わたしが半年前なにをしていたかというと。
***
わたしは鷹宮家の令嬢、鷹宮紅子。家は途方もなくお金持ちである。わたしは三人姉妹の末っ子で、別に甘やかされまくったとかそういうことはない。
姉二人は美人で才能豊かであり、当家ご自慢の姉妹である。反対にわたしは小学卒業間近からぶくぶくと太り、顔には吹き出物、容姿に頓着なかったため髪の毛はボサボサ。牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけていた。その内コンタクトレンズにしたけれど、メガネをとっても美人にはならない。
頭は悪くなかったが、やはり結局容姿なのだ。特に姉達が才色兼備なだけ、わたしはとにかく蔑まれた。
しかしながら、お家だけは立派である。代々続く名家で、政治家家系でもあり、曽祖父は総理大臣も務めた。親は政治家ではないが、母親は航空会社の創始者の孫で自身は元フライトアテンダント、現在は引退して悠々自適に過ごしている。父親は大手グループ企業のトップ経営者。一番上の姉は国会議員に選出された。二番目の姉はフィアンセの経営する会社の秘書をしている。
わたしは、といえば日本の最高学府に入学し、今年卒業予定だ。
研究ばかりしていたからか世間の流行にも疎い。勿論、友達はいない。
そんなわたしにも幼い頃からフィアンセというものがいる。
国内屈指の財閥の御曹司である。年齢はわたしより六つ上だ。そこそこ整った容姿をしているけれど、年齢よりもオッさんくさい。そして、なんとなく印象の薄い人だ。地味、というか、なんだこのヘタレ、というか。多分、将来ハゲると思う。吹けば飛びそうな容姿をついついジッと見てしまう。物腰柔らかな人だけど、なんとなく苦労してそうな悲壮感がある。こう、よく分からないけど食指をそそる人だと眺めれば、その度、フィアンセ殿は至極微妙な顔をするが別にわたしの胸の内はバレてないだろう。
一年に一度親戚を招いての食事会にフィアンセ達が呼ばれ、交流を深める。食事会といっても、お偉い方の近況報告や腹の探り合いが主で定例会のようなものだ。
わたしとフィアンセ殿など一言二言交わすだけで、恋愛要素などない。彼はわたしのことを何とも思っていないだろう。
大体わたしと子作りしたいと思うわけがない。こんなんで夫婦になんかなれるのかと思わないでもなかったけれど、姉は「貴女みたいなのが嫁ならまともな男はよそに女を囲うわよ」と言っていた。成る程、醜聞さえ起こさなければ問題ない。
大体、一年に一度の再会。その一度を待ち焦がれる程わたし達は感情豊かでも、暇でもないのだ。
そして、年に一度の食事会の日、親戚も集まりわたしは一年ぶりにフィアンセ殿と顔を合わせた。
彼の隣にはなんとゆうか、とても華奢で可憐な女性がいた。フィアンセ殿の兄の嫁の妹だそうだ。兄嫁の代わりに来ただと。呼んでないがな。
「麗美子さんとおっしゃるの?ご趣味は?あらまぁ、ピアノをなさるのね!うちの子も皆習わせましたわぁ、どの子も嗜む程度ですけど。そのお着物、冷泉先生のではなくて?とても素敵だわ。ええ、先生の作品は着る方を選ぶ型だからうちの子には似合わなくて。麗美子さんにはよくお似合いね。お料理は口に合うかしら?麗美子さんはとても少食ねぇ、あらそう?じゃあ太らない体質かしら?羨ましいわねぇ、紅子ちゃん」
母がフィアンセ殿が連れてきた麗美子嬢とやらにしきりに話しかけている。母が一人で喋っているようだが、麗美子嬢はちゃんと返答しているようだ。か細い声なので聞こえないけど。
そして、最後の一文に悪意を感じる。
母は、フィアンセ殿の隣に当たり前のように付き従う麗美子嬢に、何やら勘ぐっているのだろう。時々、目線がいつもより更に険しい。言葉も優しく非常に好意的な笑みを添えているが、母に近しいわたし達からすると、『ピアノなんて誰でもやってるわよ。にしてもやっぱり先生の作品は保守的ねぇ、古風な貴女にはよくお似合いよ』だ。最後の太らない云々はわたしへのただの嫌味だろう。麗美子さんは嬉しそうに微笑んでいる。母の性格の悪さは常に着ている超特大の猫のおかげで全くバレていないようだった。
うちは三姉妹だから、婿を迎えなければならない。今の所長女のフィアンセが婿養子に来る予定で、子会社を任せているが最近業績が伸び悩んでいるらしい。母は婿が分相応でなければすぐに取り替えがきくよう、姉妹のフィアンセの内誰が婿になっても良いお相手に厳選しているのだ。
勿論、そこにわたし達の感情はない。こんな家でまともに育つ方が無理である。
今、母は麗美子嬢を飛び越えてフィアンセ殿を品定めしている。
わたしは心の中で面倒くさいことにならなければ良いなぁと思いながら、ステーキにかぶりついた。
それから、数時間後、麗美子嬢がこの鷹宮家の庭園を見たいというので(それが見たくて無理を行って来させて頂いたとかなんとか)フィアンセ殿に案内させた。
中庭は食事をしている大広間を出たすぐだから迷うことはないだろうけど。
わたし?わたしには関係ない。自分ちの庭なぞ何年も見ている。
「紅子、行きなさい」
わざわざ時間を置いて、母がわたしの横腹を握って言った。そこ痛い。不満気に眉を寄せると、にっこりと隙のない笑顔の母がぐいと近付いた。
「あの娘、小物じゃないわよ。誠二郎君はあの様子じゃ時間の問題ね。紅子とあの娘じゃ容姿も性格も勝てるわけないし、家のことがストッパーになってるだけ。今夜そのストッパーも外れるだろうからこっそり覗いてきなさい」
キラリと母の瞳の奥が光る。誠二郎君、はフィアンセ殿の名前だ。彼と麗美子嬢がどうだろうとどうでも良いんだけど。と言いそうになるのをなんとか堪えてフルーツジュースで流し込んだ。この家で母の命令は絶対、なのだ。
小物でも着物でもなんでも良いじゃないか。食べ物の方が断然楽しいのに。