美貌のオカマが怒る理由
もう、これ以上登場人物を増やしてくれるなよ。わたしは基本、社交的ではない。友人なんて片手でも余る。頭が良いからといって人の名前を覚えているとは限らないし、第一わたしの知能は興味のあることだけに偏っている。
「君の婚約者第三候補よ」
呆れたようにマクシムが助け舟を出してくれた。まだ怒っているけど。なんで怒ってるんだ、マクシム。あなた髪がメデューサみたいになりそうで怖いんだけど。
ん、婚約者第三候補…それはつまり、
「保険金さつじ……」
わたしの言葉はマクシムの手のひらによって最後まで告げることなく遮られた。
マクシム、苦しいんですけど。
「君、ちょっと黙ってなさい。いいこと?この娘はね、遠藤氏の一番目の妻の子供よ。フィアンセ君の兄君のお嫁ちゃんとは種違い」
つまり、兄嫁母は兄嫁を産んで離婚して遠藤氏と結婚して麗美子嬢が産まれたと。ややこしい。けれど、だとすると母君はもうこの世にはいないということだ。
フィアンセ殿は遠藤氏と麗美子嬢の関係性は知らなかったのか驚いているようだった。
「フィアンセ君は愛人か何かだと思っていたのでしょうけど。まあ、仕方ないわ、限られた一部しか知らない話だし。遠藤氏ね、最近取引で大損をしたのよ。それで、その穴埋めをする為に自分が紅子と結婚したかったわけ。その為にはフィアンセ君は邪魔だし?都合の良いことに娘の義理の姉がフィアンセ君の兄嫁になっていると知ってぼんやりしたフィアンセ君を誑かそうとしたわけ。上手くいきそうだったのに今度は私よ。フィアンセ君と紅子の婚約破棄はもう水面下で進んでいたから私をどうにかしたかったのよね?つきまとわれるのすっごい迷惑だったわー。私が靡かないものだから、どうするのかと様子を見てたんだけど。駄目ね、今日は完全に独断でしょう?お父様は本当はどうしたかったのかしら?君さ、一体どうしたいの?」
マクシムのダークグレイの瞳が冷たく細められた。
「君みたいなガキに名前呼ばす程、私寛大じゃないんだけど」
ああ、マクシム。そこに怒っていたのか。
「……っ!ひどいよ、マクシム!私達、あんなに……!」
麗美子嬢は大粒の涙を浮かべて気丈にも真っ向からマクシムに向かい合った。
私達……あんなに…??
マクシムは絶対零度の瞳のまま無感情に口を開く。
「一回ヤッたくらいで調子乗らないでくれる?」
「「えー、引くわー」」
しまった。心の声、こらえきれず。
だけど、ハモったような。右を見ればフィアンセ殿だった。
「…君たち。後で覚えてなさいよ」
マクシムが盛大に舌打ちした。
「私、本気だからね!マクシムを絶対諦めない!あんたなんかにやらない!」
麗美子嬢が私を睨む。
「仕方ない、コロスわ」
ぴき、と青筋を立てるマクシム。右には引いたままのフィアンセ殿。なにこれカオス。
この収拾のつきそうにないクレイジーな状況に流れたのは広間からの拍手の音だった。
どうやらスピーチが終わったらしい。
わたしとフィアンセ殿は自然に目を合わせる。
婚約破棄、婚約発表。
二つの選択肢がパネルで現れた気がした。
「……とにかく行こう」
わたしの手を引くフィアンセ殿。
「どうする気」
それをマクシムが止める。
「裏側が見えても婚約破棄は決まってるんでしょ。あのバカ娘のこと好きなのよね、持って行きなさいよ。紅子は私が連れて行くわ」
「九条さん。ここは引いて下さい。事態は思ったよりややこしい」
「だから?面倒くさい背景は最後にサラッと流して終わりよ。それよりも今日の紅子は私の隣に並ぶ為に有るのよ。お坊ちゃんの隣じゃないわ」
「九条さん、去年は大変だったそうですね。あの企画を潰すのに僅かながらウチも助力したことはご存知ですか?それにしても、していることは遠藤さんも九条さんも変わりないように見えますね」
マクシムに一歩も引けを取らないフィアンセ殿の言葉にマクシムが目をスゥと細める。冷気が再び。
ああ、フィアンセ殿、マクシムが婚約者候補に名乗り出た理由を知っていたのか。極秘扱いだったたけれど流石、月本家、といったところだろうか。
かくゆう私も一応は鷹宮の一員だ。役割を果たしてなくても独自のルートは持っている。去年九条の企画の一部が漏れ、盗まれるという事件が起きた。原因はマクシムにある。盗まれた企画は九条が全力で潰したらしいけれど、今回の婚約はそれの尻拭いの為もあるらしい。
わたしの腕を取るマクシム。
右手はフィアンセ殿、左腕はマクシムに。これは人生初の奪い合いというやつなのか、そうなのか。奪い合っているのはどうやら私自身ではないがな!どうでもいいからこの精神にくる寒冷地帯をどうとかして欲しい。
「……ぼんやり坊ちゃんじゃなかったみたいね。良いわ。紅子、君が決めなさい」
マクシムとフィアンセ殿は静かに睨み合ったまま。わたしはマクシムの声に悪態をつきたくなる。
どうもこうもない。