第十三話:幼稚舎の面接~旧友との再会
>>薫
お姉様の懐妊が解って喜んだのも束の間、今度は葵姉ちゃんが3人目を妊娠したと発覚したので、この年の春から夏に掛けては僕にとって色々と忙しい時期となった。
そして去る8月19日、お姉様が長男となる慶征君を出産。来る10月下旬から11月の初旬には葵姉ちゃんも女の子を産む予定となっている。
二人の姉を見舞う一方で、桜の幼稚園の話も僕は同時平行で進めていた。
学費等の負担は重く伸し掛かるかも知れないが、勝手も解っているし親しい人の伝手もある聖リリカル女学院付属幼稚舎に桜を入れたい、と和樹に相談した所、
「それで良いんじゃないか?」
と、思いの外あっさりと彼は快諾した。それだけではなく、
「これから昇給する予定もあるし、いざとなれば俺の実家から援助を受ける事も出来るだろ。金の心配はするな。」
と頼もしい事まで言ってくれた。
そうか、普段は家の事にはとことん無頓着なこんな旦那でも、案外家族の事を慮っているのか、と僕は久々に彼に惚れ直したが、
「じゃあ、お前に任せるから。」
という彼の最後の言葉で一転して幻滅させられた。結局面倒臭いから此方に丸投げですか、そうですか!
まあそんな訳で、杏子様やお姉様等の先輩ママ達に指南を仰ぎつつ、僕は幼稚舎への入舎の為の手続きや準備を独りで続けていたのである。
願書の取り押さえは、思った以上に上手くいった。古から支援者として主に経済面で学院に多大な貢献をしてきた有栖川コンチェルンの令嬢で将来の総裁予定者の妻であり、今現在娘を幼稚舎に通わせているお姉様の介添えがあった事も大きかったが、僕が高等部の元理事長を曾祖母に持つ事と現職の理事の一人である天璋院 美香の学生会時代の姉であった事もやはり有利に働いたようだった。
特に美香に関しては、10年近く音信を途絶していたにも関わらず、今回桜の件で突然連絡を入れて助力を請うてしまったから、いい迷惑だっただろう。本当に済まない事をしたと思う。
面接対策とか幼稚園へ通園するための前準備という訳ではないが、これまでになく桜の躾や家庭教育に僕は熱を入れた。挨拶や言葉遣い、独りでトイレ、簡単な数や時の数え方等、歳相応に弁えておけばいいだろう事を繰り返して娘に教え込ませた。
僕に似ておっとりと云うか、ボーっとしている事が多いのんびりとした性格だからだろう。素直に親の言うことを聞くものの、最初の頃は中々教えた通りにする事が出来なかったが、最近やっと要領を掴んだのか、最低限必要な身の回りの事であれば桜は一通りの事が出来るようになっていた。ほんの2年前は全てを誰かに頼らなければ生きて行けなかった無力な赤ん坊だった事を考えると、親馬鹿は承知の上だとしても僕はやっぱり娘の成長の早さに驚き感心しきっていた。
9月になると直ぐ様、僕は聖リリカル女学院の幼稚舎へ願書を取りに行った。一部1万5千円と、相変わらずぼったくりかと思うような法外な値段を請求されたが、万が一の事を考えて僕は3部請求し、後日入舎説明会を受けた後、その中の一部から受験届けを作成して受験料10万円と共に提出した。
さあ、後は10月の頭にある面接日までラストスパートを掛けつつ学院から受験票が送付されるまで待てば良い。そんなある日の事だった。
カーペットの上で寝っ転がる邪魔な和樹をノズルの先で突付いてソファーの上へ追いやり、遊んで貰おうと僕の足に纏わり付く桜を宥めながらリビングで掃除機を掛けていると、突然固定電話が鳴った。
「ハイハイ……。」
と、掃除機の電源を切ってその場に置き、電話の傍へ駆け寄ると、デジタル表示のディスプレイに『葵・家』というサインと共に横浜の葵姉ちゃんの家の電話番号が黒く点滅していた。こんな日曜日の昼下がりにどうしたのだろう?そんな事を思いつつ僕は受話器を手に取った。
「もしもし……?」
「あ、もしもし!クーちゃん?」
「うん、薫。……お姉ちゃん、どうしたの?」
「うん、実はね……、クーちゃんに一つお願いがあって電話したのだけれど……。」
「お願い?わたしに?」
「そう……。ねえクーちゃん。ほんの少しの間だ……けで良いから、ソーちゃんとショーちゃんをあなたの所で預かって貰えないかしら?」
突然の事に虚を衝かれ、僕は驚いて葵姉ちゃんにどういう事か問い質した。
彼女の話によると、どうやら臨月を迎えたに当たって、お腹の中の子供の様子があまり芳しくないのだそうだ。その為担当の医師と相談し、来月の初頭辺りから大事を取って出産のその時まで入院する事に決めたのだという。
「それでね、もう産休に入っているから入院するのはいいんだけど……。」
曰く、現在誠さんが大阪へ1ヶ月の出張中。翔君が通う横浜市内にある保育園も改装工事の為に一時休園。彼女が入院中、子供達の面倒を見てくれる人が居ないのでほとほと困っているとかなんだとか……。
「伯父さんと伯母さんは?」
話を一通り聴き終えた後、僕は電話の向こうの葵姉ちゃんに語り掛けた。
「お姉ちゃんが病院でお世話になっている間、そっちへ来て頂く訳にはいかないの?」
「それが出来たらいいんだけど。なかなかねえ……。」
と、葵姉ちゃんは溜息を吐いた。
「筑波のキーちゃん(菫)も、まだ新婚ホヤホヤだから、子供を押し付けて二人の生活を邪魔するのも申し訳ないし……。蘭ちゃんも社会人に成ったとは云え、まだ独身だから子供を2人も預けられないし……。」
そんな事を言ったらウチも来月の4日に幼稚舎の面接があるのですが……。僕は喉元まで出掛かった言葉を胸の奥へ押し戻すと、葵姉ちゃんにこう訊ねた。
「山形の方のお義父さん達にそっちへ来て頂く訳にもいかないの?」
山形は誠さんの実家がある場所である。葵姉ちゃんと誠さんが居ない間、向こうから彼の御両親を呼んで子供の世話をして貰えば良いのではなかろうか?そう僕は考えたのである。
すると葵姉ちゃんは、目で見えなくても勢い余って首を左右へ激しく振っているさまが容易に想像出来る位全力で却下した。
「無理!無理!無理!出来る訳ないじゃない!」
余程僕の提案が彼女の中では有り得ない事だったのか、微かに笑い声が含まれている所為かその声は何処か明るい。
「クーちゃん。クーちゃんがわたしの立場だったら、世田谷の方のお義父さん、お義母さんにそんな事、頼める?」
「…………。」
すみません、お姉ちゃん。無理!罷り間違ってそんな事を依頼したが最後、あの糞爺婆共に家の中を好き勝手され、桜に僕の事についてある事ない事吹聴されるのが目に見える。想像するだけで虫唾が走った。
だがしかし……である。
「でも、お姉ちゃんの所は、わたしの所とは違って向こうの御両親とも上手くやっているでしょう?」
「関係が良好なら良好な分、気を遣う事だってあるものよ。」
そう言うお姉ちゃんの言葉には妙に含蓄があったので、首を捻りつつも、そんな物なのかな?と僕は感じた。
「わかったわ、お姉ちゃん。わたしに出来る事なら何だって協力してあげる!ソーちゃんとショーちゃんの事は任せて頂戴。」
結局、保育園が再開して誠さんも横浜へ戻ってくるまで、と云う事を条件に僕は二人の子供を預かる事を承諾した。そして、
「でも、お姉ちゃん。申し訳ないけれど、ソーちゃん達を預かるの、10月の第二週目まで待って貰えないかしら?4日にある桜の幼稚園の面接には、此方も出来るだけ万全な体制で望みたいのよ。」
と更に念を押した。
「分かっているわ。ごめんね、クーちゃん。こんなお願いを引き受けて貰って……。」
「気にしないで、お姉ちゃん。一番近くにいる身内なのだもの。困った時に助けるのは当たり前よ。そうでなくても昔からお姉ちゃんには世話を掛けっぱなしだもの。少しくらいわたしからも返させて下さいな。」
「ありがとう。オーちゃんの事、上手く行けば良いわね。」
「ええ……。それじゃあ、詳しい日取りが決まったらまた連絡して!お姉ちゃん。」
「ええ……。また電話するわ。」
受話器を電話の上に戻し、掃除を再開しようと振り返ると、
「葵さんか?随分長かったな。何の話をしていたんだ?」
と、和樹が僕へ声を掛けてきた。
夫の方をよく見ると、ソファーの上に仰向けで寝っ転がる彼の腹の上に何故か、眠そうに目を細めた桜が俯せになってへばりついていた。まるで新手の親子亀のようである。僕は思わず顔を綻ばせた。
「葵お姉ちゃんが、お産の件で来月入院しなければならなくなってしまったから、お兄さんが出張から戻ってくるまでの間、2週間ちょっとだけ子供をウチで預かって貰えませんか?って……。他ならぬお姉ちゃんの頼みですし、もう大まかな所では了承してしまったのですけれど……、構いませんわよね?あなた。」
「子供って……、棗ちゃんと翔君の事か?」
和樹は首を仰け反り、目は下に口は上に天地逆様になった顔を此方に向けた。
「ええ、そうよ。」
「……そうか。」
「どうかしら?少しの間とは云え、かなり騒々しくなると思うのですけれど……。」
「良いんじゃないか?賑やかになっていいだろう。……葵さん達には何かと恩義もあるし……。俺は別に構わないよ。」
「……そう、解りました。それでは、そういう方向で話を進めておきますわ。」
会話を切り上げると、僕は今度こそ掃除を再開する為に和樹から目を逸らすと、足元に置いた掃除機のノズルを手に取った。
「なあ。」
また声を掛けられて、僕は和樹の方へ振り返った。彼は足元を覗くように、少し辛そうに首を前へ折り曲げ、彼の腹の上で腹這いになっている桜の方を見つめていた。
「これ、どうすればいいんだ?」
僕は少しの間クスリと微笑むと、何も答えずに掃除機の電源を入れた。夫には悪いが、あまりにも桜の格好が可愛かったから、暫くそのままにしておきたい、と思ったからだ。
「で?結局預かる事にしたの?」
「うん。だって、断る訳にもいかないでしょう。お姉ちゃんが頼み事をするなんて余程の事だもの。」
その日の夕方、電磁調理器の上に乗せたIH対応の土鍋の中の鴨鍋を煮炊きながら、僕は久しぶりに京都の実家へ電話をした。
「でも、本当に大丈夫?」
僕が安請け合いをした事を聞いて不穏な物を感じたのか知らないが、電話の向こうから聞こえてくる母の声からは心配という二文字が煽るように色濃く醸しだされている。だからという訳ではないけれども、却って僕は強がって反発し、なるべく平静を装った。
「大丈夫よ、お母さん。わたしだって一応人の親よ。二人位増えたところで、問題はないわ。」
「だといいけれどねえ。二人以上の子育てって大変よ。特に翔ちゃんは男の子だし、桜や棗ちゃんのようにはいかないわよ。」
「お母さん。今は女をやっていますけれど、昔はわたしだって男の子だったのよ。大体の勝手は解っているわ。だから心配しないで!」
「そうだといいけれど……。ところで、桜ちゃんの準備は出来ているの?来週でしょう?」
「ええ、万全を期した……、とは言えないかも知れないけれど、出来るだけの事はやったわ。後は面接を受けて天命に身を任せるだけよ。」
「そう。まあ、頑張りなさい。」
「はい、頑張ります。……それじゃあそろそろお鍋が煮えたから、切るね。」
「はいはい。……また何かあったら連絡しなさいよ。」
「分かった。それじゃあ……。」
僕は終話してコンロの電源を切ると、僕は台所からリビングに出て電話の子機を親機の傍の充電器に付ける。ふと下の方へ視線を移すと、卓袱台の傍のカーペットの上で、しゃがんだ桜がテディベアのアーちゃんで遊んでいるのが目に入った。
「桜!もう御飯にするから、テーブルに着きなさい。」
「ハ――――イ!」
僕が声を掛けると、桜は縫いぐるみで遊ぶのを止め、言われた通り定位置となっているテレビの右側の方の卓袱台の辺に、両手を載せるようにちょこんと腰を下ろした。母親の言う事を素直に聞く良い子だから、非常に誇らしい。
一方、ソファーとテーブルの間では、カーペットの上でいつもの涅槃仏のような格好で寝っ転がった和樹がテレビのクイズ形式のバラエティー番組を視聴している。何をどう考えてもソファーの上で横になった方がずっと視易くて宜しいと思うのだが、彼は頑なに自分のスタイルを貫いていた。ふかふかのクッションの上よりも程好く硬い床の上の方が、ずっと居心地がいいそうである。僕にはよく理解出来ない。
卓袱台の上に食器を並べ、鍋敷きを敷いてその上に台所から持ってきた鍋を置き、炊飯器の中の御飯を家族それぞれの茶碗に盛る。そして和樹は起き上がってそのままテレビの正面を陣取り、僕は桜の傍に腰を下ろして彼女を自分の膝の上に載せ、家族揃って食事を食べ始めた。
最近、幼女に人気の魔法少女のキャラクターを小さくプリントした桃色の子供用の小さな箸を、僕は桜に買い与えた。
お姉様の話では、幼稚舎では保護者が子供に弁当を持たせなければいけないらしい。つまり、スプーンやフォークだけでなく箸のような物だって独りで使えるようにならなければいけないという事だ。
だからという訳でもないが、今まで使わせてきたフォークとスプーンと共に、僕は桜に箸の使い方を教え、少しずつ訓練させる事にしたのである。
その成果か、最初の頃こそ上手く扱う事が出来ず癇癪を起こして泣いていた桜も、ここ最近はそれなりに使い熟せるようになった所為だろうか、自分から進んで箸を用いようとするようになっていた。
勿論、まだ完全に箸を使う事に手馴れている訳ではなく、万が一箸の先端を喉元に刺してしまうという事故が起こっては大変なので、こうやって桜を自分の方へ引き寄せて介添えしている。時々ハラハラとする事もあったりもするけれど、ムシャムシャと美味しそうに自分が造った料理を食べる可愛い娘の姿を間近で眺める事に、僕は無上の喜びを見出していた。
「桜、美味しい?」
「うん!美味しい!」
「そう……。」
桜の頭をそっと撫でながら、この幸せがいつまでもずっと続けばいい、そう僕は思った。
2043年10月4日、朝。
とうとう幼稚園の面接がある日が訪れた。
幼稚舎側からの事前説明では、面接は土日の2日間、午前と午後の部の計四回に分けて、何十人かの児童とその保護者を集めて順番に面接を行うという事だった。そして僕等はその二日目の午前中のそれに組み込まれていた。
だからゆっくりしている余裕も無いのだが、僕は自分と家族の身嗜み、特に桜のそれに自分なりに精一杯留意した。自分達夫婦は普通の黒っぽいスーツを着ていけば体裁を保つ事が出来る。娘の第一印象を良くする事に重点を置いた。
この日の為に銀座の三越まで出向いて誂えたここ一番の勝負服、襟や裾やポケットの縁等あちらこちらに白いレースがあしらわれた黒いビロード生地のややロリータ調の長袖のシンプルなワンピースを桜に着せてやる。
「はい、桜。万歳して!」
「はい!バンザ――イ!」
可愛い……!ワンピースもさる事ながらアクセントに髪に添えた白い絹の蝶々結びにしたリボンの髪留めが桜の可憐さを引き立てている。予想の斜め上を行く愛らしさに僕は悶絶し、思わず娘をぎゅっと抱きしめた。
ウチの娘が世界で一番可愛い!たとえ親馬鹿だと詰られようと、僕は本気でそう思って仕方がなかった。
高等部からやや離れた、初等部に程近い閑静な住宅地の一角に聖リリカル女学院幼稚舎は門を構えていた。
片道一車線に白い破線の中央線が一本だけ引かれた表通りから、幅の狭い歩道を跨ぎ、大きな門を潜って敷地の中に入ると、アスファルトで舗装された通路の適当な端に僕は自分の110系マークⅡのiR-Vの前期型を停めた。
エンジンを切って車外へ出る。運転席側の後ろ扉を開けて桜を車内から出し、そのまま扉を閉めて周りを見渡すと、助手席から降りてスーツの裾を正している和樹の姿が目に入った。
「よし、行くわよ!」
車を施錠すると、自分に言い聞かせるように気合を入れ、僕は桜の手を引き、和樹と並んで面接会場となる校舎の方へ足を向けた。
待合室、もとい控え室として用意された50畳程度の正方形の広くて天井が高い教室には多くの折り畳み式の渋茶色のパイプ椅子が整然と並べられ、その八割方が面接の順番を待つ児童とその保護者で埋められていた。
「順番が来ましたら此方から受験番号とお名前をお呼び致しますので、御自由にお座り下さい。」
と受付にいた眼鏡の壮年の男性職員に言われたので、その言葉通り僕達は、丁度3人分空いていたある母娘の左隣に座る事にした。
奥から順に、何処かの母娘の母、そして娘、以下僕、桜、和樹となるように腰を下ろした。
そうして腰を落ち着けると、不可思議な事に、僕は隣に座った母娘、特に母親の方が酷く気になって仕方が無くなった。彼女の艶やかな金髪のドリルツインテールが目に付いた事以上に、彼女の雰囲気が何処か懐かしい感じがしてしょうがなかったのだ。
もしかしたら……とも思ったが、赤の他人の空似という可能性も捨て切れない。そんな葛藤を心中に感じて迷っている内に、僕はその人とばったり目が合った。彼女もまた僕の方を見つめていたのだ。
「あ……っ!」
と口から発するより先に彼女の方が僕に声を掛けてきた。
「あの……。あなた、もしかして薫ではありません?」
間違いない。無駄にゴージャスな髪型、特徴のあるお嬢様口調……。
「聖華?やっぱりあなた聖華さん?」
キャ――――ッと、歓喜のあまり年甲斐もなく僕は叫んだ。そして、それは彼女……龍宮司 聖華も同じだったらしく、
「やっぱり薫でしたのね!もしかしたらと思ったのよ!」
とはしゃぎ、いい歳をした大人が二人、小さな子供を挟んで互いを抱き締め合った。
「本当久しぶりね、聖華さん。あなたの結婚式以来じゃない?」
「ええ。早いですわねえ……。もう7年になりますかしら。」
「ええ、早いわねえ。まだこの間の事だと思っていたのに……。ところで、この娘、あなたのお嬢さん?」
僕は、聖華の傍らに座っていた、彼女と同じ髪の色の、肩まである長い髪をツインテールにした可憐な女の子を見下ろした。髪の色といい顔立ちといい、母親の血を色濃く受け継いだ事が一目で判る子供である。
「ええ、下の子で聖羅って言うの。可愛いでしょう?」
そう言って聖羅を抱き寄せた聖華の表情は、幸せそうで、しかも誇らしげだった。
だが、僕の方だって負けてはいない。僕は隣にいる桜を自分の膝の上に引き寄せた。
それで気付いたのだろう。聖華も僕の娘に目を留めたようだった。
「あら、その娘も……。」
「ええ。ウチの娘で、桜って云うの。ほら、桜。挨拶しなさい。」
「こんにちは!」
元気良く挨拶をした桜に聖華は目を細めると、心なしか聖羅ちゃんをそっと此方へ押し出した。
「ごきげんよう、桜ちゃん。この娘は聖羅って言いますの。仲良くして下さいまし。……さあ、あなたも御挨拶なさい。」
母親に促され、それまで沈黙していた聖羅ちゃんが初めて口を開いた。
「ご……、ごきげんよう。せ……聖羅と云いますわ。お見知りおきを。」
「わたし、桜、っていうの。よろしくね!聖羅ちゃん!」
「べ……別にあなたが良いのでしたら、な……仲良く、して上げない事もないですわよ。」
そう言うと、聖羅ちゃんは頬を赤らめて俯いた。どうやら彼女は母親譲りの容姿や口調からは想像し難い、少々人見知りで好意があっても素直に表に出せない性格をしているらしかった。確かにこれはこれで可愛らしい。
小さな子供同士だと警戒心が薄くて好奇心が強い分互いに相手への適応が早いのだろうか、出会って5分も経たぬ内に桜と聖羅ちゃんは傍目から見てもよく分かる程意気投合した。
そして、そんな子供達の様子を眺めつつ、親である僕達も四方山話で暫し花を咲かせた。
和樹は、最後まで空気だった。
1時間近く待たされた割には、たった10分程で面接は終了した。
尤も、桜について訊かれたのは最初の2つか3つ位で、面接官である幼稚舎の舎長や幹部職員がした残りの質問の大部分は保護者、特に僕に関する物だった。どうやら子供自身の資質や素質よりも、実際に金蔓になる保護者の資産状況や、学院とどの位関係が深いのか等、そういう所に重きを置いているらしい。外面が良さそうに構えてそうした心の裏をちらつかせてきたから、はっきり言って不快で仕方がなかったが、桜の為だ、と僕は一向耐えた。
まあ、兎に角、終わったのだ。後は野となれ山となれ。結果が郵送されるのを大人しく待っておこう。
3日後、我が家に一通のA3サイズの大きな封書が郵送されてきた。薄い鶯色の封筒の表には『学校法人 私立聖リリカル女学院・幼稚舎』の大きな文字と共に十字架をモチーフにした円形の校章と住所が黒いインクで印字されていて、宛先として僕の自筆による我が家の住所と自分の名前がボールペンで書いてある。受験を申し込んだ時に提出した結果送付用の返信封筒が、今まさにその役目を果たして戻ってきたのである。
予想はしていたが、封筒は入園手続き書類と厚い手引きや学校案内のパンフレットによってパンパンに膨れていた。
入園金と授業料の振込や書類の作成、制服の仕立てや小物の準備等、やらなければいけない事は多々あるから手放しで喜べない。しかし、それでも僕は顔から嬉しさを隠す事は出来そうに無かった。