わたしが諦める理由。
シリアスです。不快な表現があります。
愛だの恋だの、甘ったれた幻想を語るつもりはない。
うちの母も父も政略結婚だった。幼い頃から父の顔は年に二度、見れば良い方だった。父の顔を見るのは姉二人の誕生日の日だ。わたしの誕生日を祝ってもらった記憶はない。
わたしが幼い頃母は、わたしを見ると必ず機嫌が悪くなった。父がこの家に寄り付かないのはわたしのせいだと思っているのだろう。他にも理由はあるだろうが、毎回わたしを見てため息をつくからわたしはそれを見たくなくて母を避けていた。この広い屋敷にこもれば一緒に住んでいるはずの母とも意図せれば会わずにすむ。部屋付きのバス、トイレ。冷蔵庫に簡易キッチン。そのへんの一人暮らし用のアパートよりも立派な個室。それに使用人というものがリアルに存在する為、生活に必要な事は部屋にいても成り立った。
恨みつらみをいうつもりはないが、わたしがぶくぶくと肥えた一因はこの家庭環境にあると思う。
一番上の姉は存在感のある美しい人だ。正義感が強く、常にカリスマめいたリーダーシップを発揮していた。
二番目の姉は、儚気で大和撫子を地でいく美人だ。いつも優しく穏やかな笑みを絶やさない聡明で気配りのできる人。
二人は勿論、男女問わず信望者ができる程に人気があった。
けれど、どんなに外面が良かろうが鷹宮家の一員なのだ。よくできた特大の猫を飼っているのはデフォルトである。
ーーーあれはわたしがまだ中等部。姉たちが高等部の頃。
「あの女!わたしがやると言ったらやるに決まってるのに!意見しやがった!あー、気に入らない!!ブスのくせに!コロスコロスコロス」
髪を掻き毟りながら苛々と声を上げるのは一番上の姉だ。三年の姉は生徒会を引退するが新しい副会長に任命された女子がお気に召さないらしい。
「下僕を使ってマワすか。煩い女はギャーギャー喘いでればいいんだよ!」
キャハハと笑う姉は狂気じみていた。我が姉ながら、どっぷりと悪役にハマっている。
「なにみてんの?目障りだから消えろよ!」
姉はわたしの髪を引っ張ってリビングから真冬の外へ突き出した。すごく寒かった。
また、ある日。
「……確かに彼女だったと思いますの。でもそんなことあるはずないですわ。だから、わたし、……信じてますの。きっとこれは全てただの勘違いだって」
初めは声を震わせ潤んだ瞳で頼りな気に、最後は意志の強さを感じさせる瞳で気丈に言い切る。どこぞのヒロインを演じるのは二番目の姉だ。観客は生徒の大半。そしてたまたま高等部を通りがかったわたし。
どうやら、姉の身辺で最近物が失くなるなどの被害が相次いでいるらしい。そして犯人は学年一番の美男子の彼女だそうだ。
その彼女は青褪めた表情で、わたしじゃない、と震えているが観客はすでに姉の味方だった。
それから先の成り行きを詳しくは知らないが、その女生徒はひどいイジメを受けて退学し、彼氏は姉の物となった。
犯人が彼女であったかどうかは疑わしい。けれど犯人を彼女にする力を姉は持っていた、彼女は覆す力を持っていなかった。ただそれだけの話。
「ふふふふふ、馬鹿な女!だけどスッキリしましたわ。あー、次のオモチャは誰にしようかしらー!」
楽し気に足をバタバタさせて、姉は普段から想像も出来ないほど皮肉気に口を歪め、目を爛々と輝かせて笑っていた。わたしは見つからないように逃げた。あんな時の姉は機嫌が悪い時よりもしつこいのだ。
引きこもっていたわたしだが勉強だけはよく出来た。いや、むしろそれさえ出来なかったならとっくに見捨てられていただろう。
なにがいけないのかはっきりとは分からなかったけれど、わたしのこの陰鬱な空気は誰もが不機嫌になる。
わたしは諦めることを覚えた。
期待するから、傷つくのだ。初めから期待なんてしてはいけない。
父にも母にも姉達にも。けれど、姉達の犠牲者は増やしてはいけない。高等部の副会長さんも、美男子の彼女さんも、姉達が裏で回す悪事の被害者にできる限りの助けはした。ただの偽善ではない。鷹宮家の女がある種独特の価値観と思考を持っているとするなら、わたしは出来る限りそれに抗いたかったのだ。
ハッキリと距離を置くと、なぜか母と会話することが増えた。大半は盛大な嫌味だが。おかげでわたしの聞き流しのスキルはめきめきと上がった。
姉達はわたしに綺麗さっぱり興味をなくしたようで、姉達が社会人になってからは特に会話をしていない。
父?なにそれ揺れるの?
諦めることには慣れてきたのに。
なぜか。毎年贈られるフィアンセ殿からの誕生日プレゼントはどんなにそれが儀式的なものであっても嬉しかった。来年から貰えないのかと思うとひやりと温度が下がっていく気がする。
彼の隣に並ぶのは誰であってもよいが、彼の帰る場所がわたしでないのは悔しくなる。我ながら気持ちの悪い女だと息を吐いた。