秩序編 一章
……?
とても長い夢を見ているのだろうか。
朝と昼を三度繰り返す中で永遠とも思える勉強をしていたはずだ。
今は灰色の部屋が見える。臭いも嗅ぐことのない薬品の臭いがする。
「終わったぜ、お客さん」
少し……見覚えのある初老の男の人が、私の目の先で手を振った。
どうやら意識があるのか確認をしているのだろう。
「すみません。お尋ねしたいのですが、ここはどこでしょうか?」
男は困っているのか、苦虫を噛み潰したように渋い顔で頭をぽりぽりと掻く。
「困るねぇお客さん。人格形成クリニックは自殺する場所じゃないんだよ」
「人格形成……? どういうことでしょうか?」
「ここはね、心なんて不確定な言い方をしないのであれば人格をクリエイションする店なの。美容整形とかは分かるでしょう? それを内側でする訳なんですぜ」
「それと私がどのように関係するのでしょうか?」
「お客さん、あなたとても人が良かったんで人格形成機を使わせたんですがね、どうやら記憶を全て消してしまったようなんですわ」
「えう……私が自殺? そんなどうしてですか!」
「信じられませんかね? 言っときますがね、私も他の人もお客さんの人格形成機は触ってませんからね。受け入れ難いとは思いますがぁ……自殺なんですわ」
……呑み込めてきた。私が夢だと思っていたものはまっさらな頭の中に最低限の常識を埋め込む作業だったのだ。
とは言いつつ、この世の仕組みを表面でのみ知っているだけ。とても一人ではやっていけるとは思えない。
「そんな、どうにかなりませんか! 私のような愚かしい小娘に、どうやって生きていけと言うのでしょう!」
「こ、困るよお客さん……。暴徒から救ってもらった恩があるとはいえ、恥ずかしい商売をしてる私に出来ることなんかありませんわ」
男の困った表情に、私は強く言えなくなった。
そんな黙らせてしまったことにも罪悪感があるのか、男はポケットから茶封筒を取り出す。
「お客さんの生前のノクサさんが、生まれ変わった自分に向けて書き残したもんがある。もしかすると、これを読めばなんとかなるかもしれませんねぇ」
……これでどうにかなるものでもないと思いつつ、私はそれを受け取った。
封筒の中には一枚の紙が入っていた。
私の名前は野草。家は無く、生前に稼いだお金は三〇万円程。記憶を消した理由は作られた人格ではなく、もっと根本的な自分とはなにかを知りたくて記憶だけを全て消したこと。魔法と生命と肉体的な力は並の人より強いこと。運だけはどうしても悪いこと。だからしがらみは全て取り去ったから好きなように生きたいということ。
私はこの生前と言われるノクサが、記憶を消すことを死ぬことと思っていないと読み取ることが出来た。
しかし、目標がなく、急かされる事案もなく、なにもない今の状態は死人のように感じる。
こんなことで一体なにを始めれば良いのだろうか。
「どうですかい。なにか分かりましたかね」
「……お金を稼ぐ方法が知りたいです」
「お金……?」
「ただ飲み食いするだけの余裕は無さそうなのです。なので、働ける場所を教えてくださいませんか?」
男は……頭を掻く。
「お客さんは覚えていないでしょうが、あなたは私の命の恩人です。私が出稼ぎに出て、あなたがここで働いてもらうことなら喜んでするでしょうぜ」
「……そんな、ご迷惑になるくらいなら!」
「そうでしょう。生前のあなたもほっとけないくらいの善人でしたからね。それは気持ちの面で嫌でしょう。ですがね、それ以外となると……ろくな場所がねぇ」
……想像が付かない。働くだけで一体なにを覚悟するというのだろうか。
「教えてください。私にはなにが出来るのでしょうか」
「お客さんは……ここヘヴンスターにおいて観光客なんですよ。ただでさえ人口が増えすぎてこの星から出ていった人が多いのに、居座ることは出来やしない」
「……で、では私の故郷とは?」
「さぁねぇ……。ヘヴンスターに拘るのなら、それなりのことをしなけりゃなんねぇ」
「それなりのこととはなんですか?」
「三つ」
男が三本の指を一つずつ折っていく。
「一つ目、ヘヴンスターの侵略軍に入隊して星を襲うこと。二つ目は裏闘技場で金を稼いで滞在期間を伸ばすこと。三つ目は……この星の住民に飼われることくらいだ」
「飼われる……?」
「ペットですぜペット。まぁ、お客さん強いし、素直に星から出て行った方がいいと思いますぜ」
……植え付けられた知識を読み返す。
世界は決められた法により自由を制限し、法に従うことにより法に守られる。
生命の原動力である欲に動かされる人間は、その仕組みが崩されない限り保護される。
……それは、あくまでも法に適する者のみだ。
私は……それ以外の生き方を忘れている。
「よく……分かりました。後は自分で探します……」
私は立ち上がり、人格形成機なるカプセルの中から出て行く。
まるで無謀だと、男は呆気な顔で私の行動を見た後、出口から消えて行く間際にあわてて声を掛けた。
「ああお客さん! 疲れたら戻ってこいよ! 何はともあれ寝場所でくらい使ってくれていいんだから!」
小さく会釈だけ返して外へ出た。
──圧巻の景色だ。
雲を突き抜ける巨大ビルの数々。その影に埋もれる私の今立つ商店街。私が記憶する普通の家はどこにもなく、あまねく全てが商売するための建物だった。
空にはこの星を覆いつくさんばかりの宇宙船が。これがこの世界の日常であった。
通りには陰鬱な表情の人と観光客と、無差別に建物と道路を掃除するロボットが居る。
あまりに常識を粉々に砕かれたせいで呆然と立ち尽くしていると、水着みたいな衣服を着け、関節部分が全て機械パーツのように切れ込みが入った女が話しかけて来た。
「ヘヴンスターへようこそ。お客様はお困りでしょうか」
「え、え?」
「ヘヴンスター観光案内用ロボット『メテ』が最適な観光ルートを案内します。ご希望がございましたらお申し付けください」
女ではない。機械だ。
手持ちの金で買い物などすればすぐに無くなることは目に見えている。しかし、断ろうにも申し訳なさから中々言い出しにくい。
「その、今は考えているところでして……」
「ご安心ください。観光客の皆様のデータからより有意義な時間を提供することが可能です」
「えう……」
「まず初めに奴隷市場が大変人気となっております。ヘヴンスターが侵略した星々の中から珍しい人間を他の星よりも最安値で販売しております。二つ目に人体改造店のご利用が多くなっております。危険な宇宙旅行での安全性のため、是非とも最先端な人体改造をお勧めいたします。続きまして裏市場による人体解体ショーが大変賑わっております。我がヘヴンスターが誇る一流の兵士による殺人術をお披露目いたしております。続きまして」
「うー……」
とても趣味に合わない話を延々とされたところでどこも有意義ではない。
こんなことではいつまで経っても生活の目処は立たないだろう。それならばすぐにでも離れれば良いとは思いつつ、黙ってゆっくり歩いても付いてくる。
臆病な性格を呪う。自分の人格が嫌いな訳ではないが、こういう時はあまりにどうしようもない。
「はーい失礼」
──そんな私とロボットの間に栗色の髪の少女が割って入った。
紫の瞳が私の顔を見た後、安心させるように少し笑って見せ、ロボットと対峙する。
「彼女は私の連れです。案内は必要ありません」
「ベノルリル様ですね。では案内を終了させて頂きます。よいご観光を」
たった二言で厄介なロボットは去っていった。
栗毛の少女はこちらに向くと、得意げに指をブイの字にする。
私は大いに拍手した。
「あなたは……なんだか不思議な人ですね。お名前は?」
「野草です」
「私はベノルリルです。漏れ出る達人の気配といいますか、さてはかなりランクの高い星から来ていませんか?」
「あの……実は記憶が無いのです」
「ふーん。私の見立てを言っても良いですか?」
「ええ」
「惑星スペアの出身ではないですか?」
「あの、だから記憶が無いのです」
ベノルリルさんは一人でに頷いた。
「なるほど。私はですね、船に乗せる物資の買い出しに来ているんです。予定が無く行く当てもないのでしたら、私に同行しませんか?」
これは……親切なのだろう。
詳しいことは聞かず、しかし放ることもせず。今の私にとって一番良い提案だ。
断る要素はどこにもない。私は了承した。
「決まりですね。さ、こちらです」
後ろ手を結んで前を歩く彼女に付いていく。年齢は恐らく一三。私も恐らく一三だ。
迷惑だとは承知で聞きたいことがあった私は、指と指をもじもじとしながらも話しかけた。
「ベノルリルさんはどのようなお仕事をなさってるのでしょうか」
「仕事……というよりか、私達の母星が寿命を迎えたので宇宙を渡りながら生活をしているんです。ある星を救っては見返りをもらい、ある星を滅ぼしては物資を奪い、ある星に立ち寄れば少し滞在してまた宇宙を巡る。仕事ではなく、これが私達の生き方なんです」
「とても想像の及ばない世界ですね」
「人類が発展した世界では常識の範疇ですよ」
先程のロボットもそうであるように、常識に見出していた善性からかけ離れていることを平然と言われると、納得し難いものがある。
歩いて数分も経たないうちに目的地に着いたようで、ベノルリルは武器屋デスガーデンという店に入っていった。
中は明らかに殺傷目的の武器が壁を覆いつくさんとばかりに並べられており、赤、青、黄色というようなカラフルな塗装が施されている。
武器屋だからだろうか、カウンターの椅子には成人男性の二倍の背丈はある全身機械仕掛けの巨体なロボットのようなものが座っていた。
盗みなど働こうものなら、そのロボットが戦うに違いない。
「アースのベノルリルです。注文していたナパーム弾一〇〇個と対国用プラズマボム二〇個の引き取りに来ました」
ロボットは……左胸部を開き、私の小指ほどの大きさの機械を取り出した。
「アースが来た。どのアースかだって? おいおい死にてぇのかよ。分かったらさっさと運べ。色付けろよ」
それだけを話した後、機械を左胸部しまうと立ち上がる。カウンターの横に置いてあったふわふわな椅子を二つ持ってくると、私とベノルリルに座るように勧めた。
「繁盛なさってるんですね」
ベノルリルが座りぎわに言うと、ロボット……なのだろうか、彼は照れているジェスチャーをするかのように人差し指で頭を掻いた。
「食い扶持を稼ぐには困らないなぁ。その子は新人か?」
「友人の野草さんです。宇宙船が故障していたみたいで、アースが拾ったんです」
「ほう、一人で?」
「ですんです」
……都合は合っている。否定することもない。
すると彼は笑い声を出した。形変わらぬ目で私を見る。
「そりゃ都合が良い! どうだ、嬢ちゃん! 船を買う気はないか?」
「船? あの、お金があまり無くて」
「そんなの気にすることはない。格安で売ってやるさ! とりあえず一〇京円でそれなりのものは買えるぞ! はっはっは!」
聞き間違いでしょうか?
今万でもなく億でもなく、ましてや兆でもない。桁の大きさに壁を感じる。
ベノルリルはそれにパッと花が咲く。
「今購入しているプラズマボムよりも安いですね。これは随分とお得ですよ」
「えっと……」
「まさかそんなものさえ買えない訳は無いだろ? なんたってヘヴンスターにこれるくらいだもんな!」
「えう……」
「何を躊躇してるんです? 予備の一つや二つと思って買っておきましょうよ! ちなみにいくら持っているんですか?」
「……三〇万円」
絶句。
調子良く話していた男もベノルリルも、あまりに予想外の発言なのか固まってしまっている。
動かぬ空気の中を男はぽつぽつと喋り始めた。
「……ヘヴンスターで慈善活動してる奴なんかそんなもんでも生きて行ってるからなんとかなんだろ」
「あ、そうだ! 野草さん、ヘヴンスターの軍に入隊してはどうですか? あそこは一回だけ気ままに暴れるだけで他の星で一生を過ごせるだけのお金が入りますよ」
「おおそうだな。俺の目に狂いがなけりゃ嬢ちゃん結構強いだろ? 順調にいけりゃあな、あのストロンゲストに匹敵する地位につけるぜ」
内情は知らないが、コケにされているようには思えない。入隊するだけでどうにでもなるのならばそれも良いのだろう。
しかし、私はそれが碌でもないものだと教えられている。忠告を無視しても良いのだろうか。
「軍は……主にどんなことをするのでしょうか」
その問いに男は答えた。
「えーと、ヘヴンスターの警備……はちょっち位が高いな。有人でも無人でも星を占領する部隊だろ? で、星を資源に変換するのは軍じゃなくて研究機関だから……あー。シンプルに星の侵略だけだな」
「訓練とかは?」
「星間移動の時に各々が勝手にやってるよ。トレーニング機材は山のようにあるはずだから」
「星の……住人がいる場合はどうなるのでしょうか」
「裏市場って聞いたことがあるだろ。強い個体は闘技場へ、弱い個体は労働力へ。弱い以前に使い物にならないくらい力が弱ければ殲滅か?」
「その使い物にならないとはどの程度でしょうか」
「簡単な指標だったら、その人類が宇宙を移動出来ないくらいに文明が発展出来ていないのが当てはまるな。例外もあるが……」
言葉に詰まる。価値観が違いすぎるのだ。
この世界の住人は神など毛ほども信じていない。自らの行いに報いが来るなど不安にも思わない。
そこに悪はないのだろう。ヘヴンスターのネットワークにおいて、たかが星一つ滅ぼしてもデメリットはないのだ。
だからと言って、私がその価値観に擦り合わせるには抵抗がある。罪悪感を飲み込めるほど、私の心は広くない。
「どうやら、野草さんにはその手に縁がなかったようですね」
「だな」
私の反応から無理強いになると判断した彼らは、それ以上ヘヴンスターの軍について触れることはなかった。
「だったら多少危険ではあるが裏闘技場くらいしかねぇな」
「あの、裏闘技場とは?」
「スポーツです。人口が増えすぎていたり、得意分野が分かれ過ぎて徒競走や球技では比べられなくなったので、それらを統合して闘うようになった歴史があるんです」
ベノルリルの説明に男は頷く。
「人体解体ショーって聞いたことくらいあるだろ? ヘヴンスター並みに発展した星やヘヴンスターが侵略した星の代表者がそこへやってきて闘うんだ。戦闘技術の見聞や単なる娯楽として集金したりするってのが本筋だ」
「死闘……ですよね」
「降参くらい出来るさ。まぁ、侵略された星の代表者はそれをしたくても出来ないだろうが」
「裏闘技場の三年覇者にストロンゲストが居るんです。彼は凄いですよ、なにせ私と同い年で、しかも一〇歳から負けなしなんですから」
「どうして……その、ヘヴンスターの人も戦うのでしょうか」
「優勝者には賞金が支払われるからだ。その金が他所に渡らないように、ヘヴンスターの軍人が出場して、その賞金を回収してるのさ。ずるいとは言うなよ、あくまでもフェアに闘ってるんだからな」
戦い……。私に戦う力はあるのでしょうか。
記憶を漁ろうが、私に秘められた力は見つけられない。惑星規模を滅ぼす力など想像が出来ない。
現状を鑑みて悩ましく考えていると、ピピ、という音が男から鳴った。男は再び小さな機械を取る。
「ああ? 終わった? 代金も受け取った? あ、そう。そう言やよ、お前風呂のあの子気に入ってたよな。また金をくすねるんじゃねぇぞ。しない? どうだか……」
去り際なのだろう。ベノルリルは静かに立ち上がる。
「では、私はこれにておさらばです」
「おうまたな」
彼女は店を出ていく。私はそれに続いた。
「あの、この後はなにをするのでしょうか?」
「うーん、なにも。後は船に燃料を入れるだけくらいですからね。数日間はこの星をぶらぶらです」
「暇、なのですね」
「そうだ! 折角だから裏市場に行きましょうよ。面白いものはありませんが、闘技場がどんなものなのか様子を見に行きませんか?」
その申し出は……断る理由がなかった。
私に出来ることなどほとんどないのだ。ならば限られた選択肢の中で、ここの地理に詳しそうな人と一緒に見学するという安全性の高い選択が出来るだけありがたいものだ。
「……行きましょう」
「そらきた!」
ベノルリルは早足で進んだ。時速は一〇〇キロメートルか。時間も限られているのだろう、私は特に文句無く付いて行く。
五分ほど経つと、山のように大きく、その面積全てが入口になっている鉄の建物についた。
人の波を速度を維持したまま幽霊の如くすり抜け、行く先に浮遊する小さな機械が明かりを発し雰囲気が変わって行く。
ベノルリルは後ろ手を結んだまま人差し指でこちらにクイクイとしながら、左の大入口に入っていく。
そこは……華やかさの欠片もなかった。
なにかを作る機械音が大きく響き、首輪にワイヤーが付けられた人間や動物が列になって店頭に並べられ、通行人は笑いもせず怖がりもせずに真顔で流し見している。
こんな下劣な星に記憶を失う前の私はなにをしようとしていたのだろうか。
ベノルリルの進む先から歓声が大きくなっていく。目的地は近い。
彼女はピタリと動きを止めると、ドーム型の大きな建物の入口に着いていた。その入口で入場者を確認しているであろう傷だらけの大男に彼女は片手を上げて挨拶をし、そのまま入って行った。
進みながら後ろを振り返ると、その大男は私達意外の相手にはなにやらスキャナーを取り出し、入場者は小型の機械を取り出してなにかを読み取らせている。
「あの、入場料とか払うのではないでしょうか」
「顔パスって奴です」
ますます分からないことが増えた。自分の後先よりもまず、彼女が何者であるかを知ることが優先になった気がした。
食べ物の匂いが充満する飲食店の並びを抜けていき、奥の扉を開くと巨大な空間に出た。
中央には白く平らなステージがあり、その周りを透明な膜が球状に覆っている。それをさらに覆うように大勢の観客が座っている。
ベノルリルはすぐ近くの椅子に座った。
「さぁ座ってください」
「これからなにが始まるのでしょうか」
「最近の話ではトーナメント戦にしても結果が分かりきっているせいでマンネリ化しているみたいなので、恐らくはバトルロワイヤルじゃないかなって思うです」
……。
始まるまで待って数分も経たないうちに会場に変化は起きた。
この空間にやかましく音楽が鳴り、男の高めの声が広々と響く。
『お待たせしましたあああ! 我がヘヴンスターにおける一兆年の歴史! 屈強なる戦士によるバトルコロシアムの開催だぁあああああ!』
その言葉が合図として、下の入場口から派手に煙が噴き上がる。
『南門より参戦致しますのは! 未だ侵略ならぬ凶悪な星、名付けて『モンスター』より侵略組星合団体所属のルアルス!』
私から見て左側の門から全身に機械を纏ったごちゃごちゃの青年が現れた。
下半身に装着した機械の足は車輪を駆動させ、中央へと進む。
『西門より参戦致しますのは! 下等文明の星を数多支配する神の星フレッドよりゴッド・カーフォ! 皆様ご存知の通りフレッドとはヘヴンスターの兵役義務から抜け出した腰抜けであり、文明ランクはCではありますが、さて、どこまで粘ってくれるのでしょうかッ!?』
観客から嘲笑が聞こえる。中央に浮かぶ立体型の映像では長い金髪の男が不機嫌そうな顔で映っている。
「北門より参戦致しますのは! 先月に侵略が完了した魔法を得意とする星より、見事星の民族の統一に成功したと言われる者! 巷では勇者と呼ばれており、資源化を阻止するべくバトルコロシアムに参加したケイルだああああ!」
私から見て右側の門から青いマントを羽織った黒髪の青年が、覚悟を決めたのか、妙に凛々しい顔で登場した。
「あの、ベノルリルさん。彼は……」
「そうです。降参はまず出来ませんね」
……会場は静まる。
先程はやかましさをさらに上塗りするように大きな音量で司会者が話していたにも関わらず、黙る理由などまるでないというのに、一体どうしたというのだろう。
完全に声がやみ、ベノルリルは頬杖をついてフッと笑う。
『さて、東門より出でるのは我らがヘヴンスターの最高戦力。最強にして無敗のストロンゲスト。ある者はそれを人体解体ショーと呼び、ある者は虐殺王と呼び、ある者は救世主と呼ぶ。彼は一三歳、まだまだ伸び代があるにも関わらず無敵の強さ。センナノの登場だ!』
私の視線の先、奥の入場口から今までで一番の派手さで花火が打ち上がる。火花の下で幼い少年があくびをし、両手を焦茶色のロングコートのポケットに突っ込みながら中央へ歩いていく。
腰には私の身長程の長さはあろうかという大太刀を佩用していた。
「野草さん、私から見ればあのセンナノさんが負ける要素はないです。今のうちに弱点を見つけた方が良いですよ」
ベノルリルは……彼を高く評価している。
見た目は他が鉄を身に纏っているのに対し、彼だけは刀以外が布や皮の防護には向かないものを着ている。余裕の現れというものだろうか。
ふと自分の服を見た。焦茶色ではないが、彼と同じような肌色のロングコートを着ていた。
私は彼に興味を惹かれているのだろう。私と彼、なにか不思議な縁があるように思える。
『では始めましょう! リング場に最後に残った者が勝者だ!』
東門の上の位置にいるレフェリーと思われる機械の体をしたなにかが太鼓を鳴らす。
それが開始の合図のようだった。
リングの戦士は動き出す。体の向きは三人ともセンナノへと向き、各々が得物を向けた。
銃、剣、魔法。三者三様によるバリエーションに富んだ攻撃が繰り出されることは容易に想像出来る。
その対処はどのようになるのだろう。センナノは未だあくびをしている。
『おぉーと! センナノに狙い撃ちだぁあ! 我がヘヴンスターは、否、我らがセンナノは随分と嫌われているようだ!』
機械を身に纏ったルアルスが私の胴体ほどの大きさの銃でプラズマビームをセンナノへ放つ。それを、彼は左腕を大太刀の柄に乗せてリラックスしながら右手で払った。
払われたビームはリングを覆う膜に当たると、激しくバチバチと音を響かせて散る。
次にカーフォと呼ばれた金髪の男が内反りの剣で切り掛かる。しかし、センナノは親指と人差し指でそれを摘んだ。
「なにッ!?」
渾身の一撃であったのだろう。カーフォは驚愕している。
センナノはその状態で二秒ほど停止し、なにを悩んでいたのだろうか、右手を滑らせるようにカーフォの首の襟元を掴むと、ルアルスへ向けて投げ飛ばした。
その様子をじっと観察していたケイルは右手のひらをセンナノへ向けたまま後退りする。
センナノはため息を吐いた。ゆっくりと前へ歩くと、ケイルから氷塊が無数に発射される。氷塊はセンナノへ接触した瞬間消滅していき、まるで柔風でも浴びるかのように受け流していた。
「これならどうだ!」
ケイルは床を一平方メートルで剣で刻むと、それに魔力を込めて浮かせ、センナノへ向けて放つ。
彼は煙でも払うかのように手をひらひらとさせて軌道を逸らした。
いつしか抵抗虚しくケイルの眼前には手を伸ばせば届く距離までセンナノが迫っていた。
「……あのなぁ、こっちは時間を気にして戦ってんだ。もっと本気でやらないと終わっちまうだろ」
「こいつ、舐めてるのはお前だろ……!」
ケイルは剣でセンナノへ斬りかかろうとするが、センナノは足でケイルの両足を消し飛ばす。支えが無くなったケイルは床へ這いつくばり、そこには血霧が舞っていた。
「ぐああああああ! お前なんなんだ! なにをすればここまで強くなる!?」
「……あ? もしかしてだが、お前転生者って奴か?」
「だったらどうしたっていうんだ! ぐっ」
「いやさ、星を一つ救ったって評判の割には軟弱だからさ。わざわざ接触箇所を消してやったんだ。魔法はまだ使えるだろ? 派手なの頼むぜぇ~?」
センナノは薄ら笑いを浮かべていた。敵を前にして背中を向け、のろりのろりと距離を取っていく。
その間にケイルが腰に携帯していた巾着から、袋のサイズに似合わない赤い液体の入った瓶を取り出し飲み干した。するとケイルの失った足はみるみると生え出し、やがて立ち上がる。
そして両手を突き出した。右手は電気を、左手は氷の霧を纏い、それらを重ね合わせた。
氷の霧は徐々に氷塊へと変わり、その中に電気を注いでいるように見える。
やがて氷塊は激しい光を放ち始め、時間が経つにつれてそれは強大になっていく。
「どんな手品を使って魔法を打ち消しているのかは分からない。でも、必殺の一撃であれば無傷では済まないだろ!」
「さて、やればいいだろうが」
センナノはあくまでも防御をする気はなかった。コートのポケットに手を入れ、悠然と待ち構える。
その無防備に、ケイルは容赦をしない。
「爆ぜて砕けろ! アイスサンダー!」
輝く氷塊は放たれた。音速を越えた速度でセンナノの胸元へ届き──消えた。
効かなかった。まるでそんなもの初めからなかったかのように姿を消したのだ。
なにも通用しない。それがどれだけ絶望させたのだろう。彼の手は震えながら剣を握る他なかった。
「おいおい、戦う勇気のある者は他にいねぇのか? バトルロワイヤルなんだろ? 全員かかってこいよ」
センナノの挑発に応える者は居ない。圧倒的な力の差に真っ向から立ち向かうことのなんと愚かしさか。
遠くで戦いを見ていたルアルスとカーフォは悔しそうに顔を歪め、黙ってリングから降りていった。
センナノは左腕に付けてある腕時計に目をやり、深くため息を吐く。
「まだ始まって二分しか経ってねぇよ。目玉イベントなんだぜ? 一時間は保たせろって言われてんだよ。こりゃ解体ショーで決まりだな」
……彼はあえて口に出した。
ケイルは……間合いを掴めていないにも関わらずに少しずつ、ミリ単位でセンナノに近付く。
「お前は降参しないのか? 死ぬよりも辛い目に遭うぜ」
「俺は……勝つまでやめない! 故郷のため、国のため、何よりも大切な人達、支えてくれた彼女を裏切るわけにはいかないんだ!」
「本気か?」
「本気だ!」
センナノは……足早にケイルに接近した。
ケイルは咄嗟に下から剣を振り上げようとするも、先程と同じように脚を蹴り飛ばされ、車輪のように宙を舞った。
床に叩き付けられたケイルはすぐにポーションを飲んで脚を生やし、剣の切先をセンナノ目掛けて突進する。
しかし、センナノはその剣先を指の腹で止めると、上へ向けて弾いた後に再び脚を消し飛ばす。
「ぐあああああああ!」
腹の底から鈍い叫び声が会場に響く。それを観客は──静かに見守っていた。
なぶり殺しがつまらないとか、苦しむ姿が不快とか、そのような理由ではないのだろう。他人の為に命を燃やす彼の生き様に敬意を表し、見届けようとしているのだ。
この戦いは娯楽には当てはまらない。占領した星を返却する機会を与えた、良心から来る慈悲ではないだろうか。
センナノは負けるつもりなどまるでない。負けてあげることもしない。それでも戦う時間をなんやかんやと伸ばしている。
これを舐めた戦いだと思う者は誰もいない。それはもはや、どん底に追い詰められたケイルさえも分かってしまうものだった。
「まだ……戦えるぞ!」
ケイルは脚の出血を魔法で止め、自身の体を風を纏って浮かせた。魔法の通用しない相手には接近戦の選択肢しか残されていない。力を振り絞って突撃する。
しかし……彼は首をセンナノに掴まれ、風も消え失せ、止血したはずの脚からだらだらと血が流れ始めた。
「お? これじゃあよ、ただの血抜きになっちまうじゃねぇか」
「うおおおおおおああああああ!」
ケイルの剣はがむしゃらにセンナノへ斬りつけるが、それは服すらも斬れずにただ滑らせるだけだ。
センナノはそれ以上のことは何もしなかった。ただケイルの命が尽きるまで、握り潰すことなく空へ掲げるのみ。
……私には、その運命に納得できる材料がない。
だから私の足は立ち上がっていた。
「野草さん……?」
黙って観戦していたベノルリルがきょとんとこちらを見る。
「やめさせます」
「駄目です!」
「こんな戦い誰も望むはずがありません。だから私が止めるのです」
「これは極めて平和的なスポーツなんです! 全面戦争ではなく代表者の決闘により最小限の犠牲で済ませるためのものなんですから!」
「……私は一人のために世界を敵にしても構いません」
彼女は無理矢理には止めなかった。
私は会場中央へ向けて跳ぶ。膜を越え、センナノの内手首を打ち、ケイルの首元が離れた隙に彼を抱えて限界まで下がった。
彼の血相は酷い。血が抜かれすぎて青く見える。
私は自分のコートの内側にしまわれているナイフを取り出し、自らの手首を切った。
流れ出る血に生命力を込め、彼のシワシワの口に含ませてやると、彼の脚は瞬時に再生された。
息は、している。余程のことがない限りしぬことはないだろう。
センナノははじめ様子を見ていた。ルール外の出来事に憤ることはなく、私の存在を認識しようとしている。
正面から見るセンナノはあまりに隙だらけだ。柄に触れようともせず、姿勢は両肩ともまっすぐ、足は地面にべったり。攻めることも防ぐことにも一歩遅れるようになっている。
絶対に勝とうという気持ちは少しも感じられない。戦いの枠において、最大限負けようとしているように見えた。
私はセンナノという少年が立っている土俵に合わせたくなってしまった。
「もう、やめませんか」
言葉を送った。彼は柄に左腕をもたれ、リラックスする様子を見せる。戦いの姿勢からまた一歩下がった。
「……ケイル、と言ったか。そいつの住んでいる星は既に資源化への道が決定されている。その撤回には莫大な金が必要だ。星を丸々一つ買う必要がある」
「その為に死ぬ必要はないでしょう……」
「そいつが稼げる場所はここしかない。故郷を守りたいのであれば、死ぬまで戦う方法しか残されてねぇんだよ。まぁ、自分よりも他者を優先することに止めはしないがな」
それは私への警告でもあった。金の掛かった大会を邪魔するということ、なんらかの損失は免れない。
しかし私はこんなもの好きではない。存在を知ってしまえば見過ごすことなど出来ない。私に残された選択肢は一つのみ。
無理を押し通すことだけだ。
「お願いします。どうか彼を殺さないでください。そして、彼の大切な人々を救ってくれませんか……?」
「……」
センナノは黙して刀を抜いた。ゆっくりと歩き出し、私の目の先に立つ。
「わがままなら俺を倒せばいい。そうだろうが」
突き放すようで、どこか曖昧。割り切れない言葉を紡ぐ。
この状況でこの戦いが慈悲であることは薄らと感じている。これは侵略された星に与えた心残りのないようにと思いやっての結果なのだと。
では──センナノは果たして満足するのだろうか。私には彼が苦しんでいるように見えてしまうのは、勝手な妄想なのだろうか。
「どいてくれ……」
ケイルは立ち上がり、私を押し退けた。
「この戦いは……俺に残された最後の舞台なんだ……。ここで踏ん張れなきゃ気持ちでさえ何一つ勝てないんだ……!」
何がここまでさせるのだろうか。ケイルは無謀にも続けようとする。
生きている限り……目覚めている限り、戦うしかないというのならば、私には残された選択肢が限りなく少なくなってしまう。
私はケイルの肩を掴んでこちらを向かせ、鳩尾を殴った。ケイルの体は浮き上がり、前のめりになって顎が突き出た所を横から打って床に沈ませた。
彼の意識は完全に無くなる。
センナノはそれに大いに笑った。
「ほう、それでどうなる? 思い通りにならなきゃ力でねじ伏せるか? 構わねぇぜ俺はよ」
あくまで挑発。自分からは何もしない。
きっと、こうなってしまうのには大きな時代の流れがあるのだろう。逆らうおうにもあまりに絶対的な理由が。
彼が何も警戒をしないのならば、私も警戒を解く。私は会場の観客席をぐるりと見渡した。
私が居た席のベノルリルは真剣な眼差しで私達を見ていた。
北門の観客席にはケイルのみに視線を向けて泣いている若い少女。
でなくとも、全観客はただ私達を見ている。
力を行使するには相応の相手でなければ自らが人の定義に留まることは出来ない。正義を掲げ、蹂躙するとしても、この場の全員がそれに当て嵌まりそうにない。
私の甘っちょろい人格では……自らの身を削ることしか思いつけない。
私は両膝を床に着き、両手も床に着いた。
センナノの苦虫を潰したような顔から視線を下に外し、頭を床に擦る。
「お願いします。どうか私の身勝手なわがままをお許しください」
こんなもの形だけでしかない。足掻くことすらせずに、自身の肉体を傷つけることもせず、負担というものを全てセンナノに押し付けている。
「……お前、なんの申し訳なさもないだろ」
「……」
「言いたいことを全部言って気持ちがすっ、と楽になってんだろ。そうだよな、お前は自分が誰からも信頼されていたり、尊敬されていたり、想われていると感じていないからそういうことが出来るんだ。所詮は力を持て余した小さい女なんだよ」
「……」
「そんな気持ちの悪い考えをいつまで保てるのか試してやろうか。お前が俺の忠実なペットになるというのであれば、ひとまずそいつの命の保証をしてやろう。分かったらこのリングから降りて、東門まで歩け」
……私は彼ではない。しかし、ひねくれていたところで根本は悪人ではなかった。
もしかすると本質的には極悪人なのかもしれない。善意でそれを塗りたくり、さらに悪意を二枚重ねで被ったような人間だと思う。
私は歩き出した。彼が入って来た東門まで歩く途中、彼はケイルの襟首を持ち上げ、北門の観客席で泣いている少女に向けて投げ付けると、私の後ろに続いて会場から去った。
私よりも足早に私の前へと出ると、先程の言動と似つかわしくなく、私の手を優しく引いた。
「……何故俺を助けようとした」
「……」
「だんまりか。精々そうしてろ」
センナノという少年に、私は惹かれている。




