第一話 奇妙デ奇天烈スギル摩訶不思議ナ男(その3)
三日後──
空は青色に染まっていて雲一つもない。
昨日までは雨だったけど今日は一日快晴だと天気予報で言っていたので傘を持たなくて済む。
校庭は水溜りが残っているけど溜まった水は鏡のように反射して青い空が綺麗に映っていた。
本校のすぐ隣には学食堂があって毎日席が埋まる程の盛況だった。
時々、俺はこの食堂でお昼を取っている。食べたい物を注文し調理師の人から料理を受け取ったらICカードで決済するというシステムだ。
食堂の中は広くて長いテーブル席が用意されている。もちろん購買で買い物する事も可能だし弁当の持ち込みをOKだ。
いつもは友達と一緒に学食でお昼を取るが今回は一人で昼食をとっている。
ここの特製ラーメンはとても美味しくて好きだ。
一人でラーメンを啜っていると「ここいい?」という声が聞こえた。
スズメさんだ。スズメさんも一人で食堂に来たらしい。
「あれからどう?あの人、見かけたりした?」
彼女が何を話そうとしているのか俺には分かった。
三日前の夕方、あの十字路で轢き逃げ事故に遭った風変わりな男性のことだ。
今思い出すと本当におかしな出来事だった。
大型トラックに派手に跳ね飛ばされて血塗れで重傷を負いながらも救急車を呼ばないでくれと頼まれるし変な飴玉を飲み込んだら突然起き上がって疾走し姿を消すし。おまけに現代にはそぐわない服装もしていて妙ちくりんな人だった。
スズメさんはあの男性の服装を昭和の警察服っぽいと言っていたが確かに現代警察の私服とは何か違う気もした。
どうやら彼女も俺と同じで気になっていたみたいだ。
「いや。あれっきり見てないよ。俺、やっぱちょっと気になるんだ。あんな大事故に巻き込まれて本当は相当無理してるんじゃないかって」
「私も。気になって勉強どころじゃなかった」
さすがの秀才もあの事故の一連を目の当りにして血塗れの男性を見たら気になってしょうがないだろう。
まるで、ゾンビみたいに起き上がってそそくさに逃げ出してしまったからあの人の名前すらも知らない。
もう一度あの十字路へ行けば会えるとは限らない。
たまたま偶然、あの光景を目撃してしまったから二度も起こらない。
いや。起こらないでほしい。あんな大事故を目の当たりにしてしまったからもう一度見るのはもう勘弁だ。
「大型トラックに撥ねられて重傷を負ったというのに救急車を呼ばないでなんてほんと、変わっているよね。しかも、保険証も持っていないなんてそんな人いる?」
「いないよな。まぁ、保険証がなかったら入院費や手術代がバカにならないから救急車を却下する気持ちは分からなくもないとは思うけど」
ラーメンを啜りながら俺は喋った。
保険証は今、マイナンバーカードと締結しているからあれがないと費用が抑えられない。
あの男性はなぜ保険証もお金も持たないのか今も疑問に思う。
「それに。あんな大重傷を負ったのにあんなに俊敏に動けるなんて有り得る?」
「確かに。それにあんな状態で呂律に喋れるなんておかしい」
謎が深まるばかりで全く結論に辿り着かない。
まるで、深い霧に遮られて視界を奪われているかのような気がして何だかモヤッとする。
学校が終わった後、部活帰りに薬局へ寄った。
ガーゼに絆創膏、消毒液に包帯。後は栄養バーとスポドリ。
どうしても三日前のあの日が気になってつい薬局に足を運び買ってしまった。あの十字路で起きた轢き逃げ事故に見舞われた男性は何だか無事だったみたいだけどやっぱり救急車を呼んで病院へ連れて行った方がよかったのでは?と今も思っていた。
この前は平気そうに見えたが突然、どこかでぶっ倒れて身元不明の男性が路上で死亡していたなんてニュースで流れていたらと思うと10代でそんなヘビー級なトラウマを抱えながら青春時代を過ごすのは絶対に嫌だ。
しかし、男性の恰好は憶えているとしても名前と住所さえすら知らなければ結局、治療具を買っても意味ないんじゃと今更ながら考え込んでしまうという正に後の祭り状態。
小遣いもそんなにたくさん持っているわけではないしもし、あの男性に会えなかったら無駄な金を使ってしまった後悔による反動が返ってきそうだ。
いつどこでまた会えるかさえも分からないお先が見えない状況に俺は今更ながら手がかりもないまま買い物したのは間違っていたのかもと思い始めた。が、いつまでもここで悩んでいてもしょうがない。
帰宅するのにまだ少し時間があるしどこか寄り道しながら探すしか方法がなかった。
小町通りは夕方になってもすごい賑やか。
全国各地、世界中から多くの観光客が行き交いしていてほぼおしくらまんじゅう状態になりかねない。
大勢の人混みに紛れながら俺は道を縫うように先へ先へと進みながらあの例の男性を捜した。しかし、人混みが多すぎてどこにいるのかさえ分かりかねない。
でも、もしどこかで倒れていたらなんて思うとますますほっとけられない気もする。
「おや。リューちゃん」
俺に声をかけてくれたのは骨董品を扱う土産物店の古田さんだ。
古田さんは俺が小さかった頃からの知り合いで伯父さんの飲み友達でもある。
俺が小町通りを歩くといつも挨拶をしてくれる優しいおじさんだ。
「こんばんは。景気どうですか?」
「まぁまぁだよ。学校の帰りかい?」
「はい。そうだ。古田さん。ひとつ訊きたいことが」
俺は三日前に事故に遭った男性を見ていないか訊ねてみた。
骨董屋の古田さんは情報通なのだ。
「ほぉ。昭和っぽい服装をした男の人か」
「最近、ここで見かけませんでしたか?」
「見ていないしそんな話は聞いていないな。すまないね」
力不足で申し訳ないとおじさんは謝ったが別に気にしてはいないし知らないのも無理もない。
「それにしても、リューくんは優しいね。名も知れない人にも心配してあげられるなんて」
古田さんは俺の性格をよく知っている。
自分は別に褒められるようなことはしていないと思ってはいるけど、古田さんからすれば俺は他人に対しても親切なところがあると見ているようだ。
昔、伯父さんに言われた言葉がある。
『この世は義理と人情で出来ている。誰かが困っていたら助けるし自分が困ったら誰かが助けてくれる。人は昔から人同士助け合う精神を持って生まれているのだ。親切は人の為ならず例え他人でも思いやる心さえあれば相手も自分も幸せになれる。いいか?瑠璃。お前も義理人情な男になれ。お前は優しい子でとても恵まれている子だ。だから、人の役に立つ優しい男になれ』
その言葉をかけられた時から俺は困っている人を見かけたら人助けをしたいという気持ちを持つようになった。
伯父さんもそういう精神を持ちながら50年以上も生きている。
そして、今でも忘れていない。あの昭和っぽい変わった学ラン姿をしたあの人の事を。
スズメさんから見るとあの男性の服装は如何にも昭和時代の警官服っぽかったと言っている。今の時代にあの昭和感ある警官服を着ている人なんてあんまり見かけないのは確かだ。コスプレをしているだけなのだろうか?それに一番気になるのは、あの男性が重傷を負った時、咄嗟にランプから出した飴玉だ。ビーズ玉と同じぐらいの大きさであれを飲んだら急に元気出したのだ。今思えば何だか不思議な人だったようにも思う。
小町通りを抜けると賑やかな商店街とは違う景色が広がった。
あの男性はどこにもいなかった。声をかけてくれた商店街の知り合いの人達にも訊ねてみたが何の収穫もなかった。
諦めて家に帰ろうと不思議な男捜しはまた今度にした。
実家は小町通りから少し先にある。弟や伯父さん、そして伯母さんが俺の帰りを待っているはず。
大勢いた人だかりが少しずつまばらになってきてさっきまでの喧騒が一気に静かになった。
薬局で購入した物が入っている買い物袋を手にしながら俺はそのまま真っ直ぐ家へ向かった。
夕焼けの色が綺麗だ。今のこの時間、昔から言う逢魔が時の時間帯だ。
逢魔が時は夕方の5時から夜の7時を指すと聞いた事がある。
日が暮れる太陽は沈んでいき黄金色の光を照らしている。夕焼け色の空と光を浴びるとなぜか懐かしさと切なさという郷愁を感じる。
哀愁漂う夕暮れの景色の中を一人歩いていると急に足が止まった。
目を止めているとそこには一人の男性がうつ伏せになって倒れていた。
頭にタンコブを作ってガニ股姿で倒れている。
その男性は黒い制服を着ていて近くに帽子が落ちて・・・・。
ん?どこかで見たような?
俺は倒れている男性の側へ駆け寄って顔を覗いてみた時、数多の上からピンとビックリマークが浮かんだ。
「あ!あなたは!!」
三日前、十字路で大型トラックに轢かれていた男性だ。
まるで変死体みたいにうつ伏せで倒れている男性は虚空を見るかのような目をしていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
俺は慌てて男性の体を揺すった。すると、男性は俺の存在に気づいたのか「あー。だいじょびだいじょび」と力抜けたかのような声で返答する。
一体、何が起きたのか周りを見渡すと男性の頭上に割れた鉢植えがあった。鉢植えが割れたので花を植えていた土が崩れている。今度は上を見ると二階建ての家が目に映る。
もしかして、二階にあった鉢植えが男性の頭の上に落下したのか?
大型トラックに続いてなんと不運な人だ。
「は~っ。まさか上から鉢植えが落ちてくるとは想定外だ」
むくりと起き上がる男性。
前のボタンを全部開けた警官服の中にパーカーを着て落ちた警官帽を拾い上げる。
腰にはこの前見たランプに鎖みたいな物が繋がれている。
「救急車、呼びましょうか?」
この前みたいに頭から血を流してはいないが男性は救急車という言葉に反応して慌てた顔をして叫んだ。
「いや!待て!救急車は──ん?」
男性は俺の顔を見て思い出した。
「お兄ちゃんはこの前の」
「どうも。頭大丈夫ですか?」
苦笑いを浮かべながら会釈する。
男性の頭天辺にできたコブを見て俺は思った。漫画やアニメ以外で実際に鉢植えを頭の上に当たって倒れる人っていたんだと。
「あー。大丈夫。鉢植えぐらいで死にゃあしないから」
何ともなさそうな顔で話すこの人はまるで慣れているかのような口ぶりで話した。
「坊や。この事は何も見なかったことにして忘れなさい」
そう言って立ち上がりこの場を去ろうとした。
忘れなさいたって世にも珍しい頭上に鉢植えが当たって倒れた人を忘れるわけがない。
「あの。これ」
俺はすかさずタンコブを作った男性に袋を渡した。
さっき薬局に寄って買い物した袋だ。
「ん?僕?」
そう言って買い物袋を受け取って中身を見た。
「えっ!包帯!絆創膏や消毒液も。やった!スポドリも栄養バーも入ってるフォーー!!えっ!貰っていいの?」
あまりの意外にすごい興奮気味に話してくる男性に俺は頷いた。
「ありがとう!そろそろ薬が切れそうだったしマジ助かる!」
すごい喜んでくれて嬉しい。それに、もうすぐ薬が切れそうだったんだ。
「あの。事故の怪我、大丈夫ですか?」
病院にも行かずあのまま放置しといて平気だったのか心配していた俺は怪我の具合と気分はどうなのか訊ねてみた。
「ああ。お陰様でこの通り。そうだ。何かお礼しないとな。今、時間大丈夫か?」
「はい」
「よし。ついてきな」
そう言われて俺は彼の後をついて行った。何だか風変わりな妙な男だがなぜか不思議とそんな悪そうな人には思えなかった。




