3---仕方のない残像
同じ土俵上で戦う事が無理ならば、どんな手段でも使うのが筋だろう。
冷えた夜空には足元さえも竦み、何故かしら震えの止まらない身体が可笑しくも愛おしい。狂っているのだろうか。それでも今は構わない。
「・・・入れよ、おい」
「あんた自信過剰よ、絶対」
「は、そんなつもりはねェぜ」
このドアの向こう、ジェインが待ち構える。
「寒いしな」
冷えんだろ、入れよ。
嘲笑の混じった声がサリーを呼ぶ。
この状況を果たして、どう説明すればいいのだろう。この胸騒ぎの現況はこの男に違いないのに。流星群が仮にこの海を直撃しようとも、彼は動揺一つしないはずだ。
「ヤってやるって言ってんだよ、サリー」
だからそこにいるんだろうが。
やはり嘲るように、彼はそう笑った。
■■■■■■■■■■■■■■■■■
右手を取られた状態で強かに打ち付けられ、顔面を守る為に咄嗟に出した左手が強く痺れた。噛んだ下唇が切れ、生温く血の味が広がる。互いの呼吸音しか木霊しない室内では、乱れた息が耳を汚し続ける。
ドアを開けると同時に、すっと引かれたドアがサリーの手中から消えてしまうのに、そう時間はかからなかった。珍しくジェインの方から引かれたドアに騙されたサリーは、そのまま室内に倒れこむ。身を引いたジェインは、だからといってサリーに手を差し伸べるわけでもなく、そのまま身体を組み敷いた。
毎度同じシナリオが描かれていると感じる。絶対的被験者は誰だ。ジェインの息が首筋を掠めた。背筋が凍る。先に何を繋げようというのか。目を閉じ爪先が床を抉る。
サリーは歪んだままの視界を少しだけ上げ、床から壁に向かっての直線を眺めた。木の層が僅かに確認でき、揺ら揺らと揺れる電球が影を小さく大きく変化させる。ジェインのものであろう影は壁一杯に広がり、サリーを脅かす。今更な恐怖には違いない。
ジェインの手の平は気抜けするほど温かく広い。肌蹴た背を撫でるその手は、何を思っているのだろう。
こんな時ばかりは、常時口数の少ないこの男がやけに野暮に思える。
何なのだろう。この状態は何なのだろう。カテゴリは何だ。枠組みは誰が。建て直しは利くわけもない。
腰の辺りが一層、震えた。まったく情けない。そうして無様な姿だとサリーは思う。思うにも拘らず、どうして自分はジェインの元を訪れているのだろう。理由を知りたかったからだ。存在するかどうかは分からない。理由を知りたがる癖は治らないのだ。だから同じ事を繰り返す。
仮にこの男がこういうプレイを好んでいたとして、ならばそう恥ずかしがる事はないのかも知れない。決して交わる事はないのだ。性癖の違いなど、ジェインにとっては問題にならないのかも知れない。相手を見て物事を決める場合。
彼に優しく抱いて欲しいと言える女は、この世にどれだけいるのだろう。そうしてジェイン自身が受け入れる確立は如何ほどか。
そもそも自分は、ジェインに抱かれたいのだろうか。それさえ分からない状態で抱かれている。いや、抱かれてはいない。犯されているだけだ。
「・・・悪かねぇ」
「・・・はっ・・・?」
「好きだぜ」
「・・・何」
「まず面倒がなくていいじゃねェか」
畜生の交尾ですら、もう少しマシなのではないだろうか。何の感触も感慨もなく、只そこに身体はあり、好き勝手に弄られている。
「来なきゃいいんだぜ、お前が」
ジェインの言う事は最もだ。
「嫌なら来なきゃいいだけだろ」
けど結局来るじゃねェか、お前は。なら嫌じゃないって事だ。
消去法の男に敵う術等ありはしない。簡単な選択で物事を判断する。大した問題ではないからだ。この部屋で行われている行為はジェインにとって何事でもない。サリーにっては、果たして。
覆い被さる影がまるで悪い夢のようだ。只々、されるがままのサリーは、唇に触れたジェインの親指を噛みながら、只少しだけのはずなのに、果たして何が足りないのだろうと、嘆く振りをした。