第一話:懐妊~幸せなのか、不幸せなのか……
>>薫
3.5LのVQエンジンにスーパーチャージャーを装着した愛車のY50フーガGTの後期型を、我が家に宛がわれた、立体駐車場の支柱に挟まれた2台続きの横列駐車スペースの、此方から見て左側のスペースに、右の方にステアリングを切って後退しながら駐車をし、停車措置をしてフォグランプとエンジンを切ると、僕は助手席に置いたハンドバッグを手に取ってドアを開け、車から降りてドアを施錠した。
僕の車にはどの車にも車内に、ETC、ルームランプに白色LEDランプ、カーナビと一体型の社外品のオーディオと、ダッシュボードのセンターパネルの上に左から電動の油圧計・油温計・水温計が並んだ三連メーターと乗員変更なしのタイプの6点式のロールバーが取り付けられている。ロールバーを付けた所為で車両自体は事故車扱いとなって価値が目減りしてしまったが、元々前世紀末頃に造られた、製造されてから優に30年から40年位たった廃車や事故車をレストアした、小さな傷と凹みだらけのボロボロの車ばかりで価値など元々無いに等しいから、僕自身は特に気にはしていない。
さらにそのロールバーの助手席と運転席にサイドバーも増設し、ロールバーの運転席側のAピラーの所にシートベルトカッター付きの特殊ハンマー、助手席下のダッシュボードの所に、発炎筒と並べてスプレー缶タイプの消火器を常備している。
そして全ての窓ガラスに防犯性能も備えた透過率70%の黒いガラスフィルムを貼って車内の様子が見えにくくし、2枚ある字発光式のナンバープレートの内、前にあるプレートの電力を遮断し、赤外線カメラに反応するとストロボを焚いてナンバーが読み取られる事を防ぐ機械を取り着けている。
足回りとエンジン周りの改造に力を入れ、後ろのマフラーはステレンスの左右二本出しの直管低音マフラーに取り替え、ホイールを20インチのアルミに替え、ブレーキも4輪ディスク化して、大口径のディスクに4ピストンの対向ピストンキャリパーを組み込んでレーシングカーのそれの様に仕上げ、サスペンションをエアサスに替えて最低車高を10cmまで落として、サイドテールとフロント・リアエアロを取り付けてフルエアロ化している。
僕の車には全てフォグランプが付いている。ヘッドライトと一体型になっている古い型ならそのままにして、フロントバンパーのエアロ部分のフォグ部分にそのままハザードランプを持ってくる。ハザードとヘッドランプが同じレンズ内にあって、フォグランプがバンパーに取り付けられた比較的新しい車ならそのままフォグランプをエアロに組み込む。そして、Y33や150クラウンの様にフロントバンパーにハザードとフォグが並んでいる車の場合はエアロにはフォグランプだけ取り付けて、ハザードランプはスモールランプと共にLED化して一体化させ、白いLEDで車幅灯を点灯させ、黄色いLEDでウインカーを明滅させる。そもそもフォグランプが付いていない車は、GT-R34のようにエアロを取り付けるときハザードの下に増設するか、エアロにはフォグランプだけにしてスモールランプにハザードも持ってくるような細工を施す。そしてGTウィングを着けたGT-R以外の車両にはトランクに赤いLEDの細長いハイマウントストップランプが付いた小型のリアウィングを取り付けている。そして汚れが目立ちにくいという理由で全部同じようなシルバーメタリックで車体が塗装されている。
エンジンはターボならツインターボにして、必要ならボアアップや載せ替えても3L6気筒、NAなら3.5L以上の6気筒エンジンにしてスーパーチャージャーを着けて500馬力程度は出せるようにし、勿論ミッションも強化ATに交換し、リミッターも外し、200km/h以上は余裕で出せる位にはチューンアップしている。
要するに走り屋仕様の、ドリ車仕立のVIPカーが僕の愛車達…という訳である。
ただ、その車達も、今現在ここに停まっているフーガ以外は少し離れた所にある、態々その為に購入した、屋根がついているだけましとしか言えない様な酷くボロボロに廃れた大きな倉庫の中に纏めて保管し、気が向いた時に出掛けた度に他の車に乗り換える事にし、2つある駐車スペースの内の手前から見て左側の方を定位置にして、僕は手元に置く1台を駐車していた。
そして今、駐車したフーガから降りた僕の左側、愛車の向こう側にあるもう一つの我が家の駐車スペースには、普段滅多に動かす事はない和樹の黒いアルファードの大きな陰が、駐車場の殺風景な灰色のコンクリート壁に反射した蛍光灯の白い光に照らされて、あの特有の威圧感を更に増した感じで泰然と鎮座していた。
この車を旦那が購入したいと言い出した時、彼自身が休日にすら乗るかどうか怪しいサンデードライバーである事と、毎日ハンドルを握るものの、僕自身が既に車を持っている上に夫婦二人だけだと現状のセダンでも十分に事足りた事と僕自身ミニバンが大嫌いである事から、必要無いと反対したが、
「今は必要無くても、今後家族が増えたら、あって良かったと思う日が来るかも知れないだろ!」
と言って、彼は半ば強引にこの車を新車で買ってしまったのだ。
別に彼の車だから、何を買おうが基本的に口を出す気は無かったが、DQN御用達の悪名高きアルファードに決めると聞いて、
「どうしてアルファードなのですの?せめてエルグランドやエリシオンのプレステージにしてよ!アルファードなんて死んでも嫌ですわ!」
と、慌てて食い下がったが、
「車と云えばトヨタだろ!」
と云うよく解らない主張によって、結局押し切られてしまった。
しかもこの車、当初の予定では黒ではなくて、ホワイトパールクリスタルシャインだかいう、白っぽい色がボディーに塗装された物を購入する心算だったらしいが、
「パールだろうとメタリックだろうと、ラメを付けてお洒落を気取ろうと、安っぽい上に平べったく見えて格好が悪いから、白いワゴンなんて絶対に嫌ですわ。他の色にして下さい。」
と、この点だけは僕が頑固に譲らず、擦った揉んだした挙句、結局この色にする事になったのだ。
ただ……バリバリの改造車に乗っている僕が言うのも変な話なのだが…今こうしてこの車を見るにしても、その持ち主が大企業の坊ちゃんで、今は実家の伝でその企業の営業部の係長を務めている人物であるとは到底信じられず、車種的にも色的にも、どう見ても3流のチンピラ紛いだとしか思えないし、しかも…まだ購入して1年位しか経っていないが、この車がまともに動いている姿を一度も見た事が無かったので、要らなかったんじゃないの?これ……と、ずっと思ってきたのだが、そう考えるのも今日が最後になるかもしれない。
いや、きっとこれから、あの人が言った通り、このミニバンを使う回数が凄く増えるかもしれない。そんな淡い希望を胸に抱きながら持っていた焦げ茶色のハンドバッグの口を開け、中に交付されたばかりの白い母子手帳がきちんと入っている事を確認してから閉じ、愛おしく感じつつ右手を下腹に優しく添わせて数回撫でると、僕はマンションの正面玄関に向かう為に歩き出した。
我が家が入っているマンションは、各戸が入っている集合住宅の建物と割と大きな立体駐車場の建物からなり、その2棟の建物の間や周りの敷地内に遊歩道や小さな公園が整備された、中々大きな建物だった。
4層からなる駐車場からマンションへの正面口まで続く遊歩道を抜けると、目の前に、エレベータータワーを真ん中にして綺麗に左右に分かれた、赤茶けたクリーム色に塗装された鉄筋コンクリート製の7階建ての建物が見えてくる。
エレベーターホールに直結していて建物の正面のど真ん中にある、この手のマンションにはよくあるタイプの、蒼灰色の花崗岩のタイルが敷かれてガラスが填め込まれた両開き式の真鍮製の開き戸と銀色の自動ドアに挟まれた区画で、入り口から見て左側で管理人室のカウンターの真向かいにある、褐色の大理石で出来た内壁に取り付けられた、オートロックの共同のインターフォンに付いている鍵穴にバッグから出した鍵を差し込んで開錠し、自動ドアを開けると、さっきと同じ花崗岩のタイルがエレベーターと1階の共用廊下の境界まで一面に敷き詰められた、Gの字を逆様にしたような形をしたエントランスホールに差し掛かる。
このマンションのエントランスホールはかなり広い造りをしており、エレベーターをコの字に囲むように廊下が造られていて、一旦右に曲がってから大きく左へ迂回して1階の共用廊下とエレベーターの乗り場に出る様になっている。オートロックの自動ドアがある付近は少し凸と出っ張る様に広めに造られていて、正面の壁が下半分だけ削られて代わりに大きな一枚硝子が収まり、その向こうに、エレベーターと廊下と建物の部屋の壁の隙間に造られた、真上から燦燦と陽が落ちて白い砂利に反射し、幻想的な雰囲気を醸し出している猫の額程の広さの枯山水の様な箱庭を見渡す事が出来る所為か、硝子の前に細長い2人掛けのベンチが備え付けられ、住人の憩いの場になっていた。
その小さな広場の傍にある、管理人室とインターフォンがある区画とエントランスホールを分ける壁に備え付けられた鈍い銀色の郵便受けの中に手紙等が一切入っていない事を確認すると、僕はエレベーターに乗る為に廊下をまた歩き出した。
グルッと左側に180度転回すると、左側にエレベーターの乗り場、右側に1階の共用廊下への出口が見える。
上半分に網硝子が付けられた、燻した様な銀色に輝く2枚戸片開きのエレベーターの扉の前に立って、『△』のボタンを押すと、エレベーターの傍の大理石の壁に取り付けられた、階数を表示する赤いLEDで点すタイプのデジタル表示盤の数字がカウントダウンし、1になると共に上からLED蛍光灯で内部が明るく照らされたエレベーターの箱が下りてきた。
少し霞んで濁った様な色合いをしたクリーム色の内壁に操作部分の所だけ濃いグレー、足元の床にはネイビーブルーの人工芝のカーペットが敷かれた9人乗りの筐体に乗り込むと、僕は自分たち夫婦の部屋がある4階のボタンを押し、『閉』のボタンを押した。
何処のマンションでもそうなのかも知れないが、エントランスホールの部分だけやたら豪華に拵えている癖に、ちょっと上の階に上がると、共用廊下の壁は外壁と同じ色のコンクリートに、エレベーターの外扉も無味乾燥なカーキ色一色になって、途端に安っぽく感じてしまうのは何故なのだろう。エレベーターを降りる度に感じる疑問を今日も感じつつ、僕は廊下を右に回って我が家に向かって足を踏み出した。
エレベーターホールから出て丁度3軒目にあって『富士之宮』と書かれた表札が掲げられている事以外では同じ階にある他のどの部屋とも違わない造りをしている403号室、ここが今現在自分達の暮らしている住居だった。
奥から手前に引っ張るタイプの縦に細長くて鈍い金色に輝くドアノブの両端に取り付けられた二つの鍵穴を上から順に開錠し、ガンメタリックに塗装された鉄製のドアを開けて部屋の中に入ると、ドアを閉めて二重ロックをして金色に輝く折れ曲がった管状のドアチェーンを掛けると、僕は靴を脱いで玄関の上に上がり込んだ。
土間だけでなく上り框にも灰色掛かった白い大理石のパネルが敷き詰められた玄関に入ると、目の前に黒に近い焦げ茶色に塗られた板材が敷き詰められているフローリングの、奥にあるリビングまで真っ直ぐ伸びた仄暗い廊下が目の前に、右側にこの手の分譲マンションにはよくあるタイプの、フローリングと同色に塗られた、背が高くて小ぢんまりとした備え付けの靴入れが現れる。
廊下に上がるとすぐ左右に、これまたフローリングと同じような色合いをした木製のドアが1枚ずつ現れ、それぞれのドアを開けると、左側の方は廊下と平行になるように縦に長い6畳の広さの洋室に、右側の方は廊下と垂直になるように横に長い8畳の広さの洋室に出て、我が家では一応6畳の方を客間、8畳の方を夫婦の寝室として使っている。
6畳の洋室の隣には洋式トイレとクローゼットと押入れを挟んで6畳間の和室が、8畳の洋室には廊下や其々の部屋のクローゼットを挟んで洗面所と浴室、そして廊下に対して平行に細長い、主人が書斎として使っている8畳の洋室があり、廊下の突き当たりにある、唯一大きな磨りガラスが木枠に填め込まれたドアを開けると、洗面所と浴室と書斎に接するように作られた、ホームカウンターも備えた最新のシステムキッチンと、和室と書斎に通じる広さ約15畳のリビングがあり、リビングに2つ、書斎に1つある2枚1組の大きな窓ガラスから、同じ階にある全部の部屋を一続きで結び、簡単な隔壁で仕切られたベランダに出る事が出来る。丁度真上から眺めるとほぼ正方形に見える4LDK…これが現在の我が家の全貌である。
もともと義父が愛人を住まわせる為に購入した部屋らしく、結婚祝いだと義実家から頂いて住み始めた当初は、近隣の住民から義父の新しい愛人だと勘違いされて困惑したが、女学院からも程近い同じ武蔵野市内の、『リリミエスタ・吉祥寺』という名前が示す通り、吉祥寺という色んな意味で恵まれた立地にあり、全戸南向きである事から、ここで暮らしている事に何の不満も僕は感じていなかった。
リビングに入って2つある蛍光灯のスイッチを入れ、直ぐ右側にあるキッチンのカウンターの前に、カウンターと垂直になるように置かれた、白っぽい色をした長方形の形をしたダイニングテーブルにセットとして備え付いた4つの椅子の1つにドサッとバッグを置き、書斎とは反対側の壁に接する用に置いた低くて細長くて黒いテレビラックの上に置いた40Vのシャープのアクオスの電源を入れて、ラックと和室の前に敷いた小さなカーペットの上に置いた黒檀で出来た正方形の卓袱台の様に低いテーブルを挟んで、テレビの真正面に設置した白い革張りの2人掛けのソファーに座って午後のワイドショーでも見ようかと後ろを振り返った時、カウンターの上に置かれた金色の小さな写真立てが僕の目に入ったので、僕はその写真立てを何気なしに手に取って中の写真に目をやった。
写真には、純白のウェディングドレスを着て困った様に苦笑している僕と、顔を赤らめながらも僕と腕を組んで立っている、白いタキシード姿の和樹が写っていた。
「あれから…もう1年以上経つのよね……。」
と、感慨深く思ったあまり僕はそう独り言ちると、静かに写真立てをカウンターの上に戻した。
元々法的に認められた扶養家族になりたかっただけで、花嫁さんに憧れなど毛頭も感じていなかったので、籍だけ入れて結婚式は行わない心算だったのだが、
「一応世間では一流の製薬会社として名を馳せている富士之宮家の子息が結婚式を行わないとは何事か!」
と、旦那の方の親戚連中の呑兵衛共が抗議の声を上げて来た上に、
「そんな物を挙げられるお金があれば貯蓄にでも回した方がマシです!」
と、突っ撥ねたところ、
「そんな物祝儀で何ぼでも回収できる!」
「わたし達だってやったんだから、あなた達がやらなくて済む筈がないでしょう!」
と、義兄夫婦からも圧力を受けて、結局2036年の6月15日の日曜日に急ごしらえで結婚式と披露宴を挙げる羽目になったのである。
まあ、その時に招待客とした高校時代の友人や先輩達と久々に再会できた事は良かったのだが、新婦側の招待客は友人・親戚合わせて50人も居なかったのに、新郎側の招待客は、気が遠くなる位遠縁の親戚から取引先の会社の幹部やその関係者に至るまで、お呼びする必要があるのかと思うような人々が続々と、300人近くやって来て閉口した事も今となったら良い思い出である。
尤も、祝儀だけでは式に掛かった支出を補填する事が出来なかった上に、その後友人達が次々と式を挙げたものだから、その祝儀を包む為に更に金が出て行くという悪循環で涙目になったので、やっぱりやる必要は無かったのではないか、と僕は今でも疑問に思っていたりする。
そんな事を少し懐かしく思い出しながらソファーに腰を落ち着かせ、僕はテレビを点けようと卓袱台の上に置いてあるリモコンに手を伸ばし掛けたが、自分が帰ってからまだ手洗いも嗽も済ませていない事に気が付いたので、手を引っ込めてソファーから立ち上がると、洗面所へ行く為にリビングから廊下へ向かって歩き出し、嗽手洗いを終えて手をハンドタオルで拭うと、改めてソファーに座り、テレビのリモコンを手に取った。
テレビのスピーカーから流れる音声に交じって、窓の外から子供が何人かはしゃぎ回っている叫び声と、それを注意する親らしい女性の声が何度か聴こえて来る。恐らくベランダの直ぐ下の方にある敷地内の公園で何処かの親子が遊んでいるのだろう。その内自分もああしてあそこで子供を遊ばせる時が来るのだろうか。そんな楽しそうな情景に想いを馳せながら、また僕は自分の腹に右手を当ててそっと擦った。
3月の頭に最後の生理が来てからずっと3ヶ月以上生理が来なかったので、妊娠を疑って一番近所にあった産科の個人医院で診察を受けたのが今日の午前中の事だった。診察をした坂上という名前の中年の医者からは、
「妊娠を疑っていたのなら、どうしてもっと早く来なかったのです?」
と不思議がられ、苦笑してやり過ごしたが、仕方が無いじゃないか、と僕は自分に言い訳をしていた。
だって本当にこの子を出産出来るのか全く自信が無かったのだ。今までだって孕んだ事は何度もあった。自分だけの秘密として胸の中に仕舞ってきたが、少なくとも高2の時に1度、高3の時に2度、大学時代は通算で5度、結婚してからだって1度出来てしまった事がある。だが、その全てが胎芽やまだ胎児になったばかりの時期に、急な腹部の激痛と共に性器から体外へと流れてしまったのだ。最初の時こそ、あ!流れちゃった…ラッキー!と、平たく言えば今の旦那とやりまくっていた訳だけれど、10回近くもこう云う事が続くと、もしかすると本当に自分は子供を産む事が出来ない体なのではないのか、と不安になり、今度の妊娠の時も、また流れてしまうのではないのだろうか、と気が気でなくて結局自分で大丈夫だと確信を得られるまで二の足が踏んでいたのだ。
しかし医師から、
「間違いなく妊娠されていますね。お腹の中で赤ちゃんも元気に育っている様ですよ。お目出当御座います。」
と声を掛けられ、妊娠時の注意点と役所へ妊娠届けを提出して母子手帳を貰うように指示されてから、漸く肩の荷が下りた様な何とも言えない安堵が僕の心中に広がった。
そして、早速僕は医者に言われた通りその足で市役所に出向き、妊娠届けを提出して母子手帳を交付して貰い、今帰って来た所なのである。
暫くボーっとテレビを見ていると、今日は朝に掃除と洗濯をやっただけで、まだ夕飯の買い物をしていない事に気付き、僕は慌ててテレビを消してキッチンへ行き、冷蔵庫の中の食材の在庫を確認し、今夜は何を作ろうかな、と考えながら買いに行く物を考えた。
そして、ダイニングテーブルに置いた車のキーとハンドバッグを手に持った時、赤ちゃんが出来たと知ったら、あの人どんな顔をするだろう……と、和樹の驚いた顔をふと想像して、僕は少しだけ悦楽に浸った。
キッチンで夕食の準備をしていると、玄関からガチャリと鍵が開く音とバタンッと扉が開閉する音が突然聞こえて来て思わずビクッとすると、
「ただいま――……。」
と、すぐに間延びした声と共に和樹がリビングの中に入って来たので、僕は安心して緊張の糸を緩めると、鍋を掛けたIHクッキングヒーターの火力を止めて、
「お帰りなさい!あなた。今日もお勤め御苦労様でした。」
と言いながら夫の元に駆け寄った。
そして、夫から普段使いの、ノートPCや仕事の書類や書籍が入ってパンパンになった黒いビジネスバッグを受け取り、そのまま夫の背中を追ってリビングから書斎に入ると、本棚の傍に鞄をそっと置いて立て掛けた。
和樹から、彼が脱いだ背広の上着を受け取り、
「実は……あなたには黙っていたけれど、ここ最近ずっと生理が来ていませんでしたの。それで……今日、意を決して産婦人科の門を叩いたのですけれど……丁度3ヶ月ですって!」
と、左腕にスーツを抱えて下腹に右手を添えつつ恥らいながら報告をすると、
「ん?ああ!そうか……。良かったじゃないか。」
と、一瞬確かめるように此方に顔を向けただけで、素っ気無くそれだけ口にすると、何事も無かったかの様に平然と僕に背を向けてネクタイの結び目を解き始めた。
一方僕の方は、夕方になって京都の実家にいる両親や、横浜に住む葵姉ちゃん、そして目黒の本家で暮らしているお姉様等、思いつく限りの親しい人達に電話を掛け捲って懐妊した事を報告し、皆から一様に祝福の言葉を投げ掛けられて有頂天になっていたこともあり、和樹の思いも寄らない冷めた態度は、拍子抜けする以上に地味に僕を凹ませるのには十分すぎる仕打ちの様に感じられた。
いや、別に僕が不倫等をしていて、腹の中の子供が旦那以外の精子から受精した子…だと云うのであれば、そんな態度を取られても致し方が無いとは勿論思う。だがしかし、今僕の腹の中にいる胎児は、確実に目の前にいるこの男との間に出来た子供に相違ないのだ。なのに、どうしてそんなに無関心でいられるのか、僕は不思議に思いながら和樹の横顔を呆然としながら見つめていた。
僕が急に黙り込んだ所為だろう。訝しみながら僕の方へ振り向くと、和樹は僕に向かってこう声を掛けて来た。
「ん?嬉しくないのか?お前ずっと子供を欲しがっていたじゃないか。」
「え?……ええ。」
と、条件反射の様に慌てて僕が頷くと、また僕から顔を背けて着替えを続行し、普段着に着替え終わると、
「飯は?出来ているのか?」
と言って、和樹はリビングへ出て行った。そして僕も、
「まだですわ。もう少しで出来上がりますから、テレビでも見ながらお待ちになって下さい。」
と、夫に声を掛けながら料理の続きを行う為に急いでキッチンへと引き返した。
今夜位は和やかに過ぎるのではないかと思われた夕食も、いつもの様に開始早々不穏な空気に包まれた。
「不味い……。」
と、ダイニングテーブルの向こう側、正面に座っている和樹が不機嫌にそう呟いたので、またか…と憮然としながらも、僕は目の前のテーブルの上に並べた副菜の一つである蜆の吸い物が入った塗り物の椀を手に取り、味を確かめる為に一口だけ啜ってみた。
普通に美味しい。自分で作っといてこう言うのも何だが、京風の昆布出汁に鰹の併せがよく効いて蜆の風味が引き立った、我なりに上出来だと思える位の出来栄えの良い汁物だった。だが彼にとっては、この手の薄味はとても相性が悪い物であるらしい。
「薄過ぎるんだよ!もっと濃い味にしてくれって言っているじゃないか!」
と、またいつもの様に僕が作った料理に文句を付け始めた。何処の家庭でもある事だろうが、嫁の作る料理が自分の母親の味付けと違うというどうでもいい事で勝手に不満を募らせているのである。
僕から言わせれば、幾ら京都と東京という生活環境の下地が大きく違うとは言え、義母が拵える様な濃口醤油で黒く色付いた、喉が渇く位濃い味付けの料理を毎日食べたり、家族に日々の食事として供給する事に恐怖さえ覚えるし、仕事柄接待での外食が多く、塩分を過剰に摂りがちなのだから、せめて家で食べる食事位塩分を控えた薄味の物を食べた方が夫の健康に関しても非常に良いと思うし、どう考えても田舎臭い濃い味付けより上方の薄い味付けの方が格と品があると思うのだが、詰まらない事で大喧嘩してもお互い余計に気分が悪くなるだけなので、
「申し訳ありません、あなた。次は気を付けますわ。」
と、素直に僕の方が折れるのが我が家の食卓では常態化していた。
こうして1年以上一緒に暮らしている内に、僕の中では和樹に対して、自分がこの人の事を都合のいいATM程度にしか考えていないように、彼にとっても僕は体の良い家政婦か何か程度の存在なのではないか、という疑念が渦巻き始めていた。いや、家政婦ならまだしも、生きているオナホールか喋る肉便器位にしか考えていないのではないか、と思われる場面も多々あった。
夜が更け、食事の後片付けや風呂の後始末も終え、明日も早いからと、電気が消えて真っ暗になった寝室へ行って手探りでベッドを探し、僕は夫の隣に添う様に仰向けで横になった時、突然パジャマの上からブラジャーごと胸を鷲掴まれ、そのまま和樹に馬乗りにされ、孕んでいる事を知っているにも関わらず激しく体を求められた。驚いて、
「お願い!あなた……やめてぇ!お腹が…!お腹の中の赤ちゃんが……!」
と喚き、腹の中の胎児を庇う為に必死で抵抗すると、
「あ……、そう言えばそうだったな。………………じゃあ、お休み。」
と言って、全然反省の色を見せないまま彼は眠ってしまった。
僕は腹の中にいる赤ん坊を守れた事に安堵しつつも、夫の行動が信じられず、唖然としながら彼の寝姿を暫く見つめていた。
翌朝。
朝の5時半、幾ら日が高くなっている夏場でも薄暗いこの時間帯に僕は目を覚まし、まだ寝ている和樹を起こさないように静かにベッドから起き上がった。
主婦の朝は早い。同棲当初は朝に弱い自分がこんな時間に毎日起きられるものなのか、と不安で仕方が無かったが、一度生活習慣のリズムとして組み込んでしまえば、気が付くと何でも無い物になっていた。
洗面所で顔を洗うと、普段はこの時間にシャワーを浴びて風呂を掃除するのだが、昨日は珍しく主人が早く帰って来て日が変わる前に風呂に入れたから今朝はしなくていい。代わりにその場でパジャマを脱いで下着姿になり、洗面所の向かいに置いたドラム式の全自動洗濯機の蓋を開けて脱ぎ捨てたパジャマをドラムの中に放り込んだ。
そして寝室に戻ってクローゼットを開けて自分の普段着を一式出してそれを着ると、クローゼットから夫のワイシャツを1着、書斎に行って夫のスーツを上下一式とベルトとネクタイを1つずつ取り出してリビングのソファーに掛けて夫の着替えを用意すると、僕はテレビを点けて朝のニュースの画面に出てくる時報を確認しながらキッチンに入り、冷蔵庫の中を物色しつつ朝御飯の用意を始めた。
炊き立ての御飯、豚汁、鯵の開きを焼いた奴……と、出来た朝食を皿に盛り付けてダイニングテーブルの上に並べると、カーテンを開ける為に書斎から各部屋を順番に回りつつ、旦那を叩き起こす為に僕は寝室に向かった。
なるべく足音を立てない様に部屋に入って共用廊下に面した窓に掛けられたカーテンを開け、そっとベッドに近付いて夫が寝ている側に腰掛けると、顔を右後ろ下の方に向けて和樹の顔を覗き込み、右手を彼の胸の上に置いて優しく摩りながら、
「あなた。もう朝ですわ。起きて下さい。」
と、耳元にそっと語り掛けた。
本当は…いや実際に切羽詰った時にはやるのだけれど、
「あなた!いい加減に起きて下さい!!」
と言って強引且つ乱暴に布団を引っぺがして叩き起こせると良いのだが、それをやるとまた旦那が不機嫌になって朝っぱらから収拾が付かなくなるので、いじらしくて面倒臭いが、始終優しい口調でいる事を努めなければならない。全く毎朝ストレスが溜まる習慣だ。
そして夫が目覚めると、
「お早う御座います、あなた。早く朝御飯を召し上げって下さい。急がないとお勤めに遅刻してしまいますわ。」
と声を掛けてリビングの方に誘導し、ダイニングテーブルの彼の指定席に座らせて、朝食を摂るように促し、一緒に自分も食べ始める。
朝食を食べ終わると、夫が髭剃りや洗面等、朝の用意をしている合間に食べ残しをゴミ袋へ、皿を水が張られた盥の中に放り込み、テレビも消して自分も外に出られる格好になってテーブルの上に置いた車のキーを手に取ると、
「あなた、急いで!本気で電車に遅れますわ!」
と、夫を急き立て、スーツ姿になって鞄を持ち、出勤の用意が整った夫に続いて僕もハンドバッグを持ってスニーカーを履き、玄関のドアを施錠すると車に乗る為に駐車場に向けて走り出した。
1JZエンジンをツインターボ化した後期型の160アリストのドアを開錠して助手席に和樹を突っ込むと、僕もドアを開けて運転席に乗り込み、シートベルトをしてエンジンを点け、ロービームとフォグランプを点灯してシフトレバーをDに入れ、サイドブレーキを解除してステアリングを左に切りながら勢いよく車を発進させた。
100km/hを軽く超える程のスピードを出し、吉祥寺駅の北口のバスターミナルの所で急ブレーキと右へ急ハンドルを切る事で車を右の方へテールスライドさせ、左へ一杯にステアリングを強引に切ってカウンターを当ててドリフトしながら突っ込む様に前のめりになりながら停止し、
「行ってらっしゃい!」
と、和樹を車外へ放り出すと、家路につく為に僕はアクセルを踏み込み、軽く後輪をスピンさせて粉塵を巻き上げながらアリストを急発進させた。
少々乱暴だが、こんな慌ただしい夫の見送りをここ毎朝僕はずっと行っている。まあ、元々車を運転する事が好きだし、他の車の間を強引にすり抜け、パワーに任せて馬鹿みたいに飛ばす無謀運転をしたり、後ろの車の進路をひたすら妨害したり、前を走る車を執拗に煽り続ける事である種のストレスの発散に貢献しているし、車を乗り換えるいい機会でもあるので、僕にとってはある意味良い気分転換になっていた。
夕方、夕飯の支度をしようと包丁スタンドから俎板とヴェルダンの三徳包丁をシンクの上に並べた時、突然書斎に置いている固定の家庭用複合電話機がけたたましい電子音を上げて鳴り出した。
夕飯が要らないのならこの時間帯までに電話を掛けて教えて欲しいと、再三再四口酸っぱく言ってきたから、恐らく夫が飲みに行くと知らせて来たのだろう、と予想しながら僕はカウンターの上に置いている子機を手に取った。
案の定電話を掛けて来たのは和樹だった。
「もしもし、薫?今夜は浅井達と一緒に飲む事になったから。夕飯は要らないからな。」
「はい、わかりました、あなた。楽しんできて下さい。……でも、あまり飲み過ぎて羽目を外さない様に気を付けて下さいね。」
「あ――――わかっている!わかっている!……んじゃ。」
と、調子のいい言葉を残して電話は切れてしまったが、大丈夫かな…と、不安を拭い切れず不吉な予感に苛まれながら僕は子機を充電スタンドに戻した。
深夜2時、中々帰って来ない和樹を待ち草臥れ、上から毛布を掛けてウトウトとソファーで転寝をしていると、また家の電話が鳴り始めた。
誰だ……こんな時間に……非常識な奴もいるものだ、と思いつつも僕は起き上がり、カウンターまで歩いて子機を手に取り、
「もしもし……。」
と、不機嫌そのままにぶっきらぼうな感じで電話に出ると、
「もしもし?!富士之宮さんの御宅ですか?奥様でしょうか?」
と、物凄く必死な感じで叫ぶように早口で喋る男の大きな声と、何処かの店にいるのか、騒々しい有線の音楽と人々のざわめく微かな音が受話器のスピーカーから聞こえてきた。
「はい、左様ですが……。こんな時間にどのような御用でしょうか?」
と、不審に思いながらも電話の相手に僕は恐る恐る尋ねた。
「あ、失礼しました。初めまして。私、御主人の同僚で浅井と申します。」
「あ、こちらこそ。わたし、富士之宮の家内です。主人がいつもお世話になっていますわ。そういえば今夜も皆さんと飲みに行かれているとか……。」
相手が主人の同僚だと判って少しホッとしながらそう言うと、電話の相手の雰囲気が急に暗くなった。
「その事なんですが……その……言い難いのですが、富士之宮さん酔い潰れちゃったみたいで……その、向かいに来て貰えませんか?………………って富士之宮!いいの?こんな時間に奥さんを呼び出してさ……流石に不味いでしょう?いくらなんでも。タクシー呼んだ方が良くないか?」
そう言う男性の声と呼応するように、
「良いんだよ!兎に角薫にここの場所教えて迎えに来るように言ってくれ。」
と、酔っ払いモード全開の濁声に変わり果てたダメ亭主の声が電話線の向こうから聞こえて来た。
浅井さんから新橋にある本社営業部の近所にあるという店の名前と住所を聞き出してメモ帳にそれを書き込むと、僕はハンドバッグと家と車のキーを持って外に飛び出した。
下に降りて駐車場まで向かうと、1MZエンジンを3.5Lにボアアップしてスーパーチャージャーを装着したMCX20プロナードの後期型に乗り込んでシートベルトを締め、ロービームとフォグランプを点灯してエンジンを始動させ、発車措置をして車を急発進させた。
高井戸から首都高4号線に乗り、無神経な夫に対する怒りをアクセルペダルに込めて180km/hオーバーで並走する暴走車両を追い越し車線から走行車線へ蹴散らせながら疾駆し、新宿からC1外回りへと合流して一路新橋へと僕は向かった。
どうにかこうにか、新橋の界隈の歓楽街のとある雑居ビルの半地下にある、そのキャバクラだとか何とかを探し出し、ビルの傍の路肩にハザードランプを明滅させた状態で車を駐車してエンジンと前照灯と霧灯を切ると、僕は車を降りて店の中に入っていった。
ケバケバしいピンクや空色の証明に照らされた品性の欠片も感じない雰囲気に嫌悪感を覚えながら店の奥へ入っていくと、同僚らしい数人のスーツ姿の男性と店の娘らしい派手な色合いのミニドレスを着て髪をこれでもかと高く盛った2人のキャバ嬢に囲まれた、ベロンベロンになって見る影も無くした和樹が店のボックス席のソファーに寄り掛かっているのが見えた。
あまりの無様な姿に、
「あなた…………。」
と、言葉を失して茫然と立ち竦んでいると、さっき電話を掛けて来た浅井という男だろう。その中でも夫の様子を案じるように人一倍介抱していた男性が僕の方へ振り向き、
「ああ!富士之宮の奥さんですか?」
と、声を掛けて来たので、
「はい……。」
と、返事をすると、浅井らしき男性は和樹の方に向き直り、
「おい!起きろ!富士之宮!!お前の嫁さんが迎えに来たぞ!ほら…しっかりしろ!」
と叱咤した。
すると、和樹はトロンと惚けた表情をしながらも目を開き、真っ赤に染まった顔を上げて僕の方を見つめると、
「おお――――薫、御苦労、御苦労。」
と言い、その場にいた仲間に、
「じゃあ……ヒック……俺は帰るよ。…ック。」
と言って、
「ヨイショ!」
と立ち上がり、千鳥足のまま僕の方へ向かって来ようとしたが、何かに躓いたのか、そのまま僕の方に倒れ込んで来た!
何とか咄嗟に彼の肩を手で掴んで持ち堪えると、浅井らしき男性が心配そうに、
「だ…大丈夫ですか……?」
と訊いてきた。
大丈夫なものか!身長155cmで体重45kgしかない小柄な、しかも身重の女が180cm近くあって体重も80kg近くある大の男を支える訳ないだろ、常識的に考えて!と思いながら、
「助けて!誰か……誰か手伝ってぇ!」
と、僕は情けない悲鳴を上げていた。
浅井さんに助けて貰い、二人で両側から和樹の肩を担いで店の前に止めた車の所まで連れて行き、和樹を助手席に乗せて彼の鞄を後部座席に載せ、
「今日は御迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。それと主人を運ぶのを手伝って頂いて有難う御座います。」
と、浅井さんに謝罪と感謝の言葉を述べて車に乗り込むと、エンジンをスタートさせてシートベルトを締め、ロービームとフォグランプを点けてハザードを切り、代わりに右ウインカーを点滅させて発車措置をし、右後方を視認してステアリングを右に切りながら僕は車を発進させた。
ぐるりと回って新橋からC1内回りに入る頃には、また大きな鼾を掻いて和樹は眠り始めた。そんなだらしない夫の姿を横目にハンドルを握りながら、ある程度は覚悟を決めて自分が選択した道だとは云え、何処か煮え切らない何かを沸々と感じていた。
そして、この子が無事に産まれて来たら、こういう生活もある程度はいい方向に変わるのだろうか、と淡い期待を持ちつつ、シフトノブに添えた左手をノブから離すと、僕はまた腹を撫で始めた。