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お守り





気持ち悪いし頭も痛い。でも、眠くてたまらない。

こんなに具合が悪いのに、誰かが耳元で囁いてくる。そっとしておいて・・・


『アカシ少佐、おはよう。もうすぐ朝食よ。そろそろ起きてお風呂に入ったら?スッキリするわよ?』


ごめんなさい。もう少しだけ、このまま・・・


『うふふ、しょうがない子ね。じゃあクリーニングに出すから、服を脱がすわよ。そのナイフ、ちょっと手を離してくれる?枕元に置いておくわね?』


僕の服を脱がすのは誰だろう?そっとしておいてほしいのに・・・

大体、どうして英語なの?うう・・・気持ち悪い


『あら。変わった下着ね?これはどうやって脱がすの?・・・へえ、ここで縛ってるのね?・・・!!まあ!!うふふ、久しぶりに見たわ!!・・・はい。じゃあ服はクリーニングに出しておくから。先に私がお湯を浴びるから、その後、貴方もお風呂に入りなさいね。』


分かりましたから、とにかく、僕に構わないで・・・


・・・



*****



「明石君・・・明石君」


・・・うう。今度は誰?気持ち悪いんだって。


「具合、悪いの?・・・水飲む?」


水?・・・うん、欲しい。

体を起こして、彼女が手渡してくれたコップの水を飲み干す。

ああ。飲んだら、少し楽になった。あ、長岡さん、おはよう。どうしたの?


「・・・朝食を食べに来たのよ・・・」


どうしたの?長岡さん?急に黙ってしまって?

見ると、横に立つ長岡さんの背中からどす黒い危険なオーラが滲み出ている。鋭い目から光は消え、視線で射貫かれそうだ。僕は警戒しながら彼女に尋ねる。

長岡さん、なんか怒ってる?目つきが怖いけど?何かあった?


「期待はしていなかったけど、まさか初日で・・・貴方、想像以上に”ちょろい”のね。せっかくお守りを持たせた山縣さんが知ったらがっかりするわよ。」


へ?何のこと?・・・ん?あれ?


そこでようやく自分が素っ裸なことに気づいた僕は慌ててシーツで体を隠す。

えええ?!なぜ?!何があったの?訳が分からない・・・


焦って言い訳を考えていると、白いバスローブを纏ったお風呂上りと思しきデューイー提督が爽やかな笑顔でバスルームから現れる。僕の横の長岡さんを見つけると意地悪な表情になり、英語の挨拶をよこす。

だから、彼女、英語分かりませんって!


『ナガオカ少佐、おはよう。朝食はもうすぐだから待ってて。さあ!アカシ少佐、お湯を浴びてすっきりしてらっしゃい。そうすればしっかり朝食を摂れるわよ!』


長岡少佐は歯を食いしばり両手を握りしめて提督を睨みつけている。その体は小刻みに震え、瞳は絵に書いたような見事な三白眼だ。ちょっと、長岡さん!落ち着いて!僕と提督は何もないはずだから・・・多分。


でも、一体何があってこうなったのだろうか?

僕は、昨日の横浜出航以降の記憶をたどり始める。



*****



横浜から出航した僕と長岡さんが乗る戦艦<オリンピア>と2隻の新鋭巡洋艦。

スペインとの海戦に備え、新たに香港のアジア艦隊に配備されたらしい。米国から香港への移動中に横浜に寄港したようだ。途中、時化に会ったらしく、厳しい訓練も重なり、細かな破損個所を浦賀ドックで整備したそうだ。今回の寄港で艦も修理され、乗員の錬成も進み、戦いに向けた準備は整ったようだ。


乗艦した僕と長岡さんはセーラー服を着た女性水兵に連れられ、それぞれ異なる部屋に案内される。きっと、男性士官と女性士官で部屋が別々なのだろう。


僕が案内された部屋は、これが戦艦かと疑いたくなるほど設備が充実していた。

立派な執務机に8人がゆったりと食事ができる長テーブル。応接セットの横には寝室のような部屋があり、大きめのベッドが見える。壁のドアの向こうには専用のバスルームもあるらしい。男性が乗艦する事は殆ど無いと聞いたけど、随分と立派な部屋を僕にあてがってくれたようだ。


調度品の作りの良さにひとしきり感心した僕は、あてがわれた専用の物入に私物をしまう。着替えと洗面用具ぐらいだからすぐに済み、最後に山縣さんが餞別に持たせてくれた風呂敷を広げ驚く。そこには黒い小さな懐刀が隠されていた。入っていたメモ書きから、それが山縣さんが僕にくれたお守りだということが分かる。


どうしよう・・・先ほど武器は携帯していないって申告したのに・・・僕は服の中に懐刀を隠し、長岡さんのところに相談に行くことにする。



*****



女性水兵に案内された士官用の部屋の扉をノックすると、中から長岡さんの声が聞こえる。


「どうぞ」


中に入って驚く。僕にあてがわれた部屋とはずいぶん雰囲気が異なる質素な4人部屋のようだ。まあ、こちらの方が戦艦らしいと言えばそうなんだけど。長岡さんが一人で利用しているようだ。


「どうしたの?何かあった?」


長岡さん、相談したいことがあるんだ。


「何?」


これ・・・山縣さんが持たせてくれたんだけど、どうしよう?

僕は制服の下に隠した山縣さんの”お守り”を長岡さんに見せる。


「・・・懐刀ね。いいんじゃない。そうやっていつも身に着けてたら?誰も貴方の体に触れてまで武器の確認はしないわよ。見つかった時に預ければ良いわ。」


でも、いくらお守りとは言え、刃物はまずくないかな?


「大丈夫よ。私もこれを持っているし。」


長岡さんは背中の腰の辺りから黒っぽいものを取り出す。

何、それ!拳銃?!!ま、まずいよ!!長岡さん!


「これは開発中の南部式自動拳銃よ。参謀長が伝令の危険を考慮して持たせてくれたの。でも、火薬がイマイチで、殺傷力は低いわ。護身用の気休めね。見つかったらその時、預けるだけのことよ。兵士が護身用の武器を持つことは普通よ。心配しなくても大丈夫よ。」


本当に大丈夫なのか?・・・彼女が言うならそうなのかな?

でも、回転式でない自動拳銃がもう国産化されてたのか・・・あれ?”南部式”って・・・確か前の世界で警察官の方々が使っている回転式拳銃が ”ニューナンブ” という名前だったけど。関係があるのかな?


「ところで、貴方の部屋はどんな感じだったの?」


それ!僕の部屋凄いよ!部屋に専用のバスルームがあって、応接セットや会議用のテーブルまであるんだ。僕と長岡さんは、そこで提督たちと食事を摂るらしいよ?


「・・・応接セットに会議用テーブル?・・・貴方、それ・・・」


長岡さんは何かを悟ったらしい。厳しい表情で僕の滞在する部屋について、詳しく尋ねてきた。



*****



横浜を出港してから4時間余り。

周りはすっかり暗くなっている。季節は冬だけど、波は穏やかで船旅は快適だ。


僕が滞在する部屋では、客人である僕と長岡少佐、それにホストとしてデューイー提督とグリッドレイ艦長が長テーブルに座って夕食を共にしている。


グリッドレイ艦長は身長185cmほどで年齢は35歳ぐらい。金髪のショートヘアをオールバックにした碧眼の女性士官で、年齢含めてその容貌はドイツ駐在武官の松川大佐に似た美人艦長だ。海軍の制服も相まって、なんだか以前の世界の女性だけの歌劇団の男役のような感じだ。


部屋には僕ら4名の士官のほかに、給仕専門の女性水兵が控えていて、グラスにお酒を注いだりしてくれる。給仕される食事は腕のいいコックさんに調理されたようでとても美味しい。ただ、ちょっと量が多く、僕は途中から量を減らすようにお願いする。


僕の横に座る長岡さんとグリッドレイ艦長はほとんど話さない。結局、僕とデューイー提督が会話をすることになる。


『提督、夕食、とても美味しいです。ありがとうございます。』


『あなたの口に合った?そう。それは良かったわ。このワインは私のとっておきの私物よ。お肉に合うものだからぜひ味わって。明日は特に予定もないから、ゆっくりして構わないのよ。』


頃合いを見計らって、僕は長岡さんに言われていたことを提督に確認する。


『提督、ところで、この部屋、専用のバスルームまであってとても快適ですが、これって士官用の部屋ですか?僕、こんなにいい部屋に泊めてもらってよいのですか?』


『この艦に男性用の部屋ってないのよ。専用のバスルームがあるのはこの部屋と艦長室だけよ。この部屋は司令官公室。私の部屋よ。』


ガチャ!!


長岡さんが大きな音を立てて、肉を切る手を止める。例によって、その眼からは光が消えている。君、英語、分かんない筈だよね?どうして提督の話の突っ込みどころがすぐ分かったの?とにかく、落ち着いて!僕は念のため提督に提案する。


『あの、とても嬉しいお話ですが、僕の階級は少佐で司令官公室に同宿させてもらえるほどの身分ではありません。長岡さんの部屋は士官用の4人部屋で、たまたま彼女一人しかいないようでしたので、そちらに泊ってもよいのですが。』


『あら、だめよ。若い男女を同宿なんて。それにあの部屋にはバスルームがないわ。士官用のバスルームは女性用だから、貴方がゆっくり入れるのはこの部屋だけよ。』


『でも、此処にはベッドは一つしかないようですし。』


『あのベッド、見た目以上に大きいから、私とあなたなら十分、二人で寝られるわ。』


カタッ!!


長岡さんがフォークを机に置いたようだ。”ベッド”という単語だけは理解できたのだろうか?正面を見据える三白眼はどこを見るわけでもないけど、背中からあふれ出す殺気が彼女の意図を雄弁に語っている。さしずめ <黙れ!このデカ女!> と言ったところか?


彼女の無言の殺気を感じ取ったグリッドレイ艦長も上品にナイフとフォークを机に置き、何かに備えるように右手を腰に添える。この人、きっと武器を携帯している。長岡さんも銃を持っているし、このままじゃまずい!僕は慌ててこの場の雰囲気を変えようとする。


『み、みなさん?落ち着きましょう!仲良くしましょうよ!今日、出航したばかりなんですよ?これから数週間、下手すると数か月、僕らは同じ艦で過ごすんですよ?今からそんなことでは先が思いやられます。』

「長岡さんも落ち着いて?そんな怖い目で睨んじゃだめだよ!」


長岡さんが怖い目をしたまま僕に釘をさす。


「別に何もしないわ。明石君、貴方、参謀本部で言ったわよね?提督が外国の観戦武官に失礼なことするはずないって!参謀長の命令だから私、手は出さないけど、信じてるわよ。」


ハイ・・・ガンバリマス。



*****



そして、朝。

裸の僕の横で、バスローブ姿の提督と制服を着た長岡さんがにらみ合っている。


不意に視線を外した提督はそのまま私物入れの前まで移動してバスローブを脱ぎ下着1枚の見事な背中を披露する。僕は恥ずかしくて下を向く。制服を着ながら提督は昨夜の夕食後の様子を教えてくれる。


『安心なさい。ナガオカ少佐。昨夜はアカシ少佐はワインに少し悪酔いしたみたいで、とても手出しできる状態じゃなかったわ。まあ、男の子を介抱するのってなんだか特別な感情が沸き起こってそれはそれで楽しかったけどね。あと、彼が裸なのは、先ほど、彼の服をクリーニングに出す為に私が脱がしたからよ。』


僕は提督の話を聞き安堵し、直ぐに笑顔で長岡さんに伝える。


「長岡さん、昨夜は僕、悪酔いしてそれどころじゃなかったって。だから何もなかったそうだよ。裸なのは、ついさっき、服を洗濯に出すために提督が脱がせただけだって!よかったね!!」


「何がよかったの?貴方、裸にされたのよ?・・・まあ、いいわ。手を出さないって決めたんだから。明石君、気を付けてね?ところで貴方、山縣さんのお守りは?」


あ!!・・・たしか制服の下に隠しておいたはずだけど・・・・あった!枕元に置いてある。僕は枕元の懐刀をそっとシーツの下に隠す。


僕の怪しい動きに気づいている提督が安心させるように話しかけてくれる。


『別にいいわよ。男性が護身用のナイフを持っていても気にしないわ。まあ、服を脱がす時、無防備な貴方を見てさすがにムラムラと来たけど、貴方が必死にそのナイフを握りしめるところを見たら、なんだかやる気がそがれたのは事実だから、護符タリスマンの効果はあったんじゃない?どうせ参謀本部でカワカミサンの横にいた飛び切り美しい作戦士官辺りがあなたに持たせたのでしょう?大事になさい。でも、その効果もこれっきりよ。次は間違いなく貴方を美味しく頂くから。お酒はほどほどにしないとね。』


山縣さん。お守り、ありがとう。効果はあったみたいだ。でも、初日で使い果たしちゃったよ。この先、同じ部屋で提督と過ごして、何もないなんて、無理だろうな。


どうしようか。










読んでいただきありがとうございます。

オリンピアは、本当は排水量5000tクラスの巡洋艦ですが、此処では1万tを超える三笠クラスの戦艦という設定です。横須賀の三笠公園に停泊されている三笠を見ると、昔の戦艦の調度品って、品があっていいですね。ただ、木製のものが意外にあるのですが、燃えないのでしょうか?木製に変わる軽い丈夫な素材が無かったのかな?


次はマニラ湾海戦まで行く予定です。明石君のあべこべ世界での間諜スパイとしての成長と海戦を重ねて書きたいと思っています。


ミルズ


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