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短編集

人はあの誘惑から逃れられない

作者: 試作ノ山

「ああ、眠い……」

 鬼龍鈴は徐々に重くなりつつある瞼を、必死に開けようとするが、抗えない。

 そして彼女は、深い深い眠りへと……。

「寝るな、死ぬぞ! 眠ったらそのまま終わっちゃうぞ」

 誰かが、大げさに叫び、彼女の眠りを妨げようとする。

「ここ学校だよ、しかも春。ぽっかぽっかだよ。暖かいよ」

 優しい光が、窓から差し込み。彼女の体を包み込む。

「ダメだよ、起きなきゃダメなんだよ。じゃないと大変な事に」

「煩いなあ、黙っててよ……」

 鈴は、その声に耳を貸さず、次第に眠りの中へと誘われていった。

 声は、何時の間にか聞こえなくなった。

 そして、何も、聞こえなくなった。


 鳴り響く鐘の音、俗にいうチャイム。あるいはキーンコーンカーンコーン。

 その音で、彼女は目を覚ました。体をゆっくりと伸ばし、息を大きく吸う。

「ううん」

 ああよく寝た、そう言いたげな彼女を、クラスメイト達が見つめている。数学担当の八島も、彼女を見ている。

 その事に気が付いた彼女は、何があったのか、よく分からなかった。

 が、視線を下に移した時、すべてを理解した。

 名前と、第一問目に取り掛かったばかりの試験用紙、そして鳴り響いた音の意味。

 決定付けたのは、八島の一声であった。

「はーい、後ろからプリント集めて。ちなみに赤点だったら追加課題だからな」

 八島はあえて鈴のほうを見ながら言う。

 彼女は紅い斑に染まる試験用紙を目に浮かべながら、自身の死を理解した。


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