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第三話 オ日様ニ嫉憎ト背後霊ノ報復(その7)

「高校時代は実家を離れて寮生活をしていたんだ。俺が通っていた高校は学生寮があって樋上は奨学金を貯めながら通っていたんだ。俺は樋上が海好きだってことは知っていたから親父に頼んで彼女がアルバイトで働けるような仕事はないか探してもらったんだ。初めて樋上がアルバイトで作業していたのが魚の仕分けだったんだ」

娘任せで自分は何もしない無責任な母親の元から離れたくて学生寮がある高校に入学したんだ。寮生活が始まった時は呪縛から解放されて嬉しかっただろう。

それに、友達がバイト先を紹介してもらえるなんて樋上さんは正にラッキーガールだ。

大海さんも樋上さんの生活を心配して内職先を紹介してくれたんだろう。

「樋上さんは高校生の頃からアルバイトで働いていた漁港の仕事を卒業後も今度は正式な漁師として続けているんですね」

大海さんは頷いた。

初めはアルバイトとして内職していたが今はすっかり社会人の職場としてうまくやっているみたいだ。

「ところで響矢くん」

「はい」

「背後霊の事なんだが、さっき感情が乱れたり物音は聞こえなかったかいくつか質問したが、君の答えを聞く限りその背後霊は悪い奴でもなさそうだ。君に危害を加えたりはしないと思う」

それを聞いて大海さんは安心したのか安堵の息が漏れた。

「それと、もう一つ訊きたい事がある」

更に背後霊の事について訊き出そうとするサエグサさんが一瞬、真剣な目で大海さんを見ていた。

「この三ヶ月の中で物音以外に何か異変とかはなかったか?例えばそうだな。夢を見たとか」

その問いかけを聞いた時、一瞬だが大海さんはハッと何かに気が付いたようにも見えた。

「どういうこと?」

今の質問に疑問に思った俺は訊ねた。

「背後霊っていうのはただ人を見守るだけじゃない。霊側が何かを〝伝えている〟という例もある。僕は実際に陽菜さんとは会ったこともないし話した事もない。だが、稀に何かを伝えようとする気持ちがあって生者に干渉することもある。響矢くん。何か変わった夢とか直感とか何か感じた事とかなかったか?」

落ち着きと意味深いことを話しだすサエグサさんに俺もスズメさんも何がなんだかさっぱりだった。

背後霊はただ人を見守る守護霊みたいなものじゃなかったのか?

「そういえば・・・。一ヵ月前ぐらいだったか悪い夢を見たんです。なぜか俺が溺れかけていて必死にもがいていた・・・。そういえば、俺の他にも誰かがいたような・・・・。それからはもがけばもがくほど高波にさらわれて・・・。辺りが真っ暗になって・・・・。夢にしては妙にリアルっぽかったですが・・・」

「その他の誰かって人の顔は見たのか?」

「いいえ。あの悪夢を見た時はおぼろげで誰かが走り去っていく姿が映ったぐらいしか。実を言うと俺もよくは憶えていないんです。大体の事ぐらいしか・・・」

大海さんの話を聞いて悪夢とはいえたまたま偶然見た夢に過ぎないんじゃないかと俺は思った。誰だって悪夢を見て怖い体験をする人は普通にいると思う。

でも、彼が見た夢と女の背後霊と何か関係があるんだろか?

「それはきっと、背後霊が君に伝えたかったメッセージかもしれん。僕も何度か何かを伝えたがっている背後霊を何人も見てきた。恐らく、その背後霊も同じケースだ。二つ目の質問。君は陽菜さんのご遺体を見た時、何か違和感を感じなかったか?」

次は遺体について訊き始めたので大海さんの戸惑う様子が見えた。

「きゅ、急にどうしたんですか?」

「些細な事でもいい。何か気になったところとかあったか?」

そんな事を言われてもと思いながらもサエグサさんは「なんでもいいから」と催促する。

大海さんは彼に言われた通りに陽菜さんが亡くなった当日の事を思い出そうとした。

何だか強引に思い出させているような気もするがもしかすると背後霊と何か繋がる手がかりがあるのかもと思っていた矢先、俺はふと脳中に電流が走った。

もしかして。大海さんの背後霊って・・・・。

そう思い浮かんだ時、大海さんは何か気づいたかのように呟いた。

「ペンダント・・・・」

「ペンダント?」

「陽菜の家族に挨拶しに行く前、俺は彼女にプレゼントとしてペンダントをあげたんです。そのペンダントと一緒にプロポーズのメッセージカードも添えました」



由比ヶ浜海水浴場。

鎌倉の名所の一つで6月の今はまだ開設されていない。

7月1日になるとビーチは人がいっぱいになり海の家が開いたり砂浜沿いのバーやクラブが観光客で賑やかになる。

今はまだシーズン時期ではないが昼間は砂浜で散歩をしたり一足先にサーフィンするひとだっている。

だが、夜のビーチはとても静かで真っ暗で人っ子一人もいない静かな場所になる。

暗い空に浮かぶ月がさざ波を立てる海に反射して綺麗に見える。

さざ波の音や揺れは月明りの静かな浜辺に相応しく子守歌のように心地よい音が聞こえてくる。

月の光に包まれながら子守歌を唄う海のすぐ側に一人のそばかす顔をした樋上が突っ立っていた。

砂浜に流れる波から少し離れた位置にいた樋上は自分の手のひらを見た。

彼女の手には雪の結晶の形をしたペンダントを持っていた。

銀色で煌びやかな綺麗なペンダント。

樋上はこのペンダントを見てあの時の事を思い出す。

七ヵ月前、千葉の波止場の下で陽菜がバシャバシャと水飛沫をあげて助けを求める声を。そして、彼女から奪ったペンダントを握りしめて逃げ出した事も。

あの時は、天候が悪く高波があって陽菜はその波に飲まれた。樋上は逃げるのに夢中で彼女の事なんて見向きもしなかった。

しばらく時間が経った時、陽菜が遺体となって港にあがった。

変わり果てた陽菜の姿を見た時、手が震えた。

恐怖で手が震え立ち尽くした。目の前には恋人を失った悲しみに暮れる大海の背中が映った。愛していた人を失った絶望感と嘆き悲しむ悲痛の叫びが今でも樋上の耳にこびりついている。

消去したくても消去ができない映像が脳内再生されていて樋上の心を締め付ける。まるで、ロープで心臓を強く縛られているみたいで苦しさが増していた。

あれは事故。私のせいじゃない。

そう自分に言い聞かせながら七カ月間過ごした。しかし、陽菜が海に落下して溺死したあの日を思い返す度にだんだん胸が苦しくなる。

彼女とは最初は友達だと思っていたがいつしか敵視するようになっていた。

あの真冬の波止場には樋上と陽菜の二人だけしかいなかった。

強い冷気が肌に刺す真冬の強風と荒ぶる高波。口から吐き出す白い息。奪ったペンダントを握りしめた冷えきった手。もみ合いになって押した瞬間、海へ落ちた陽菜が助けを求める苦しそうな声。彼女に対する羨憎せんぞう。彼女を見捨てて波止場から離れ放置したこと。

気持ちの整理と心を落ち着かせるためにどんなに時間がかかった事か。

私は悪くない。悪いのはあの女。

このペンダントがある以上、私はあの女の最期の記憶に蝕まれ続けなければならない。

あの嫌な記憶から解放されるにはこのペンダントを海に捨てなければならい。陽菜のペンダントを海に投げ捨てておけば彼女も成仏するだろうと勝手に考えていた。

SNS動画で陽菜がとても嬉しそうにネックレスを見せて彼氏にプロポーズしてもらったという報告映像を観た時、動いていた時間が止まったような感覚で硬直し言葉を失った。

自慢そうに話す陽菜を見ていつしか嫉妬心を抱えるようになり妬ましく感じた。

そんな憎き相手が死んだのは自慢げに話したばちが当たったのだと樋上は思っていた。

この忌々しいペンダントが自分の手にある以上、ずっと過去に囚われ頭が痛くなる。

ネックレスを海に捨てて今の職場を辞めて引っ越そうとも考えている。

そう。密かに恋心を抱いていた大海響矢が住んでいるこの鎌倉へ。

幸い大海響矢は波止場で起きた出来事の真実を全く知らない。彼が陽菜の母親から罵倒を浴びせられ勘当されていた姿を見た時は心苦しく本人には申し訳ない気持ちだった。

でも、落ち込んで悲しんでいる響矢を慰め側に居続ければきっと彼は自分だけを見てくれるはず。

そして、愛していた人を失った悲しみに囚われてペンダントが無くなっている事すらも気がついていない。

もっと自分を見て欲しいという欲望に狩られ響矢が故郷を離れた後も時々、彼が住む鎌倉へ足を運び少しずつ接近し続けた。

そして、このペンダントを海に投げ捨てた次の日に響矢に結婚を申し立てようとしている。

劣等感と嫉妬心、そして陽菜に対する憎しみ。

それら全部川の流れのように綺麗さっぱり無くなるんだ。

早くこのペンダントを捨てて自由になりたい。

その願いが今夜叶う。

陽菜と響矢に申し訳ないと思いながら樋上は握りしめたペンダントを大きく振り上げた。

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