表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/100

第3話「海水浴」

真夏の光が、静かな海面にきらめいていた。

フレデリック・ショパンは、白いパラソルの下で、どこか困ったように海を見つめている。繊細な指先に砂がつくのが気になるのか、なかなか一歩を踏み出せない。

その隣で、長身のセルゲイ・ラフマニノフは、すでに靴を脱ぎ、波打ち際へと進んでいた。

「ショパン、来ないのかい?」

低く響く声に、ショパンは少しだけ眉をひそめる。

「……海は、少々荒々しすぎる気がするのです。私の音楽には、もっと……静けさが必要でして」

ラフマニノフはくすりと笑った。

「なら、その静けさを探しに来ればいい。波の奥には、案外やさしいリズムがある」

そう言って、彼は手を差し出す。大きく、しっかりとした手だった。

しばらくためらった後、ショパンはその手を取る。指先に伝わる温もりに、ほんの少しだけ安心したように微笑んだ。

波がふたりの足元をさらう。

ひやりとした感触に、ショパンは思わず息を呑む。

「……これは、まるで低音のアルペジオのようですね」

「だろう?」ラフマニノフは頷く。「そして、あの遠くの波は——」

彼が指さした先で、大きな波がゆっくりと崩れた。

「フォルティッシモだ」

ショパンはくすっと笑う。

「あなたらしい表現ですね」

やがて、ふたりは浜辺に並んで腰を下ろした。濡れた足を砂に埋めながら、ただ波の音に耳を澄ます。

言葉はもう、いらなかった。

静かな旋律と、深い和音。

まるでふたりの音楽そのもののように、海は広がっていた。

その日、誰も知らない場所で、ひとつの小さな“共演”が生まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ