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わたしが綺麗になった?理由

 

 ***


 ざわざわとした会場の中、わたしが母に名を呼ばれ前に進み出ると会場内が一瞬シィンとした。

 音が失われたのではないかと、ギョッとしたわたしに今度は皆一様に驚いた。


「紅子さんですか!いやぁ、女性はほんの少し会わないだけで変わるというが本当ですな!いやはや綺麗におなりになった!」


 恰幅の良いお腹をゆさゆささせて笑いかける招待客は全て見知ったものだ。皆、大人だからわたしの存在に今まで嫌悪は見せなかったものの、どこかで蔑んでいた。

 その人たちが皆今は興味を沸かせてわたしに注目している。



 ああ!なんて!





 気持ちが悪いんでしょう!



 叫びたくなったのを無理やり堪えて、片手で口元を抑える。ああいったあからさまな態度の変わりようは気持ちが悪いだけだ。これを喜びに変換できるほどわたしが素直であるわけがない。続々と挨拶が交わされる中、この怒涛の人々ラッシュに疲れ、あからさまに興味津々な彼らを視界にいれたくなかったので下を向くと、いつからそこにいたのか、


「紅子さん?気分が優れませんか?」


 聞きなれた声が落ちてきた。


「フィ、……誠二郎さん」


「……フィ?」



 脳内のクセでついフィアンセ殿、と呼んでしまいそうになる。名前で呼ぶのにはいつまで経っても慣れない。

 ほわほわとした、なんとも平和な印象の人は、大変身を遂げた筈のわたしを見ても特に驚いた様子はなかった。

 ああ、そうだ。昔からこの人はわたしの容姿に不快感を示さなかった。ただ、見つめていた時だけすぐに視線を逸らされたけれど。麗美子嬢を口説く時もわたしの容姿を貶める発言はしなかった。そういう人なのだ。興味が湧かないのか無気力なのか。分からないけれど、わたしはフィアンセ殿が持つ空気が嫌いではなかった。こほん、と咳払いをして、わたしはフィアンセ殿に「なにか御用でしょうか」と尋ねる。わたしの問いにフィアンセ殿は苦笑をもらした。


「エスコートできなくて申し訳ありませんでした。ここからは九条氏と交代です。話を、しても良いですか?」


 困ったように頼りなく下がる眉。なんの話を?と淡々と噛み付きたくなるが少し考えれば分かることだ。この後の婚約破棄について、わたしたちは一度もお互い向かい合っていない。

 いや、わたしが故意に避けていたこともある。ダイエット中という無茶苦茶な理由でフィアンセ殿が訪ねてきても追い払った。


「……わかりました」


 いっそ何も知らないフリをしたまま、婚約破棄を言い渡されて悲劇のヒロイン、別名負け犬を演じても良いのだけれど強行的に向わせられれば、仕方ない。

 フィアンセ殿がわたしの手を取る。ゆっくりホールからバルコニーへ出ると、ひんやりとした風がほてった体を冷ました。


「それで、話とは」


 素っ気ない言葉が出る。いつもこうだ。わたしは可愛い言葉のひとつも言えない。麗美子嬢のようにコロコロと表情を変えて、鈴のような声を鳴らせば、この人もわたしになにか特別な感情を抱いただろうか。いや、どうやったって無理だろう。大体麗美子嬢と比べることに意味はない。性別は一緒でも彼女とわたしは分類フォルダが違うのだ。

 グダクダ考えていると、フィアンセ殿から視線を感じた。一瞬、マクシムの『君、泣きそうな顔してたわよ』とかいう半年前の不快な声が巡って、慌てて顔を背けるとフィアンセ殿がなにやら戸惑うように揺れる。


「いつもと違いますね、先に目を逸らすなんて珍しい」


 意外だというのを隠さない話ぶりに顔を上げた。いつもと違う、とはどういう意味だろう。


「ああ、いや。じゃなくて、そんなことよりも、」


 ううん、と首を捻るフィアンセ殿。


「……綺麗におなりになった。九条のおかげかな」


 どこか、複雑そうに眉を下げるフィアンセ殿にやはりゾクゾクと得体のしれない何かが背中を走る。それは、悪寒では勿論なく、むしろ快感に似た……


「あなたに、話さなければならないことがあります」


 危うく思考に浸りかけたとき、フィアンセ殿はいつもの緩い表情に戻ると、わたしを改めて見つめた。

 フィアンセ殿のあのどこか怯えた表情をもう見られなくなるのかと思うとやはり苛立って、ギリと歯を強く噛んでしまう。

 おかしいな、わたしにそんな加虐的な趣味はない筈だけれど。勿論、どこかの御曹司のように紐で縛ったりムチで打ったりなんてしたいとは思わない。痛いことは見るのもするのもされるのも全て遠慮願いたい、そう、至極ノーマルだ。


「待って下さい!!」


 悶々と自分の性的趣向について考えていたせいかフィアンセ殿が中々続きを言わないせいか、わたし達の会話を遮るように女性の声が響いた。


「麗美子、ちゃん?」


 ここで登場は予想してなかったのかフィアンセ殿は目が点である。

 しかし、麗美子嬢は構わず、小走りで近づくとフィアンセ殿の腕をヒシと握った。


「待って、待ってくだ、さい」


 息を切らして声を上げる。それと同時に今にも泣きそうな潤んだ瞳がフィアンセ殿に向けられて、麗美子嬢は悲壮感を漂わせながらフルフルと首を振った。


「婚約、破棄だなんて、誠二郎さん!考え直して下さい!!」


 なんだなんだ。麗美子嬢にスポットライトが見える。あのヒロイン気質は素晴らしいとしか言い様がない。対してわたしは偉そうに腕を組んで踏ん反り返っている。


「え?は、いや」


 フィアンセ殿は頼りなく言葉を探している。ほんとにヘタレだな。だが、そのヘタレ具合がまた良い。


「わたしも、誠二郎さんが好きです。だけど!」


 いきなり麗美子嬢がわたしを振り返った。強い眼差しに思わず後退ってしまう。


「…だけど、紅子さん、すごく綺麗になりました。ほんとに、すごく」


 潤んでいた瞳からとうとうポタリと涙が一筋流れ落ちた。あまりにそれが美しくて目を離せなくなってしまったわたしに構わず麗美子嬢はーーー



「誠二郎さんのためですよね?」



 ………!?








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