その男、レニン
スイス、ジュネーヴ。
レニン(イワン・ウリヤノフ)さんとの面会の日。
僕とライリー中佐は大慌てでホテルの部屋を飛び出す。廊下を走りながら僕は中佐に怒りの矛先を向ける。
『どうしてこんな忙しい朝にあんなことするんですか?!ちゃんとシリヤクスさんに謝ってくださいよ!!』
『でもモトジロウ、これは不可抗力です!だって目を覚ましたら横でスベスベお肌で天使のように眠る貴方の体で、1か所だけ猛々しくなっているんですよ!!あれを目の当たりにして黙っていられる女性なんて、この世に居ません!!』
『開き直らないで下さい!!朝、ああいう風になるのは男性の生理現象だって前から言ってるじゃないですか!!見つけても、そっとしておくのが女性のマナーなんです!!』
『そんな生理現象、聞いたことありませんよ!あれは貴方がHな夢を見ていたとしか思えません。モトジロウは天使の顔をした悪魔です!抗えぬ誘惑を受けた私は被害者です!!』
この忙しい朝、下半身に妙な感覚を覚え目を覚ますと、猛獣モードのライリー中佐に喰われている最中だった。どうもこの世界の女性は、男性の朝の事情の知識に乏しいようで、変な誤解をしている。結果、朝食も取らず僕らはそれに耽ってしまい、大急ぎで湯を浴びて準備したものの、シリヤクスさんとの待ち合わせ時間をすでに数分過ぎてしまっている。彼女、気が早くていつも待ち合わせでは予定より早く来るから、今頃、怒っているはずだ。
廊下の端を曲がり階段に差し掛かったところで、ヒールの高い靴に慣れていない僕は足を踏み外してしまう。
『あ!!』
まずい!!っと思った瞬間、ライリー中佐が僕の体を抱きとめくれる。
『あっと!大丈夫ですか?ヒールにまだ慣れてないんですよね?地階まで、これで行きましょうか。この方が早いですから』
僕を軽々と抱えて中佐は階段を駆け下りる。うー、さっきまでの怒りの感情が萎んでしまう。この女こういうさりげない優しさが罪なんだよな。
*****
ロビーでシリヤクスさんを見つけ二人で近づくと僕達に気付いた彼女はライリー中佐に怒りを露わにする。
『ちょっと!ライリー!!遅刻よ!!貴女それでも軍人!ちゃんと5分ま・・・え?・・・えええ?』
彼女は僕を見つけると目を丸くして驚いている。先ずは遅れてしまったことを謝らないと。
『おはようございます!!ごめんなさい!シリヤクスさん!!遅くなりました!!』
『・・・君、アカシ中佐だよね?・・・凄い・・・』
ライリー中佐は自慢げな笑顔でシリヤクスさんに語りかける。
『ふふん!いかがです?これなら普通に日本の女性将校として面会できるでしょ?彼は英語しか話せないことにして私たちがドイツ語を通訳することにすれば、大きな声を出さずに済みますよ!』
『確かにこれは黙っていれば疑われることはないわね。でも、声は完全に男なのね』
『そこなんですよ。別に女性の声になる必要はないのですが、せめて声変わりする前のモトジロウの声が聞いてみたいものです。うちの研究所もそこまでやれば見直すんですけどねえ。さ、行きましょうか』
スイスの冬は寒い。御揃いの黒いコートと皮手袋をしたライリー中佐は僕の手を恋人つなぎで握り歩き出す。何だか楽しそうですね、中佐。
『なにせ道行く人は誰も男性がここにいると思っていませんからね。なんだか痛快じゃないですか。モトジロウは楽しくないですか?』
化粧をして食事をしたことがないのが不安です。服とかはもともと男女差が少ないせいか、靴のヒールの高さ以外は違和感はないですね。男の時より周りの視線を感じない分、気楽かもしれません。
『成程。しかし、これだけ完成度が高いなら、貴方にもう一つ、女性の身分証を準備してもいいかもしれませんね。ロシアに赴任される際には役立つことがあるかもしれませんよ』
・・・確かに性別を偽るのは効果があるかもしれませんね。あ!でも、今、この状態を露探に監視されていたらまずいですよ。
『ご安心ください。今現在、この町は綺麗な状態です。ここはレニンの取り巻きががっちり押さえてますし、街に出入りする者は英国情報部が監視してますので』
ペアルックで手をつなぎ、小声で会話しながらレマン湖沿いの通りを歩く僕と中佐。前を行くシリヤクスさんが突然振り返り、頬を染めつつ突っ込みを入れてくる。
『ちょっと!!あなたたち、まるっきり同性愛者よ!!恥ずかしいから少し離れなさいよ!』
『いや、モトジロウはまだ踵の高い靴に慣れていないので、いつ転ぶかわからないのです。この方が安全ですので。別に構わないんじゃないですか。同性愛者に思われても』
『う!・・・だったら私が手をつなぐわよ!!どきなさい!!ライリー!!』
『いや、もう着きますよ、シリヤクスさん。ほら!あそこ』
ライリー中佐の指さす先に見えてきた湖のほとりに立つレストラン。店の門には体格の良い強面女性が立っている。いよいよレニンさんとの面会だ。何とか意思疎通ができるといいんだけど・・・
*****
レストランの入口、先頭を行くシリヤクスさんは、店の外で待ち構えていた強面女性の身体検査を受けている。ま、まずい!!いきなりピンチだ!これ、僕の女装、ばれちゃうよ!!どうしよう、ライリー中佐!
ライリー中佐は不安そうな僕を見ても余裕の笑みでウインクを返してくる。え?何故そんなに余裕なの?
シリヤクスさんの検査が終わり続いてライリー中佐が検査を受ける。検査をする強面女性は身長こそ中佐より低いものの体格は1.5倍ぐらいはありそうだ。結構しっかりと体中を触って武器を隠していないか確認している。あの感じで触れられたら絶対ばれそうだけど・・・
『よし!次、お前、東洋人!』
僕は仕方なく彼女の前に進み両手を上げる。
強面女性はしっかりと僕の全身を触って確認を始める。ううう・・・ばれそうな気がするけど・・・
上半身から始まった検査は肩、胸、お腹周りと進み、いよいよ下半身に向かう。
サワサワ・・・ぎゅっ!
え?・・・今、完全に握られちゃったけど・・・
強面女性は少しだけ顔を赤くして検査の終わりを告げてくる。
『・・・よ、よし・・・いいだろう。入ってよし』
へ?・・・いいわけ?・・・何、これ?
この身体検査、まるでザルだけど。ライリー中佐のあの余裕のウインク、彼女はこうなることを事前に知っていたということか?もしかしてこの強面女性って・・・
扉を開けて店内に入るとウエイトレスが持ち受けていた。
『お待ちしておりました、シリヤクス様。どうぞ、こちらです』
彼女に案内された先は個室。扉の外に立つガードらしき女性は僕達に気づくと扉をノックし中の者に何事か告げる。鍵が開く音と共に部屋のドアがゆっくりと開け放たれる。
その部屋の真ん中には大きめの長テーブルが一つ。
向かって右手側に3人の人物。彼は真ん中の席に座り、強そうな女性が両脇を固める。3人は僕達を見るとゆっくりと立ち上がる。女性二人が僕を見る視線は鋭い。一方、彼は見た目にそぐわない和やかさで最初の挨拶を述べる。
『シリヤクスさん、お久しぶりです。今日は英国と日本の情報将校を伴われているのですね。お二人とも、大変素敵な方々ですね。いいでしょう、せっかくなのでお昼をご一緒しましょう』
・・・この人がレニンさん?・・・僕が知っているレーニンとは似ても似つかない外見だ。
『お久しぶり!レニン。偶には互いに近況を知らせ会ってもよいかと思ってね。今日はありがとう。紹介するわ。こちらがライリー英国陸軍中佐、同じくアカシ日本陸軍中佐。お察しの通り、共に情報将校よ。アカシ中佐は英語しか喋れないから、私がドイツ語かロシア語を通訳するわ。彼女、貴方に会いたかったそうよ』
挨拶の後、席に着くと食事の準備が始まる。具体的な話は食後ということか?
でも・・・彼って・・・どう見てもまだ・・・
そこには金髪で将来イケメンになることが約束されたような12、3歳の男の子が座っていた。
その営業スマイルは、とてもその年代の子ができる物とは思えない程に完璧だった。
読んで頂きありがとうございます。
短めですが、書き上がったので更新しました。
宜しければ。
ミルズ




