【超短編】完璧な犯罪
完璧な犯罪には、完璧なアリバイが必要だ。
大野の家を出た佐々木は、手袋をポケットに押し込みながら、夜の冷たい空気を深く吸い込んだ。
大野の家には一切の証拠も残していないはずだ。佐々木は高揚感と笑みを顔に出さないようにしながら、早足で進む。
ポケットのスマホを取り出すと、時刻は22:38。計画通りコトは進んでいる。あと三十分もすれば、インスタに自動更新される写真で、完璧なアリバイを作ることができるはずだ。あとは、地下鉄を遠回りして家に帰って事件のニュースを待つばかり。
佐々木は事前に下調べをした防犯カメラに映らない道を迷いなく進み、電車に乗り込んだ。キャップを深く被り、大きめな白いマスクで顔のほとんどを隠している。たとえ知り合いに会ったとしてもバレる心配はない。
やけに電車の速度が遅く感じる。普段より数倍早い心臓の音が周りに聞こえてるんじゃないかと落ち着かない気分だ。スマホを見ると23:05。あと3分もすれば、完璧なアリバイが手に入る。佐々木は膝を揺すりたくなる気持ちをぐっと抑えて、自宅の最寄り駅に電車が着くまでの時間をおとなしく耐えることができた。
改札を出て外気の冷たい空気が肺に入ると、佐々木の火照った体を心地よく冷ました。駅の電子掲示板を見ると23:15。全ては整った。街灯が青白く照らす自宅の方へ足を向けた。
しんと静まった住宅街を不自然にならない程度の早足で進む。やけに自分の足音が大きく感じる。
ふと背筋が寒くなり、後ろで足音が鳴った気がした。まさか誰か後ろを付けてきているのか?いや、犯行は誰にも気づかれていないはずだ。ここでトラブルになるのはマズイ。せっかくのアリバイが台無しになる。とにかく後ろを確かめなければーー。
佐々木はすぐさま振り返りたい気持ちを抑えて、立ち止まってポケットからスマホを取り出す。
「あれ、財布どこだろ。これはスマホだし」
佐々木は棒読みで呟き、ポケットからさりげなくスマホを取り出した。財布を探すフリをしながらさりげなくスマホのカメラを後ろに向ける。小指でスマホのスピーカーを塞ぎ、側面のボタンを押した。カシャリ、というお馴染みのシャッター音は響かなかった。静寂のなかで、ボタンの軽いクリック感だけが指先に残る。うまく音を消すことができたようだ。
「なんだ、財布ズボンのポケットにあったのか」
佐々木は何事もなかったように歩き出す。目線だけをちらりとスマホに向けると、街灯の明かりでぼんやりと映った黒い画面が見えた。人影らしきものが映ってる様子はない。
「気の所為か」
佐々木はほっと息を吐き、目を上げると見慣れたアパートは普段と変わらず佐々木を待っていた。
鉄骨の階段を足音を立てないようにそおっと登り、部屋の鍵を開ける。玄関に入りガチャリと鍵をかけチェーンまでかけると、佐々木は玄関の扉にもたれかかり深く息を吐いた。
全ては計画通り、順調に終わった。全部大野が悪いんだ。オレを脅して金をせびろうだなんて考えるから。
佐々木は頭の中でぶつくさと呟くと、疲れた体を動かしてシャワーを浴び、早々にベッドに横になった。大野を始末する計画を立てから久しぶりに熟睡することができた。
朝、目が覚めると朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。まだアラームはなっていないようだ。目を擦りながら、枕元のスマホを見ると画面は真っ暗なまま。充電が切れている。佐々木は慌てて飛び起きるとリビングの時計を見上げる。時刻は7:04だった。普段起きる時間より20分も早く起きたようだ。
「お茶でも飲むか」
佐々木は大きく伸びをすると、電子ケトルに水を入れ電源をいれる。リビングのコンセントでスマホを充電する。少し待つと画面がついた。朝のニュースを調べて、ざっと目を通す。まだ大野のことはニュースになっていないようだ。検索履歴はみられてもいいように、ここ1ヶ月ほどは、毎日ニュースを調べるようにしている。抜かりはない。
カチッと音を立てて止まったケトルの注ぎ口から湯気がでている。いつも使っているコップにティーパックとお湯を入れて、リビングの机に置く。ソファーに座り、スマホで朝のニュースの動画を見てながらお茶をすする。
「これで全てが終わった」
そこに突然、玄関のチャイムが鳴った。佐々木は息を飲んで玄関を振り返った。佐々木の顔色がさっと青くなる。
まさかそんな。計画は完璧だったはずだ。きっと違う。宅配便か何かのだろう、きっとそうだ。
頭の中で最悪考えが駆け抜けるが、そんな佐々木をあざ笑うかのように、ピンポーンと2度目のチャイムが鳴る。
「佐々木さーん? ご在宅ですか? 警察のものですが」
佐々木は手汗を握りながら、深呼吸をする。不自然な様子を見せたら終わりだ。どうにか切り抜けるしかない。
あたかも起きたばかりだというふうに、あくびをして目を擦りながら鍵を開ける。チェーンの長さ分開いたドアの隙間から、ちらりと来訪者を見た。
制服に身を包んだ2人の警察官がいた。ニコリと微笑んでいるがその目は鋭く佐々木の様子を窺っている。
「あ、佐々木さん。朝早くにすみません。ちょっとお話が聞きたくて。このままお話するのもあれなんで、チェーンを外してもらえますか」
警察手帳を見せて、警察官は言った。佐々木の鳩尾には冷たい感覚が広がっていく。
「え、警察?あ、ちょっと待ってくださいね」
佐々木はドアを閉める。チェーンを開けるしかない。どうにか誤魔化すんだ。アリバイは完璧だ。不自然な様子を見せたら疑われる。佐々木は一瞬で自分に渇を入れると、チェーンを外して再度扉を開きヘラリと笑った。
「何ですかこんな朝早くから。もうちょっとで家出なきゃなんですけど」
「まあまあそう言わず。昨夜◯✕町のアパートで事件が発生しまして。佐々木さんの職場の同僚の大野って方、知ってますよね」
「え、事件?大野は知ってますけど、何があったんですか」
「いやねえ、大野さん、誰かに殺されてしまったようで、ちょっと佐々木さんにお話聞きたいなあと思いまして」
「なんだって大野が!?!アイツいいやつだったのに」
佐々木の大げさなリアクションに目もくれず、警察官は落ち着いた口調で言った。
「そうなんですね。しっかりお話聞きたいので、署までご同行願います」
佐々木は抵抗する間もなく、あっという間にパトカーに乗せられた。
動き出した車内を、屋根の上の赤色灯がジワリ、ジワリと赤く染めていく。 窓ガラスに映る自分の青ざめた顔を見つめながら、佐々木はふと、昨夜の指先の感覚を思い出していた。ボタンを押したときの、あの妙に軽い感触。 ――あ。 心臓が跳ねた。あのとき、画面が真っ暗だったのは夜道のせいじゃない。スマホの電源が、すでに切れていたのだ。いったいいつから。まかさインスタの自動更新どころか、位置情報の偽装すら作動していなかったのか。
ガタガタと震え出した佐々木の肩に、隣の警察官が優しく手を置いた。
「それにね、大野さん、死に際にスマホのボイスレコーダーを起動してましてね。あなたの声が、バッチリ残ってましたよ」




