1---センテンス
にこにこと笑っていつだって笑って。誰の話だってニコニコと笑って。
不快感など誰にも見せず、きっとそれは本音も誰にも見せないって事なんだろうけど。
そんな感じで誰とでも接する彼女。どんな話でも、誰かの悪口でも気持ち卑猥な話でも、どんな話だって聞いている。
何も言わない。聞いている。笑っている。笑っている?分からない。
サリーに対する第一印象はそんなものだった。嘘臭い営業の笑顔ではなく只、笑っている。
顔立ちも悪くなく(それはザックの物差だ)印象はいいだろうと踏んだ。
『センテンス』内の女、全てを網羅したザックにとって、目新しいターゲットが紛れ込んだだけの事。別にやり捨てるわけでもなく互いに合意の上楽しんだというのがザックの言い分だ。だから揉めない。引き摺らない。
とりあえず目をつけリサーチを繰り返していた結果、得たものは、サリーの視線の先には頻度でジェインがいるという事実だ。絶対に心の内なんてものは見せず、だからといってそうそう見せるようなものでもない。だからサリーは今日も笑いながら、その場の雰囲気なんてとっくに見透かしながら、輪の中にいる。その輪は名目上スペース化された空間だ。個室から外へ出る途中につくられた、リビングのようなスペース。『センテンス』の住人は否応なしにここで顔を合わせる事となる。
入口付近に立ち、毎度の如く様子を伺っていたザックはずっとサリーを見ており、恐らくサリーもその視線に気づいているだろう。次の行動を予想する。
今、ここにいるメンツは、遅くても夜半過ぎには自室へ戻るメンツだ。二人きりになれば話の糸口をどうにか探り当てようと、沈黙は誰もが望まず、望まずとして訪れ、予期せぬ事態を招く。
サリーが又、笑った、声高々に笑った。
きっと今夜は二人きりになってしまうだろうとザックは思う。別にどちらかが恋愛感情を持っているわけもない。
サリーはきっと、誰の事も好きではないだろう。恐らくは。これはザックの見解。
そう。だから別に恋愛なんて、していてもしていなくても同じだ。どちらを選ぼうが死ぬわけもなく容易く生きてはいける。
ザックはサリーを見る。サリーはザックの視線にすぐ気づく。
サリーがザックを見た。愛想よく笑った。
もしかしたら。もしかしたら―――――未だ仮定の域は超えず。
もしかしたらサリーはジェインの事が。否、それは分からない。
案の定、夜半過ぎにばらけたメンツは自室へと戻り、後片付けを請け負ったサリーだけが取り残された。
「残ってくれたわけ?」
「え?何?」
ザックはそう言い、飲みかけのグラスを手に取る。不安定な気持ちはいつだって置き場がなく、よしんば置いたところで動かないわけもない。
ザックが振り返った、サリーが顔を上げる。
「サリーはさ、今好きな奴とかいねェの?」
「え?いきなり何?」
「いや、聞いてみたかっただけ、興味」
「ザックはどうなのよ」
「俺?俺は世界中がコイビトだから」
「うわ、出たよ」
「俺の話じゃないでしょ、どうなんだよ」
「あたし?」
どうかな、めんどいし分かんないな。
又、サリーが笑う。サリーはいつだって笑いながら曖昧な答えだけを残す。
いい加減もう飽き飽きだ。化けの皮を被ったサリーにはもう飽き飽きだ。いい加減騙すのも終わりにしようぜ、サリー。
子供染みた真似だ。サリーの言っている事は本音なのかも知れない。本音を言わないだなんて、一体誰が決めた。
「じゃどんな奴が好き?」
「ええ?」
「面食い?男は何で選ぶ?」
「ザックはあれでしょ、女は胸でしょ」
「俺は顔も結構必要だね」
「あんたこそ面食いじゃん」
「サリーは?」
「あたしは―――――」
一つ溜息を吐き出し、サリーがグラスをテーブルに置いた。
あたしはあたしを好きでいてくれる人ならそれだけでいいや。
何てお綺麗な発言を。
だけれども、その時のサリーの顔がとても淋しそうに笑っていたりしたものだから、ザックは何も言えず、サリーもそれ以上言葉を続けなかった。
きっとサリーも自分と同じだ。誰かを愛する事も出来なければ、信じる事も出来ない。自分自身が何よりも大事で、誰よりも愛していて、そうして殺したいほどキライなだけだ。
きっとよくある話だと、ザックは思った。