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「そうよ、千鶴だって私が声を掛けてあげればすぐに元に戻ってくるわ!
何だって私の手に入るのよ!何だって私のものになるのよ!」
正直、私はこの人を知らない。
なにがどういう環境でこうな風に育ったのかが知らない。
きっと彼女は失う事を知らないんだ。
「…なんでも、自分の思い通りになると思ってるんだね」
彼女はムクリと起き上がり、こっちを見てきた。
「そうよ…そうなるのよ、何だって私の思い通りになってきたのに!!!何で武藤君は!なんでアンタは!
ちっとも思い通りにならないのよ!!」
彼女は気づいてるはずなんだ。
ただもう引き返せないと思っているだけ。
「貴女が武藤君に惹かれたのは思い通りにならないから。きっと羨ましかったのよ。
自分に媚びずに自分の意見をハッキリ言える彼が」
だから、惹かれて手に入れたかったのさ。
でも。その後は?
もし、貴女が武藤君を手に入れてもきっと…
きっと飽きて次を探すのでしょうね。
満たされないのよ。結局は。
だって、愛されてないもの。
「…最初はそうだったかもしれない、でも私は好きなのよ!何を捨ててでもいいくらいに!本当にそう思っているのよ!!」
だっと彼女が起き上がって向かってきたと同時に右腕に激痛が走った。
「ああっ!!」
ぽたり。
彼女が両手に持っていたナイフから血が滴り落ちる。
傷口を押さえても痛い。
痛いなんてもんじゃない。
刺されたところが熱い。
「だから…わ…私は、消すのよ、アンタをそしたら…!!」
「そしたら!!武藤君がアンタを見てくれるって言うのか!!ふざけるのもいい加減にしろ!!!」
頭にきた。刺されたのもだけれど、
好きだの嫌いだの未だによくわからないけれど、
べっとりと付いた左手の血なんかもう関係なかった。
私は左手で彼女の胸倉を掴みあげた。
「アンタ!周りの人間の気持ち考えたことがあんのか!どんだけ苦しめてきた!どんだけ傷つけてきた!
あんたがやってきたことが全て正しいと言えんのか!!」
「…そ、それは…」
私から目をそらす彼女が許せなかった。
「私の目を見て言いなさいよ!!アンタがわがままにするのは結構よ!でもね私の大切な人たちをこれ以上傷つけ苦しめるって言うんなら私はアンタを許さない!」
右手で彼女が持っていたナイフを掴む。
握った刃から血がとめどなく流れ落ちる。
「…ひっ」
わかっている筈だ、私を刺したときに怯えたアンタなら。
怖かったアンタなら。
自分がしてきた事の善悪ぐらい。
どこかで悪かったと、思っていて欲しい。
そしたら私はこの人を許すことが出来るんだきっと。
長い時間に感じた。
私も彼女も何も言葉を発さなかった。
本当は一瞬だったのかもしれない。
突如聞こえた外部の音に二人でそちらに顔を向けた。
「ま…まさか本当に刺したんだ…!やばい奴とは思ったけど…わ、私たち知らないからね!全部アンタがやったことなんだからね!!」
そういったのは顔を真っ青にした女数名。
ああ、この人の『友達』のはずだ。
ぱっと手を離したと同時に彼女が一歩動いたとたん『友達』達は血相を変えて逃げていった。
「…あ…」
何かを言おうとした彼女は悲しそうな顔をした後に口を噤んだ。
こうなることは、目に見えていたはずなのに。
誰も彼も目の前で人が刺されたり、血を流している人間を見たら怖くなる。
カランとナイフの落ちる音が虚しく響いただけだった。




