第一話 奇妙デ奇天烈スギル摩訶不思議ナ男(その4)
男性の後をついて行く俺は彼の後ろ姿を見ていた。
被っている警官帽の下は髪が崩れていて革製のブーツを履いている。警官服の襟首からフードが飛び出ていて何というかズボラな感じがしていた。
身長は俺よりちょっと高い。体形は細身だがそんなに瘦せ細ってはいない。
明らかに今の時代にはそぐわない格好だ。
しばらく後をついて行くと「着いたぞ」と先頭に立っている彼が言った。
目の前にはなんとも古めかしい交番だった。レンガがあって見た目は西洋風だが伝統的な和風の構造で作られているようにも見えて現代の交番にしてはかなり変わっている。
そして、看板には『現世交番所 第参獄』と書いてあった。
一瞬、現世?と思ったが男性に誘導されて中へ入った。
交番の中は独特な西洋風の作りになっているがどこかしらか日本を感じる部分もあった。小さい頃、家も分からず迷子になって泣いていた時、優しいお巡りさんが助けてくれて交番まで連れてってくれた憶えがある。その時の交番と比べればとても古くて歴史を感じる。
奥へ進むと畳部屋になっている休憩室があってそこに座るよう勧められる。
休憩室は案外シンプルでちゃぶ台に押し入れごくわずかの家具や畳の上に玩具やら古い道具が置いてあって散らかっている。
「汚い部屋で申し訳ないね。お茶?それともコーヒー?」
「あっ。お茶で」
男性は俺の注文に応え給湯室へ足を運んだ。
まるで昔の映画の舞台セットみたいで中には見たこともない物があったりして何だか興味が掻き立たせる。でも、人の物を勝手に触るわけにはいかないので眺めるだけで十分だ。それにしても、鎌倉市内でこんな珍しい交番があるなんてちっとも知らなかった。
男性が靴を脱いで二つの湯飲みを持ってきてくれた。
「お待たせ。はい。どうぞ」
湯飲みから温かい白煙が揺らめく。
覗くとそのお茶はいつもの緑色じゃなくて茶色だった。
「これは・・・ほうじ茶?」
「残念。これは緑茶だ」
緑茶!?
あまりにも意外な答えに俺は正直驚いてしまった。
緑茶といったら緑のイメージがあるが茶色の緑茶なんて聞いた事もない。
「空気に触れないよう密閉できる容器に入れて保存したんだ。健康に害はないから安心しろ」
本当なのだろうか?
俺は彼の言葉を疑いつつ湯飲みに浮かぶ茶色い液体を訝しげに見つめながらもせっかく用意してもらったのに飲まないのは失礼だと自分に言い聞かせ覚悟を持って飲んだ。
渋味が増して風味がちょっと落ちている。でも、不味くもない。
「緑茶って茶色くなっても飲めるんだよ。時間が経てば経つほど緑茶が緑から茶色に編曲するんだ。なぜ、変色するか分かるか?緑茶に含まれているカテキンが酸化したんだ。カテキンは酸素や熱、それと光にさらすと酸化して色が茶色っぽくなるんだ。まぁ、酸化が進むにつれて渋味が増して逆に風味が落ちてしまうけど健康に悪くなったりはしないから大丈夫だ。美味しく飲むにはいろいろコツがある。直射日光を避ければお茶の劣化が早まったりさっき話したとおり空気に触れないよう容器で密閉したりする。まぁ、早めに飲みきった方が手っ取り早いけどな。もちろん、冷蔵庫に入れるのもありだ。酸化の進行を遅らせることができる。うちにも一応、冷蔵庫はあるが電気が使えないんだ。だから、容器で密閉し保存していたのさ」
急に知恵袋を披露されて俺は軽く感心した。
「絆創膏とか栄養バーありがとう。君は親切な子だな」
そう言って茶を啜る。如何にもどこにでもいる30代後半の姿に見えるが何故なのかどこか普通の人とは少し違う雰囲気を感じた。
「あの。事故の怪我、大丈夫でしたか?」
俺は三日前に大型トラックに轢かれた時の容体を訊ねる。
すると男性はケロッとした顔で笑った。
「ああ。大丈夫大丈夫。あれはもう治ったから。あっ、タンコブの方は平気。すぐ完治するし。いや~、びっくりしたよね?僕もびっくりした」
まるで他人事のように笑っている彼に俺は『笑って済ませられることか?』と思った。
あんな大事故を見たら一瞬でトラウマになるよ。でも、血色は良いしどこも異常はなさそうでよかった。
「今まで何度か車とか電車とかに轢かれたことはあるが、大型トラックは人生初めてだったな。いや~、突然横からぶっ飛ばされてさすがの僕でもめっちゃびっくりしたわ。あれ、勢いでぶつかったら体が連続回転して飛ぶんだな。軽自動車ならドン!で一度体が回ってそれからドサッて落ちるんだよな。電車は回転しながらじゃなくて押し飛ばされるんだよな。まるでイノシシに突進されたような感触だったな」
大型トラックだけじゃなかったのか!?
軽自動車と電車に轢かれたことがあるなんてよく生きていたものだ。しかも、自分が大事故に遭っているというのに面白おかしく話すそのメンタルさは何?!と俺は一瞬引いてしまった。やっぱりこの人は、普通の人じゃない。
「他でも事故ったりしたんですか?」
「もちろん。この前なんか工事中のクレーンから鉄柱が落ちてきて頭にゴーーン!いや~、あれはさすがに痛かった。体が蛇腹になっちゃうかと思ったよ」
鉄柱って・・・。
自分が酷い目に遭ったにも関わらずおかしそうに喋るこの人はあまりにも異常すぎる。
よくそれで死ななかったもんだ。
「いや~。僕、こう見えて妙に不幸体質なんだよね。いや~、あまりにも不便すぎるのは正直辛いけどこの体に馴染んだらもう慣れちゃったんだよね。」
妙どころかあまりにも極端すぎる。
命に係わる事故に遭いながらも死なないなんて一体、どういう体をしているのか。
そもそも死なないのがあまりにも奇跡すぎる。
「よく死にませんでしたね」
「そりゃあ。まあ。お呪いみたいなもんがあるからな」
「お呪い?」
「そう。お呪い。ところで、君。お名前は?」
急に話の話題を変えてきた。それにしても、よく喋る人だな。
「祭城です。祭りに城と書きます。17歳です」
よく知らない人なので苗字だけ教えた。
「祭りに城か。祭りは神道と仏教に深い関りを持っている。神々や祖先を祀り、感謝や豊穣を祈る儀式として最も必要な行事だ。城は敵の攻撃を防ぐためのものだと云われているし地名や家名に由来することが一番多い。そのうえ、祭城は神仏を祀る場所という意味にもなるし別名『まつりしろ』とも呼ぶ。これは神事や儀式を行う場所や特に神を祀るための清浄な場所とも呼ばれている。なかなか縁起のいい苗字だな」
自分の苗字にそんな意味があったとはちっとも知らなかった。
苗字なんてあんまり気にせず使っているから深い意味は全く知る必要がなかったし意識もしていなかった。
「17歳ってことは高校生?高校2年生かな?」
「あ、はい」
「いいねー。高校生。春ってるね~。あっ春って『青春』のことな。季節の事じゃないからね」
やけにフレンドリーに話してくるから何だか心が緩みそうだ。それにかなり喋る。
でも、今しがた知り合ったばかりの人に詳しい個人情報を教えるわけにもいかない。
「あ、あの。あなたの名前は?」
今度はこちらからこの男性に名を訊ねる番だ。
「ん?あっ僕?サエグサ。呼び捨てでいいよ」
あまりにも簡易的な自己紹介だ。意外にズボラな人だったりして?
それにこのサエグサという男は何だか妙に話しやすそうというかフレンドリーというか見た目からして落ち着いた感じの顔をしている。でも、服装といい三日前の不可思議な行動といい怪しさ満点なのは変わりない。
「もしかして、僕の服が気になる?」
どうやら俺はマジマジとサエグサと名乗る男の恰好を見ていたらしい。
あまりにも珍しい服装だからつい気になってしまう。
「すみません。はい。そのコスプレですか?」
「コスプレ?違う違う」
高らかに笑うその人はこう言った。
「これは警官服。まぁ、君が知っている警察官とは恰好が違うかもしれないが一応おじさん。この交番に勤務しているお巡りさんなんだ」
そう言って再び茶を飲む。
どこにでもいるってそんな恰好をしたお巡りさんは初めて見た。
「あの。本当に怪我とか大丈夫ですか?後遺症とか出たりしません?なんか困った事とかありませんか?もし、自分に出来ることがあれば─」
再び体は本当に何ともないか訊ねるがサエグサさんは笑いながら「ノープロブレム」と親指を立てた。
今も信じられないが特に俺に見せるその笑顔はなんだか妙に違和感があるのは気のせいか?
「君って優しいんだな。あれだろ?君ってさ困っている人を見かけたら放って置けないタチでしょ?いわゆる親切すぎるタイプ。いや。人助けは良い事だよ。人は助け合ってこそなんぼだ。人って字はお互いを支え合うだろ?まさにそれ。でも、親切すぎるのもよくない。あまりにも親切過ぎたらストレスが溜まって自己犠牲で生きづらさを感じてしまうから気をつけな」
まだ二回しか会っていないのに急に自分の性格を見抜かれてドキッとした。
確かに俺はよく人助けをしている。信号を渡る際にお爺さんをおんぶしてついでとして自宅まで運んであげたり自転車の調子が悪くて困っている人がいたら直してあげたり迷子になって泣いている子がいたら一緒にお母さんを捜してあげたり。
こういった習慣は伯父が『人の役に立つ優しい男になれ』と教わったおかげである。
「サエグサさん・・・でしたよね?ちょっと聞きたいことが」
「ん?なんだ?」
「三日前、十字路で大型トラックに轢かれた時、俺が救急車を呼ぼうとしたら止めましたよね?それと保険証持ってないとか言っていましたが」
あの事故の後、サエグサはやたらに救急車を呼ばれるのを嫌がっていた。
そして、保険証もお金も持っていないとも言っていた。
なぜ、生命線である保険証やマイナンバーを持っていないか気になっていたのだ。
「ああ。あれか。まぁ、言った通り僕保険証持っていないんだよ。ほら。保険証を買うのって金が必要じゃん?その保険証を買う金も持っていない。保険証がないと医療費が10割ぐらい増えちゃうしその10割を払う金はどこにもない。だから、救急車に運ばれたら絶体絶命。考えてもみな。入院していた患者がある日忽然と姿を消したらどうなると思う?」
「驚いて探し回っちゃいますね」
「そうだ。人の記憶を消す能力があったらいつでも救急車乗って退院するまで寛げる。病院食は不味いけどな。だが、入院したばかりの人間が消えたら医者も看護師もあちこち探し回る。そして、警察に連絡してもしもどっかの道端で倒れてもしたらと捜索をお願いして警察は俺の事を探しまくる。まぁ、数日経てばどっかで死んだと思い込むだろうが、捜索を止めて諦めきれるまでしばらくは町中を歩けない。ほとぼりが冷めるまで交番で待機するという退屈地獄に遭ってしまう」
「その口ぶりから察するに一度は経験したことがありますね?」
当たり前のように話すからついツッコミをいれてしまった。
「それだけじゃない。この交番は電気が通っていなければ火も水も使えない。電気代もガス代も払えないし物を買うのも難しい。だったら働けばいいだろって思うだろ?働いて金を稼げば光熱費も水道代だって払える。だが、使う金が少なくなると逆に制限される。コツコツと貯金もすれば後々金に不自由しなくて済む。だが、その代わり我慢すれば我慢するほど不健康になってしまう。今、僕たちが飲んでいるお茶はコンロにマッチで火を起こしてお湯を沸かしたんだ。水は常備していたペットボトルを使った。働き口を探すと言っても自分が希望している条件に合う仕事を見つけるのはとても難しい。そう簡単に自分の都合で希望条件を満たせるようなことはできない。あんまり希望条件を細かく設定しすぎると痛い目に遭う。いわゆる就職難ってやつだ。君も高校か大学を卒業して就職活動をしてみれば分かる。一番辛いのは自信喪失だ。仕事が見つからない状況が続くと自信を失くし仕事探しが難しくなって悪循環に陥ってしまう。だからそうならない為に自己分析を徹底したり希望している条件を見直したりした方がいいぞ」




