺の勝手な親切心」
「……今も?」
私はちょっと悲しくなって、彼の顔をうかがい見る。
彼は、パッと笑って、その大きなゴツゴツした手で私の頭を撫でた。
「さあね? それを知ったら、もう戻れないんじゃない?」
「レミリアはさ、あと一年、黙って俺の愛を受け続ければ良いの」
勝手なことを言うものだ。
「植木って水をやらないと枯れちゃうじゃない?」
「そうね」
飛んだ話にとりあえず相槌を打つ。
「レミリアはさ、俺の愛の呪文がないと死んじゃうでしょ?」
「ちょっ」
何を言っているのだろう。勝手に顔が赤くなる。
「今は、愛とか恋とか難しいこと考えないで、乙女らしく祈ったら?」
「世界の平和とか?」
彼は吹き出して笑った。
「そこでそう来るのがレミリアだよね」
「そうそう。なんでもいいから祈っときな。俺、レミリアの祈る姿好きだし」
「私、あなたの愛で死にそうなんだけど」
今も恋とか乙女らしくないことを考えそうだし、あの呪文がなくなっても死にそう。どっちに転んでもダメじゃない。
「いいね。その台詞。ゾクゾクする。一年後もそれが聞けるように俺、頑張るから、覚悟しといて」
私たちの繰り返すギリギリの攻防。
あと一歩踏み込んでも、あと一歩引いても成り立たない関係。
それがとても心地よい。
「あと一年よろしくね」
そう言った声はちょっと震えてたかもしれない。
あと一年で、この心地よい関係は終わってしまうのだ。
「レミリア? 余計なこと考えてるでしょ。愛っていうのはさ、期限のあるものじゃないんだよ」
「壊れたものは作れば良いし、終わったものに息を吹き込むのは、レミリアの専売特許じゃないか」
彼の言うことは、わかるような、わからないような、そう言うことだった。否、本当はわかっている、でもわかってはいけないことだと思う。
「私、祈るわ。そして、信じるの」
「何に? 母なる樹神かい?」
「いいえ。私が最も信頼するもの、私とあなたの絆に」
それだけ言って微笑むと、手を組んだ。
彼があっけにとられた顔をしていたけど、見ていないふりをする。やられっぱなしは、面白くない。
__神よ。あなた以外のものに祈ることを、今だけお許しください。




