わたしの気持ちが着地点を定められない理由。
まさか次の候補がマクシム……だと⁉︎まて、マクシムは確かゲイの筈だ。
「ま、マクシム!ちょ、それは……」
「君、選べる容姿でも身分でもないでしょ?大体さ、私にしとけば無難でしょう?私も君を隠れ蓑に好き勝手できるし、君だってある程度自由にしてあげるわよ」
マクシムは何が不服なの?と理解できないかのように眉を曲げる。そうだ、条件だけみたら悪くない。マクシムのように美しい男は嫌いだが、マクシムがわたしに手を出すことはないだろうし、知らない仲じゃない。むしろ、フィアンセ殿よりも人となりを知っている。だが、残念なことに、
「マクシムのお母さん、ブサイクなものが何より嫌いな筈。わたしは論外だと」
マクシムの母親は美しい。マクシムの美貌は母親からきっちり受け継いでいる。マクシムの母親は美しいものにしか興味ない。しかも性格も悪い。うちの母親も美しいし、性格が悪いから気が合うのだ。
「ええ。だから、半年あげるわ」
マクシムはムニムニとわたしの頬肉を掴んだ。
「半年で痩せて、目に映るレベルにしなさい」
百合子さんの娘だから、元々の素材はきっと悪くないわよ、とマクシムはウインクした。
百合子、はわたしの母だ。母は美しい。だけど白鳥の子供が白鳥だとは限らないじゃないか。
黙り込んだわたしに、マクシムはやれやれ、と小馬鹿にしたように息を吐く。
「それとも婚約者君に泣いてすがる?君、気付いてないかもしれないけど、あの二人をみてからずっと泣きそうな顔してるわよ。馬鹿な子ね。平気なふりして」
なにを、馬鹿な、
「好きだったんでしょ?婚約者君を」
足が、体が、ぶるりと震えた。
***
自室に籠もって、ベッドにダイブする。使い慣れたクイーンサイズのベッドはわたしの体重に悲鳴を上げた。
クラクラとする頭が不快だ。
終始、フィアンセ殿の隣にいた麗美子嬢の可愛らしい笑顔も不快。
わたしを一度も見ようとしなかったフィアンセ殿も、品定めする母も、空気の如く扱う姉達も、何より、あの、見透かすような瞳をしたマクシムも、言い放った言葉も不快で、力の限り叫びたくなった。
わたしがフィアンセ殿と出会ったのは7つの時だ。
まだわたしが太り過ぎていない頃。ブスでも牛乳眼鏡でもない頃。
それでも、出来の良い姉達を持つわたしは必要以上に冷めたガキだった。
世界が、なにもかも気に入らなかった。与えられるものに何一つわたしのものは、わたしだけの為のものはない。いらない子だと、言われているようだった。
そんな時、紹介されたわたしの《フィアンセ殿》。
「はじめまして、紅子さん。僕と仲良くしていただけますか?」
なんのひねりもない言葉、少しはにかんで首をかしげた、ただそれだけのあざとい仕草に、
わたしは、悪寒とは違うゾクゾクとしたなにがが背中に走るのを感じた。
フィアンセ殿はこの時13才。礼儀を知らぬ歳ではない。まして財閥の息子となればそれなりの英才教育を受けている筈。だけど、難しい言葉を使わず、目線をわたしに合わせ、わたしに歩み寄ろうとしてくれたこの人に悪意を抱く理由もない。それに、
この人は、わたしだけのもの。
歪んでいたのだろう。今でも充分歪んでいるが。
恋愛要素などない。年に一度の再会で愛が育まれる筈がない。
だけど、それでも。
わたしには彼だけだったのだ。
好きとか、嫌いとか、そんな甘い言葉じゃない。
一番近い言葉は、そう、執着、だ。