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乙女の祈りと死の呪文

作者: 絹ごし春雨
掲載日:2018/07/28

「愛してるよレミリア」

__彼は今日も私を死に追いやる呪文を唱える。


 彼、ヒースにとってそれは当たり前の日常だ。私に羽よりも軽い愛を囁く。

私より2つ年上の、護衛騎士の彼とは、出会ってもう3年が経つ。初めは何言ってんのコイツって思ったけど、今はもし、彼の口が私への愛を囁くことをやめたら、私は心配になる。そして、心底心外だけれども、寂しいんじゃないかなって思う。


 これに何の問題があるのか。それは、私がユニコーンと契約する、聖なる乙女だからだ。乙女の祈りは汚れを払う。とても、とても大切なお役目だ。


その乙女は、俗世の汚れを知ってはいけない。恋をすることは厳禁なのだ。


 今日も私はお役目を果たす。護衛騎士たったひとりを連れて、聖なるユニコーンから受け取った力で、魔物に汚染された大地を癒しに行く。


 よこしまなる魔物が大量発生すると、作物は枯れ、土地が痩せ、育たなくなる。魔物を倒した後に残るのは、死の大地だ。それを、母なる樹神は復活させるために、ユニコーンを使わせ、乙女に力を授ける。


 こう考えると、乙女とは、神の御使いでもあるのだ。だから絶対に汚してはいけない。護衛を任される騎士はそれを知らないはずはない。


それなのに、なぜヒースは私に何度となく愛を囁くのだろう。

「ねえ」

「なあに、レミリア」

「あなたは、その、なぜ愛してるというの?」


彼は真顔になった。

「理由を本当に知りたいと思うかい?」

私は気圧けおされて、ふるふると首を振る。

「いいよ……また、今度で」


「そう? 残念」

彼はあっさり引き下がった。

「レミリアのお勤めはあと1年だっけ?」

「うん。そう」


 乙女は18歳になると還俗して、勤めを後進に譲る。そうでないと、人材が育たないからだ。


「はじめは、さ。ちょっとした偽善心だったんだけど、ね」

「え?」

「恋をすれば、この生け贄みたいな巡業から解放されるだろう? そういう、俺の勝手な親切心」

「……今も?」


私はちょっと悲しくなって、彼の顔をうかがい見る。

彼は、パッと笑って、その大きなゴツゴツした手で私の頭を撫でた。


「さあね? それを知ったら、もう戻れないんじゃない?」

「レミリアはさ、あと一年、黙って俺の愛を受け続ければ良いの」


勝手なことを言うものだ。

「植木って水をやらないと枯れちゃうじゃない?」

「そうね」

飛んだ話にとりあえず相槌を打つ。

「レミリアはさ、俺の愛の呪文がないと死んじゃうでしょ?」

「ちょっ」


何を言っているのだろう。勝手に顔が赤くなる。

「今は、愛とか恋とか難しいこと考えないで、乙女らしく祈ったら?」

「世界の平和とか?」


彼は吹き出して笑った。

「そこでそう来るのがレミリアだよね」

「そうそう。なんでもいいから祈っときな。俺、レミリアの祈る姿好きだし」


「私、あなたの愛で死にそうなんだけど」

今も恋とか乙女らしくないことを考えそうだし、あの呪文がなくなっても死にそう。どっちに転んでもダメじゃない。


「いいね。その台詞セリフ。ゾクゾクする。一年後もそれが聞けるように俺、頑張るから、覚悟しといて」


私たちの繰り返すギリギリの攻防。

あと一歩踏み込んでも、あと一歩引いても成り立たない関係。

それがとても心地よい。


「あと一年よろしくね」

そう言った声はちょっと震えてたかもしれない。

あと一年で、この心地よい関係は終わってしまうのだ。


「レミリア? 余計なこと考えてるでしょ。愛っていうのはさ、期限のあるものじゃないんだよ」

「壊れたものは作れば良いし、終わったものに息を吹き込むのは、レミリアの専売特許じゃないか」


彼の言うことは、わかるような、わからないような、そう言うことだった。否、本当はわかっている、でもわかってはいけないことだと思う。


「私、祈るわ。そして、信じるの」

「何に? 母なる樹神かい?」

「いいえ。私が最も信頼するもの、私とあなたの絆に」


それだけ言って微笑むと、手を組んだ。

彼があっけにとられた顔をしていたけど、見ていないふりをする。やられっぱなしは、面白くない。


__神よ。あなた以外のものに祈ることを、今だけお許しください。


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