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わたしが彼を手放せない理由

 

「マクシム、腕を放して」


 わたしはマクシムを見上げた。その瞳に僅かに困惑が走る。


「わたし、フィアンセ殿ときちんと話をしていない。だからそのせいでこんなややこしい事になったような」


 マクシムの台本がどんなものかは知らないけれど、元々わたしがフィアンセ殿と向き合っていれば此れ程こじれなかっただろう。……多分。


「……ふぅん。良いわ、いってらっしゃい」


 やや間をおいてマクシムはわたしの腕を離した。

 珍しく不機嫌さを隠さない表情にわたしは思わず目を丸くした。

 かける言葉は特に思いつかなかったけれど、氷の溶けた麗美子嬢がマクシムへ今にも突撃しそうだったので、とりあえず二人でゆっくり話し合えばいいと思う。


 フィアンセ殿に手を引かれながら広間への扉を通る。

 一種独特のむわりとした会場の空気にため息を押し殺してフィアンセ殿を見上げた。


「……色々と、すいませんでした」


 フィアンセ殿は頼りなく眉を下げてわたしに謝まった。

 その謝罪の理由についてよりも、さっきまであれだけ饒舌だったのが嘘のように言葉を探すフィアンセ殿に、この人を泣かせてみたいと物騒なことが過ってしまった。やはりフィアンセ殿の表情はどうにもいちいちわたしの感覚の何処かを刺激する。


「いえ。お気になさらず」


 わたしはゆっくり首を振った。


「…麗美子ちゃんが遠藤さんの所縁の者だと知ったのは最近です。九条さんとの関係を目撃したのも本当に偶然でした。件の企画については耳に入っていましたが、それと取引していたのが遠藤さんの会社です。かなりの不利益が出たそうですよ。九条さんに近付いたのは恨みもあるかと思いましたがどうも違ったようですね」


 苦笑するフィアンセ殿に、わたしはそういう事だったか、と頷く。遠藤氏が麗美子嬢を使ってどうしたかったかはわからない。わたしとマクシムの婚約を阻止するためか、それとも九条の弱味でも探るためか、いっそ取り込む気だったのなら見事だけれど。まあ、多分麗美子嬢のあの様子では本気でマクシムに心を奪われたのだろう。マクシムもさっきのは独断だろと言っていたし。わたしにマクシムを渡したくない、だからフィアンセ殿と元サヤに戻ってね、ストーリーは考えたよ!みたいな感じか。にしても未完成過ぎる気がするけれど。あんなもんなの?あとさ、藤堂コーポレーションのドエス紳士はスルーなの?第二候補だから、いずれはそこにも手を出すつもりだったのかな、遠藤氏。


 それにしてもマクシム、男には懲りたのだろうか。九条の企画が漏れた、と言ったが漏れた出処はマクシムらしい。盗んだのはマクシムの当時の彼氏だ。詳細は知らないが、マクシムは相当堪えたらしい。アホだよねーマクシム。

 遠藤氏もマクシムもわたしと結婚することで失態を帳消しにしようとした。わたしがどんなに姉妹の出来損ないでも、鷹宮という名前は其れ程魅力的なのだ。馬鹿らしいがそういう世界なのである。



「それでフィアンセ殿はこれからをどうお考えですか」


 結局、この人は麗美子嬢とどうしたかったのか。ああ、フィアンセ殿と言ってしまったけど、まあ良いだろう。この人は紛れもなくまだフィアンセなのだし。

 わたしの言葉にフィアンセ殿はパチリと瞬きする。

 背景だけは立派なわたしの嫁ぎ先は競う程あるのに、その筆頭であるこの人はいとも容易く捨てようとしてくれる。



 そう考えてーーーー



 過った思考に思わず、声をあげて笑いたくなった。少し口の端が上がったかもしれない。フィアンセ殿の目が戸惑うように揺れている。それは初めて出会った時とよく似ていた。


 ああ、今分かった。フィアンセ殿を見ていて時々浮かぶ衝動は、この取り繕った表情を剥がしたいのだ。


 わたしは、フィアンセ殿の手を強く握りしめた。


 自分に与えられたひと。どれだけわたしが醜くても離れないひと。『鷹宮』を簡単に切り捨てられるひと。



 わたしはこの手を手放せない。


 理由は初めから自覚している。フィアンセ殿、どうやらわたしの執着は思ったよりも強いらしい。

 今までわたしは選ぶ立場ではなかった。わたしがわたしで選び取るものなど無いに等しい。

 こうして痩せたのもわたしが痩せたかったからじゃない。マクシムに痩せろと言われたからだ。

 そのくせ、いつもうだうだと不満を抱えるわたしに好意的な感情が寄せられる筈がない。性格が悪いのは折り紙付きなのである。

 脳裏によぎったマクシムに何故か馬鹿にされた気がしたけれど、まあいいかと追い出した。




「……失礼。やはりあなた様の意見は聞きませんわ。さぁ、《発表》しましょう?祝ってもらわなければ。わたし達の新しい門出を」


「え?え?」



 明らかに狼狽えるフィアンセ殿ににっこりと笑う。

 今までにない、晴れやかな気持ちだった。








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