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月本誠二郎より悲哀をこめて。

フィアンセ殿のターンです。

 

 俺の名前は月本誠二郎。


 一人称は一応、僕、だが。何かと揉まれたので、俺とか荒ぶってみる。


 国内屈指の財閥の次男坊だ。良い歳して、財閥の次男坊という肩書きに乗せられている。

 趣味は園芸。人前では乗馬とかセレブなことをいう小心者である。


 長男は典型的な俺様体質で、俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの、この世全てが俺のもの、というようなジャイアニズムをこじらせたどうにも手がつけられない思想を持っている。だけどそれを口に出して指摘する程、俺は勇者ではない。……別にめんどくさいわけじゃないからね⁈


 兄は容姿が飛び抜けて整っている為、女性には苦労していないが、女性は苦労しているんだろう。別れ際の尻拭いはいつも俺だ。胃が痛い。多分、俺は将来ハゲるだろう。いいさ、人間諦めが肝心だ。


 兄は確かに経営手腕は一目を置かれているが、あれは自分の才能に酔っているのだ、と思う。典型的なナルシストだよね?などと酷い言い様だが別に兄が嫌いなわけじゃない。

 たまにどう接すれば良いのか戸惑う時はあるけれど。

 少し残念な兄だが、自分の会社の社員と結婚すると言い出した時は本当に残念だと思った。

 兄には由緒正しいお家のお嬢様という恋人がいたのに。だけど、まあ、当家の坊っちゃんが言い出したことだ。幸い、お嬢様は恋人止まりで正式に婚約していたわけじゃなかったからその辺は、まあ、いつも通り、俺が刺されそうになって解決した。

 そろそろ胃に穴が開くと思う。


 それにしても、女同士の争いは恐ろしい。


 正式に恋人の地位を勝ち取った娘は非常に頭が良かった。調べたところによると、一応物産会社社長の娘だが、経営はだいぶ傾いていた。与えることに慣れている兄はその娘親の会社に援助してやり、なんとか経営難から逃れたそうだ。

 別に、ここまでは良い。アリガチな話だし。

 内情を知って驚いたのは娘のしたたかさ、だ。彼女は人を使って周囲を思い通りにすることに長けていたのだろう。

 例えば、ロッカーにズタズタに切り裂かれた制服。お嬢様にやられたのかと聞かれて悲しそうに微笑むだけ。それだけで周りは勘違いする。お嬢様に覚えがなくても。

 例えば、彼女の作成したよくできた資料のひとつ。何事にも作成者の癖が出るものだ。その資料に見えた癖が別の人物のものであったとしても、彼女が提出したなら彼女のものだし、そういうことに上手く立ち回れる人物なのだろう。

 兄は全てを理解していて、笑った。


「あの女は愚かで、可愛いだろう?」


 やっぱり兄は残念だよね。なんというか歪んじゃったよね。

 まあ、本性が知れたとしても彼女はその地位のために頑張るのだろう。それはそれで良いんじゃないかな。俺は遠い目をして意識を逃すというスキルを覚えた。


 そんな俺にもフィアンセと呼ぶ女性がいる。

 なんというか、すごく個性的な子だ。

 俺より六つ歳下だが、どこか達観している。

 が、まだそんなこと、微塵も気づく筈もない初めて出会った日。

 政略的な婚約とはいえ、できるだけ良い関係を築きたいと目線を合わせた。

 彼女は、一瞬キョトンとして瞬きを何回かする。その様子は微笑ましいもので、俺は口角を上げた。良かった、なんだか仲良くなれそうな気がするーーー

 そう、俺が安堵した数秒、彼女は無表情になって、それから今度は俺を眺め、ニタァと、笑った。ニタァ、だ。綺麗な弓なりに曲がる唇。鋭い光を宿した瞳がそれを失うことなく俺に向けられる。残酷で、それでいて愉しそうな、そんな印象的な表情だった。


 ーーーあれ?これ違くない?なんかおかしくない?


 毛穴がブァと開いた気がした。将来ハゲることを予感した瞬間だった。


 それから彼女は俺を見るたび、あの不可解な目で俺を見る。そこに愛だの恋だの甘いものは一切なく、ただ、仄暗いなにかが、あった。


 これ、ダメなやつだわ。


 俺は、直感を大事にする。第一印象ではない。第一印象を終えたあとにくる直感だ。


 彼女の瞳は年々色を帯びてきた。勿論、全く甘くないが。それに比例して体型も少しふくよかになっていたけれど別にそこは問題じゃない。年々、なんというか獲物を狙う狩人の目になってきたのだ。

 逃げるしか、ない。

 俺は、兄のように女性にだらしなくもない。兄のせいで修羅場を見てきたせいで女性への憧れはとっくにない。それでも!それでも望むのは平穏な老後だ。ジェットコースターのような恋愛も、ハニーバタートーストのような甘さもいらない。ただ、天気の良い日にゆっくり水面を流れる小舟のような穏やかさが欲しいのだ。決して、狩人に追いかけられる生活ではない。


 俺は決めた。いっとくが、小心者だ。石橋は叩く前に渡らない。急いでいても急いでいなくても安全な道しか通らない。

 正式な婚約まであと半年。丁度良いタイミングで虎視眈々と金持ちを狙う兄嫁の妹がやってきた。彼女はあからさまに俺に好意を見せた。勿論、姉と同じく器用そうだ。彼女にとりあえず愛でも囁いておけば、彼女の姉のようにまた上手くやるんだろう。



「鷹宮家と婚約破棄してもデメリットしかないぞ」

 兄は愉快そうに笑った。

「分かっています。藤堂コーポレーションに手を回しました。あと、九条も動くでしょう。九条は鷹宮家との縁を強くしたがっていた。餌とばかりに食いつきました」


 俺が婚約を解消すれば、九条が後釜に収まるだろう。元々の婚約者第一候補は九条マクシムという美しい男だ。ただ性癖が有名過ぎて候補から遠のいていた。が、近年、九条の方にそうも言っていられない事情が発生したらしく再び婚約者として浮上したのだ。そして藤堂コーポレーションについては社長の諸事情を掴んでいる為、もしも鷹宮家との折り合いが悪くなれば間に立って死に物狂いで、とりもつくらいのことはしてくれる自信はある。そして、九条との関係は元々悪くない。むしろ、向こうがその地位に収まればこちらに対しても友好的になるだろう。月本家は軽んじて良い家ではないから。


「なるほど。では婚約解消してもこれまで通りだと」

「ええ。向こうも約束を反故したところでうちを敵に回すだけです。鷹宮家には話をつけました。元々、婿候補のひとり。脱落した所で問題ないでしょう。ただ……」

「ただ?」

 鷹宮家当主の妻である百合子さんは、艶やかに笑った。

『あの子が拒めば、婚約破棄は致しませんわ。どんな手を使っても貴方はあの子のフィアンセ殿でいてもらいます。ああ、簡単に受け入れればそれはそれでかまいませんわ』

 あの時の百合子さんを思い出して眉を寄せる。紅子さんと俺の間に恋愛感情のようなものはない。お家同士の問題もないなら婚約破棄に否という理由が見当たらないのだ。

「くくっ。面白い。おまえはずる賢いが、少々残念だな!俺も百合子殿の意見に賛成だ。おまえはいつも保身に走る。逃げても無駄だと思うが、まあいい。あの、おまえのフィアンセが、真由美の妹如きに遅れをとるとも思えんしな」

 だが、あれもあれで中々…などと兄はニヤニヤしながら呟いている。残念な人は兄だと言いたい。真由美、は兄の嫁である。その妹を利用することに兄は全く反対しなかった。

 彼女と結婚する気はないがしばらくその気でいてもらおう。扱いが酷くて申し訳ないが、彼女は上手く人脈を渡り歩いて俺より良い男を捕まえるに違いない。

 あの欲にまみれた瞳には嫌悪も興味も全く湧かない。


 けれど、


 彼女の、フィアンセ殿の瞳にはなぜあんなにも焦燥を掻き立てられるのだろう。

 捕まれば、戻れない。そんな気がする。


 ああ、そうか、俺は捕まるのが、こわいのだ。




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