薪一本目
(都内の地下駐車場。AがBにぶつかる。Bは倒れ、ナイフの落ちる音が響く)
青年B:「なんでここに……!」
青年A:「未来あるアーティストがこんなことしちゃだめだ」
(Aは床のナイフを手に取り、Bの指紋を消すように柄を何度も握る)
B:「……(呆然と立ち尽くしAの様子を眺める)」
A:「ソウタ。あとは任せて。大丈夫、大丈夫だから」
『芸術家には、命が二つあるんです』
画面に映る、一人の女が淡々と述べた。
『一つは、誰もが持ってる、心臓が止まれば終わってしまう命。もう一つは、芸術家としての命』
『芸名、ペンネーム……もちろん本名で活動する人もいますが、特別な名前だと、もう一人の自分がいるような感覚になるんです。それが、創作をする人――芸術家としての命なんです』
『普通、人生が終わってしまえば人はそこで終わりですが、特に芸術家は違う。人は死して名を残す、なんてあるように、その名や作品がこの世にある限り芸術家としての命はずっと続いていく』
『私はそうなりたい。この心臓が止まっても――燭朱里は、永遠に存在し続けたい』
『……そういうスタンスで生きてるんです』
そして女は微笑んだ。
木曜の夜十時に放送されるインタビュー番組。毎週違うゲストが呼ばれ、その私生活や活動について深堀りする。
そんな番組で、今をときめく脚本家・燭朱里が司会者の目を見ながら語った。小説家でも、俳優でもなく、脚本家。脚本というのは、一般の目に晒されにくい。にもかかわらず、この番組に呼ばれ大物司会者と対話しているのだ。
「やっぱりすごいな、アカリジュリ」
佐藤草太がソファの上で呟いた。誰に対して言ってるわけでもなく、嘆息のように思わず出てきた言葉だった。しかしこの部屋は彼一人だけではないので、もう一人の男がそれに反応する。
「……確かにな」
「いや、お前がすごくないって言ってるわけじゃなくて! ……同じくらいすごいと思ってるよ、幽井至センセイ」
比べて俺はただの俳優の卵だしさ、と自虐気味に笑う草太を見て、同じく幽井も自嘲を交えて笑った。
「いいや、この女には敵わないよ」
幽井至も脚本家として生きている。小説が原作だったり、オリジナルだったり。そこそこ忙しい。今日もエッセイの映画化脚本の制作依頼が来たばかりだった。
そんな幽井と同居する佐藤草太は、彼の幼馴染だ。都内のマンションで、家賃はほとんど幽井が払っている。草太はほぼ居候のような状態だが、家主はそれで構わなかった。
「そんなわけないだろ。燭朱里と同じ賞をこの間獲ったじゃん」
そう励ました彼に対し、幽井は溜息をつき答えた。
「……でも、違うんだよ」
半年前、夏。名作を書いた日本人脚本家たちに贈られる、梓賞。受賞者は三名。それぞれが「松」、「竹」、「梅」の賞が与えられる。梓という名前は、「上梓」から由来するらしい。
幽井は竹賞を獲った。広いホールに熱い照明の下、彼は拍手を全身に浴びた。
しかし一番上である松ではなかった。そして、彼女が“それ”だったのだ。
『燭さん、おめでとうございます!』
『さすが、日本のエンタメを支える存在ですね。朱里さんは』
その通りだった。
現に彼も、彼女の作品『バビルサの涙』のストーリー、そしてその余韻が忘れられなかった。「演じる」ことに倦んでしまった名女優が、じわじわと狂気に陥るサスペンス。脚本であるにもかかわらず、その描写は生々しい。
主人公(虚空を見つめながら):「擦り減っていくの。スポットライトを浴びるたびに、私の体が、命が。まるで死を見詰めているよう」
主人公(一筋の涙を流して):「だからね、決めたのよ。私は私の詐欺師になるって。演技のためなら、誰に何をされたってもう、何も思えない」
話を追えば追うほど鼓動が高鳴り、その幕が下りるまで、最後まで隙のない物語だった。対して、幽井は。
「万年二位」
その単語が彼の脳から離れなかった。燭に勝つことなど出来ない。たった一位と二位の差でも、あまりにその距離は遠い。その事実を理解しているからこそ、実力不足が痛いほど身に沁みた。
『幽井さんもおめでとうございます。これからもやっぱり、ヒューマンドラマが主力ですか?』
『え……ええ、まあ。たぶん、はい、そうだと思います……』
嫌な汗が吹き出し、衣服が肌に吸い付く。惨めだ。惨めすぎる。彼女の「ついで」で褒められているのだ。変なプライドがギリギリと締め付けられる。
竹を模した銀色の輝かしいトロフィーでさえ、まるで自分の遺影を両手で抱えているような心地がした。
だって、劣るに決まってるじゃないか。
あんなにきらきらした、金色の松に。
よ‐えん 【余炎・余焔】
ほのおの一端。他におよぶほのお。火さき。また、消え残りのほのお。
(日本国語大辞典より抜粋)




