桜
『おっきくなったら、また絶対ここで会おうね!』
『うん!! 約束だよ!』
10年前、満開の桜の木の下で、俺とあいつはお互い約束した。
大事な大事な幼馴染。引っ越すことになってしまったって、いつかは会える。そう信じて、俺たちは確かに約束したんだ。
「今日もいい天気だなー」
太陽はぽかぽか。風は穏やか。今日は絶好の花見日和だ。俺は急ぎ足で約束の桜の木の下に向かう。きっともう彼女は来ているはずだ。
「すまん、待っ「待ちくたびれたー!」
お約束の言葉を遮った彼女は言葉とは裏腹にとても嬉しそうである。
「なんかいいことあった?」
「今日もあんたに会えた。幼馴染としてじゃなく、彼氏彼女として」
「なっ……さらりと恥ずかしいこと言うなって」
彼女の笑みが直視できない。
「10年前に分かれて、またあんたと出会えて、告白して、恋人同士になって……私は幸せなんだなーって」
「お……おう……」
返す言葉が見当たらなくて、口ごもる。
「大事な話があるの」
突然彼女は真剣な瞳で俺を見た。
「ずっと、今日まで隠してた。信じられない様な話だけど……信じてくれる?」
「もちろん、約束する」
俺の言葉を聞いて、彼女はゆっくり微笑み、はっきりと言った。
「私はもう、この世にはいないんだ」
「……どういうことだよ、それ……」
嘘だと思いたいのだが、彼女の表情は真剣そのもので、嘘と思えない。だいたい、これが嘘なら俺がこんなに動揺している時点で『なーんちゃって、てへぺろ☆』なんていう可愛いポーズとセリフのサービスぐらいしてくれても良いわけで――
「初めてあんたと会った時のこと、覚えてる?」
「もちろん。子どもの頃、この桜の木の上で泣きじゃくってたお前に声を掛けたら、びっくりしたお前が降ってきた」
「あの時にはさ、あたしもう死んでたの。父さんも母さんも私も事故で死んだのに、私だけ幽霊になっちゃったんだ。声を掛けられてびっくりしたのは、あんたが私のことが見えてたから」
あの時は本当にびっくりしたなー、なんて言って、彼女は笑った。
「で、でも……降ってきたお前は、実体だったじゃないか。今だって、触れられる! 温かみを感じられる!!」
「10年前、私は引っ越すって言ってあんたとバイバイしたけど、実際は違うの。あの時、私はもう消えかけてた。ううん、実際一度、消えたの」
俺の言葉を無視して、彼女はゆっくり話し始めた。
「けどね、それから私頑張ったんだよ。実体を失ってもここにはいられたから……一生懸命この桜にお祈りして、この間、10年ぶりにあんたと出会ったあの日、私は成長した実体を再び手に入れた」
まあ、私は10年ぶりじゃないんだけどね――彼女は少しはにかみながら呟いた。もし彼女の話が本当で、ずっとこの桜の木の傍にいたのなら、確かに俺とは10年ぶりではないはずだ。
だって、俺は彼女と別れたあの日から毎日ここに訪れているのだから。
「ずっと、ずうっと待っててくれたんだね。ありがとう……」
涙ぐみながら俺にそう言った彼女が続けて言った言葉を、俺は一生忘れない。
彼女にあの衝撃の事実を告げられてから3年。今日も俺はあの桜の木に向かう。
「すまん、待っ「待った!!」
まるで3年前のあの日と同じような会話だ。今日も彼女に会えたことが嬉しくて思わず顔が綻ぶ。
「どうしたの?」
「いやぁ、3年前にあんな泣きながら桜の咲いてる間しか私は実体を持てないのとか言ってたのを思い出して。次の年に桜の木の下にお前がいるのを見た時はびっくりしたわ」
「いやぁー、あれは私もびっくりしたよ。桜の咲いてる間だけ実体を持つってのが毎年だったとは……」
照れくさそうにそう言った彼女によほど自分のことだろ!? と突っ込みたくなったが、今日はそれどころではないので止めておく。
「ところで……大学の方はどう?」
「ああ、今は植物の研究中だ。いつか作りたいものがあるんだ」
「作りたいもの?」
「そう――1年中咲く桜を俺は作りたい。この桜の木を元にしてな。そしたら――」
途中から照れくさくなって口ごもった俺を見て、彼女はそっと微笑んだ。
「じゃあ、約束だよ――? いつかまた、桜の木の下で」
桜の季節は終わってしまいましたが投稿!