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秋山真之


またまた、予定前倒し。


「あなたみたいな戦場も知らない男が大学?笑わせないでほしい。どんな手口を使ったか知らないけど、おかげで陸軍は笑いものよ。早いところ退学して得意の技を生かして遊郭にでも行ったらどう?」


・・・・なるほど。どこの世界にも、ろくでもない連中というのはいるらしい。


陸大からの一人の帰り道、僕は今、見るからに愚連隊風な二人の女性陸軍士官学校生(陸士生)に絡まれている。二人とも身だしなみを整えれば、まとも見えるのに。何故ろくでもない人って、見た目までだらしなくなっちゃうのかな。もったいないなあ。もとは結構美人なのに・・・・

僕は演技するまでもなく自然と同情の言葉が出てしまう。


「君たち、もしかして進級が危ういのかな?結構落第しちゃう人もいるらしいしね。だから男でも士官学校を卒業した僕に文句の一つも言いたくなったんだね。可哀想に。でもそういうのはみっともないからやめた方が良いと思うよ。」


僕の指摘は見事に彼女達の痛い所を突いた様だ。彼女達は顔色を変え、いよいよ僕の事をただでは帰さない雰囲気になる。


「・・・・あんた、男のくせにいい度胸ね。そんなに痛い目にあいたいの?この際、女の強さをきっちり教えてあげようかしら?」


・・・さてと、どうしようか?まともにやりあっても勝てないだろうし・・・僕は次に何を言うべきか考える。謝るのは癪だし、正論は通じなさそうだ。このまま、時間を引き延ばせば、誰か警官でも呼んでくれないかな、などと考える。

すると、僕たち3人に声をかける別の女性が現れる。


「あなたたち、弱い者いじめするような卑怯者に帝国軍人を名乗る資格はないわ。落第しそうならいい機会よ、荷物をまとめて田舎に帰りなさい。」


真っ白い海軍士官学校の制服を着た身長180cmぐらいのポニーテールの正統派美女。この後、この子は二人の愚連隊陸士生を相手に圧倒的な柔道の腕前を見せ彼女らを撃退する。


この時点で気づいてあげればよかったんだけど。以前の僕を知ってる海軍士官学校の学生で、柔道が強いといえば、秋山好古あきやまよしふるさんの妹さんだって。



*****



海軍の夏服である純白の制服を凛々しく着こなす美女。年齢は20歳前後に見える。くっきりとした二重の眼もとはお姉さんの好古さんとよく似ている。二人の愚連隊風女性陸士生を追い払った彼女は、余裕な顔で僕に話しかけてくる。


「別に礼はいらないわよ。貴方だから助けた、というわけじゃないから。」


見事にツンデレ風な語り口の海軍士官学校生を前に、僕は自分のキャラ設定を忘れ、初対面の人に対するお礼の言葉を述べて、丁寧に頭を下げる。


どこのどなたか存じませんが、どうもありがとうございました。


「ちょっと!!何よその態度!!私のこと忘れたっていうの?!冗談にしては笑えないわよ!」


えーっと、ごめんなさい、どなたでしたっけ?


秋山真之あきやまさねゆきよ!!!ついでに言うと、これであなたを助けるのは3回目よ!!」


そういえば、好古よしふるさんが言ってましたね、妹さんがおられるって。くっきりとした二重の眼は好古さんによく似てますね。

僕は初対面の彼女に丁寧な言葉使いで応対するが、それがかえって彼女の気に障るようだ。


「ちょっと!!!どこまで私の事からかうの?あなた、ちょっとは私に感謝の気持ちでも示したらどうなのよ!!毎回毎回、助けてあげてるんだから!!」


いや、さっき自分で言ったよね?礼はいらないって。それとも言ってほしかった?


「い、いらないわよ!!!」


・・・・この子、ちょっとおもしろいな。でも、リアルにツンデレな子と会話するのに自分のキャラ設定までツンデレにするのは面倒くさいな。


「姉さんから貴方が体調をくずしてたって聞いて会いに来てあげたのよ。何か言うことはないの?」


それは、心配をかけて悪かったね。でももう大丈夫だよ。他に用はないのかな?


「用がなくちゃ来てはいけないっていうわけ?!大体、私が来なければ、今頃あなたはさっきの愚連隊に襲われてたわよ。どうして一人でのこのこ歩いているの?前にも言ったわよね!!このあたりは血気盛んな学生が多いから、誰かと一緒にいなさいって!」


いつもは山縣さんと一緒に登下校してるよ。だけど、今日は彼女、卒業後の配属について教官に呼ばれてね。仕方なく、一人で帰ることにしたんだ。


「仕方がないわね!じゃあ私が宿舎まで送ってあげるから、感謝なさい!!」


これ以上厄介ごとには巻き込まれたくなかったので、僕は素直に彼女に宿舎に送ってもらうことをお願いする。

ありがとう。じゃあ、よろしく頼むよ。


「わ、分ったわよ。別に貴方に恩に着せようってわけじゃないからね。ついでよ!ついで。」


僕が素直にお礼を述べたのが意外だったのか、彼女は頬を真っ赤に染めて恥ずかしそうに話す。ほんと、面白い子。何の "ついで" なのか、聞いてみたくなるけど、止めておいてあげよう。



*****



山縣さんの宿舎の建物の前、秋山(妹)さんは、わなわなと震えながら僕を問いつめる。


「ちょっと!これはどういうこと?説明しなさいよ!!」


ん?僕は今、山縣さんの宿舎にお世話になっているんだ。僕の宿は狭くて居心地が悪いからね。


「な!何よそれ!ふしだらよ!!自分の宿舎が嫌なら私たちに相談なさいよ!!」


いや。もう荷物はほとんどこちらに運んじゃったし。僕はこの後、部屋で勉強するつもりだったけど、せっかくだから上がってお茶でも飲んでく?


「・・・・っく!まるで同棲じゃない!いいわ!このまま帰るのも癪だから、お茶を頂いてあげるわよ!ちゃんと学生らしく、節度を守って生活しているかどうか、見てあげるわ!」


このあと、彼女は山縣さんの部屋に上がり僕らの生活ぶりを隅々まで調べていった。布団が一つしかないと知った時は、目に涙をためながら怒りを露わにしていた。

やがて、すっかり落ち込んだ雰囲気でお茶も飲まずに帰ると言い出す。帰り間際に残した彼女の一言が僕の心に静かに響く。


「あなたにはがっかりだわ。凛として女性を寄せ付けなかった貴方の態度は好ましく思っていたのに・・・。とにかく、私は反対よ。卒業したら任官する気なのよね?あなた、山縣さんのことは考えているの?」


・・・・え?・・・・



*****



一緒に布団に入った就寝前、僕は今日の秋山(妹)さんとのやり取りについて、山縣さんに報告する。


「彼女、目元がお姉さんに似て美人だったよ。柔道もすごく強くて、なんだかおもしろい子だね。」


優しそうな表情で僕の話を聞いていた山縣さんは、僕の話が途切れた途端、少し強引にキスを迫る。


「明石君、私たちに残された時間は少ない。他の女性の話はもう止そう。」


そう言った後、強く僕の事を抱きしめてくる。

そういえば、卒業後の進路について、山縣さんは教官とどんな話をしたのだろうか?

僕が尋ねようとする間もなく、彼女は強引に僕を求めてくる。

僕は抵抗することなく彼女の求めに応じる。なんだか今日の山縣さんは何時もと雰囲気が違う気がする。



*****



翌朝、額に何かが降れる感触で目を覚ます。

見ると、目の前で山縣さんが僕を見つめている。その瞳からは涙が一粒、流れている。

おはよう、山縣さん。どうしたの?何かあった?


「何もないよ。おはよう。明石君。」


彼女は何も言わずに布団から出て着替え始める。

僕は、昨日の秋山(妹)さんの帰り際の一言を思い出す。


<卒業したら任官する気なのよね?あなた、山縣さんのことは考えているの?>


もしかしたら、僕は大きな間違いを犯しているのかもしれない。







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