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秋山好古

予定より早いですが。




暑さも和らいだ晩夏の午後。

僕は武道場で柔道着を着て一人の女性と対峙している。


西洋人のようにはっきりとした二重の目に、190cm以上はある長身痩躯の美丈夫な女性。年齢は27、28歳ぐらいの女盛り。これ以上ないほどに柔道着を着こなすその姿からは、勝てる見込みは微塵も感じられない。

彼女、<秋山好古あきやまよしふる>はさわやかな笑顔で僕に言った。


「明石君、ぜひ、1番、手合せ願いたい。」


こんな時、以前の明石君(僕)ならなんと答えたのだろうか?正解が分からない僕は、しばらく考えた末、ツンデレ風の語り口で返答する。


「仕方がないな。1番だけだよ。」


「え!?本当に!!!ありがとう!!!大丈夫!怪我はさせないよ!」


彼女は意外そうな声を出して喜ぶ。・・・・なるほど、以前の君は彼女の申し出を断っていたんだね。じゃあ、この時間、君はいつも何してたの?



*****



登校前、山縣さんの部屋で彼女に尋ねられる。今日も彼女の部屋に泊めてもらった。最近は、何から何まで世話になりっぱなしだ。


「明石君。今日は柔道の時間があるけど、柔道着はあるかい?」


え?・・・ないけど?


「持って来てないのかい?困ったね。今から取りに帰っていたら遅刻だよ。しょうがない、私の柔道着を貸してあげるよ。」


ありがとう。助かるよ。

彼女によると、陸軍大学校の講義に銃剣術の講義はあっても、格闘術はないらしい。ただし、学生の気分転換と体力強化を兼ね、毎週、決まった時間に全員で柔道をすることを慣わしにしているそうだ。

みんな強そうだね。


「確かに、腕に覚えのあるものが多いよ。特に秋山さんは相当な使い手だよ。」


そうか。そういう強い人とはできればやりたくないね。僕としては山縣さんに相手をしてもらえるとうれしいな。

僕の素直なお願いに、彼女は顔を真っ赤にして答えてくれる。


「そういう素直な君の態度は本当に好ましいね。君の相手をしてあげたいのはやまやまなんだが、残念ながら難しいだろうね。」


え?どうして?


「柔道の時間になると、いつもきまって東條さんが手合せを願い出てくるんだよ。彼女、ああ見えてなかなかの使い手でね、白熱した勝負になるんだ。」


そうか・・・・それでは仕方がないね。ま、何とかなるよね。どうせ授業ではないんだし。



*****



「さあ、明石君!どこからでもかかっておいで!」


秋山さんは僕の目の前で嬉しそうに仁王立ちしている。身長は僕より20cm以上高い。勝てる見込みはない。仕方ない、適当に流して負けて終わりにしよう。僕は彼女の胴着を掴みに行く。


胴着を掴んだと思った瞬間、僕の視界は回転する。見えるのは天井だ。まずい、受け身!

僕は目をつぶって受け身をとるが、なかなか畳の感触が来ない。

目を開けると、秋山さんの美しい顔がすぐ目の前にある。どうやら彼女に抱えられているようだ。


「明石君、弱すぎるよ。危なくすぐに勝っちゃうところだったじゃないか。でも安心してほしい。君はまだ負けてないよ。」


・・・・いやいや。意味わからないよ!もういいでしょ?明らかに君の勝ちだよ。僕は彼女のあまりのバカさ加減にリアルにツンデレな態度になる。


「まだ1本決まっていないよ。とりあえず、寝技でもしようか?」


そういいながら彼女は僕を床に寝かせ、覆いかぶさってくる。うお!なんだ、これ?全然動かないぞ?苦しいほどではないけど、全くびくともしない。


「ほら。明石君!急いで逃げなきゃ!がんばって!」


くっ!楽しそうだね。なんだか屈辱だ。ようし、見てろ!僕は精いっぱいの力で抜け出そうとする。


うう!おお!あっ!・・・・はあ、はあ、はあ・・・・ふんんんん・・・っく!・・・んんんん!・・・はあ、はあ、はあ、はあ・・・・だめだ。全然動かない。


「あ、明石君!・・・いいよ!・・・君のその声!最高だよ!・・・私はその声を二度と忘れないよ。どんな厳しい戦場にいても、その声を思い出せば私は安らかに眠ることができるよ。」


何を言ってるんだ、この脳筋女おばかは。さすがに呆れた僕は、奥の手を使う。こんなの、一言、自己申告すれば終わるんだ。それが柔道のルールでしょ?


<参った!>



*****



「いやあ!一本取られたよ。まさか自ら<参った>と言うとはね。あはは!」


疲れた僕は、武道場の壁際で体操座りをしている。

その横では、汗一つかくことなく、すっかりはだけた柔道着から立派な胸をさらした秋山さんが胡坐をかいて笑っている。まったく、女性が柔道をするときはTシャツを着るべきだね。見ると、道場内のほぼ全員が同じような状態だ。いつも身だしなみは整えている山縣さんと東條さんも、すっかり胸がはだけて汗だくで試合している。はしたないなあ、みんな。

横に座った秋山さんが穏やかに僕に話しかけてくる。


「疲れたかい?明石君。君は将来、諜報任務に就くのだろう?なら、護身術も習ったほうが良いのではないかい?すこし弱すぎるよ。」


僕は演技するまでもなく、リアルにツンデレな態度で脳筋女おばかに応える。

僕のことはほっといてほしいね。君こそ、こんなところで油を売ってないで、さっさと有り余った体力を消費してきたらどうだい?


「ちょっと、君と話がしたくてね。」


どこかのおバカさんに付き合ったせいで、僕は疲れているんだけど。


「そう怒らないでくれたまえ。私も若い女子なんだ。初めて男性とじかに触れ合ったんだ。多少のおイタは許してもらえないだろうか?」


秋山さんは常にさわやかな笑顔だ。話って何?早くしなよ。


「先日の東條さんの意見についてね。君は彼女のことが嫌いかい?彼女は随分しつこく君に意見しているからね。」


・・・・そのことか。別に、僕は彼女のことを嫌ってはいないよ。彼女が僕に嫌がらせしたくて言っているわけではないことは分かっているから。


「それならよかった。彼女は優しい子だよ。ただ、君のことを本当に心配しているだけなんだ。もともと彼女は人が嫌がることでも積極的に進んで取り掛かる立派な性格だからね。君が危険なことに身を投じようとしていることについて、黙ってはいられないんだ。」


・・・・・・


「彼女の主張は私たち陸大1期、同期生全員の思いでもあるんだよ。君に伝えておくとすれば、たとえ君が意見を変えたとしても、私達は誰一人そのことを責めたりしないよ。むしろ笑顔で退役を歓迎するよ。もし周囲でそのことを責める人がいたら、私たち全員で君を守るさ。みんな、君のことを心配しているんだよ。」


彼女の諭すような言葉が僕の心に響く。僕は思わず目頭が熱くなり、体操座りの膝の上で組んだ腕に顔を伏せる。

そうなんだ。みんな、本当にいい子たちなんだよ。だから余計に僕は逃げるわけにはいかないんだ。君たちを危険な目にあわせたくないから・・・僕は彼女に尋ねる。


もし戦争になったら、ロシアに勝てるかな?


「それは難しいね。相手は欧州の強国だよ。幸い、今の私たちは上層部を含め、多くの人がロシアの方が強いという、弱者の視点を忘れていないからね。勝機があるとすればその1点に尽きるよ。多くの人が弱者の視点を忘れ、都合の良い根拠だけで勝利を信じるようになったときは、我が国は手痛い敗北を知るだろうね。」


僕は心の中で思う。秋山さんの意見が正しいことは半世紀後に証明されるはずだよ。でも、面と向かって彼女を褒めるのも悔しくて話題を変える。秋山さんって、見かけによらず話し上手なんだね。


「妹の学費の為に職業軍人になったが、私はもともと教師だからね。」


そうか。君も結構、苦労人なんだね。単なる脳筋エロ女と思っていたよ。


「相変わらずきびしいねえ。そこが君のいいところなんだけどね。ところで、明石君、最近、私の妹が君に会えなくてさびしがっているようだ。今度うちに来ないかい?茶菓子でも用意しておくよ。」


・・・・そのうち、山縣さんと伺うことにするよ。


「え?本当に来てくれるのかい?どうしたんだい、明石君!最近の君は何でもお願いすると聞いてくれるね。何かあったのかい?」


・・・・ねえ、以前の明石君(僕)、君は一体、どれだけツンだったんだい?









週1話、守れなかった・・・G.W.だしいいよね。

次回こそ来週、投稿予定。『秋山真之』です。

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