第三話 オ日様ニ嫉憎ト背後霊ノ報復(その4)
スズメさんがバイトしている中華レストランは鎌倉駅の反対側にある小洒落たお店だった。
俺はてっきり横浜中華街に見かける外装が中華風で年季は入ったお店なのかなと想像していたが自分が想像していたイメージとは少し違う大人な雰囲気で落ち着いたシックなお店だった。店員さんも大人な感じの制服を着ていてインテリアは銀座のレストランに来たようなモダンな内装だった。
お客さんも意外にたくさん来ていて大きな丸いテーブルの上にいろんな料理が並べられていて如何にも高級そうに見える。
学生服じゃ何だからと私服で来たのはいいが、サエグサさんは相変わらずの時代遅れの警官服を着たまま来店し今は注文した料理を無我夢中でがっついていた。
「うめぇな。ここの料理。中華料理なんて久しぶり過ぎるぜ」
この人は自分よりけっこう注文しているから値段なんていちいち気にする余地はなさそうだった。
「もうちょっと落ち着いて食べてくださいよ。みんながこっち見てる」
周りからしばしばこちらを見ている視線が皮膚に突き刺さるかのように感じている。
こんな風変わりで妙ちくりんな男が派手に料理にがっついて食事をしていたら目立ってしょうがない。
おっさんの派手な行動を目にしたら親戚でもないのに何だか恥ずかしくなってきた。
サエグサさんの食欲は旺盛でブラックホールみたいに次々と腹の中へと吸いこんでいく。まるで一週間は何も食べていなかったような勢いだ。
ちょっと見てられない光景だったので視線を逸らすと若いウェイトレスの男性に目が留まった。
ウェイトレスのお兄さんはお客さんの注文を聞いている。背が高くて顔立ちのいい男の人だ。
昨日、スズメさんのスマホ写真に写っていた大海さんだ。
初めは制服がとても似合っていて一瞬モデルかと思った。
大海さんの方は特に何も変わった様子はないみたいで笑顔で接客をしている。
「写真に写っていた霊、いないみたいですね」
彼の背後に憑いていた黒い人影はいなかった。
「やっぱり偽造写真じゃ・・・」
俺がそう思っていたらサエグサさんは料理を食べながら喋った。
「いいや。昨日言っただろ?本物だって」
でも、肝心のその霊がいないではないか。
サエグサさんが言うには大海さんの背後に写っている黒い人影は女性の霊だと言っていた。
俺の場合は最近、霊感に目覚めたばかりだからまだ霊だと認識していないらしい。
意識すれば霊が具現化して人の姿に見えるようになると教えられたが・・・。
肝心の幽霊がいなければ意識なんてできない。
「大海さんの場合、背中に霊がいるという事は背後霊ですか?」
ガラスコップに残っていたウーロン茶を飲みながらサエグサさんは頷いた。
「そうだ。背後霊はただ人間の背中に取り憑く幽霊だ。親しい中の人だったら別に危害を加えずただ見守るだけの無害霊だ」
「それって守護霊みたいなもの?」
「大まかそうだな。だが、相手に敵意を持つ霊がいたら必ず攻撃的になる。攻撃的な霊がいればその人にも影響が出て不幸に見舞われる。背後霊になるのは身内関係だけじゃない。全く赤の他人である霊も人の背後に取り憑くことだってある。特に霊媒体質の人はより大きな影響を受けることもある」
「れいばいたいいしつ?」
「幽霊のエネルギーや存在を敏感に感じ取りやすくなったり他者の感情に共感しやすくなったりと霊による影響を受けやすくなる特殊な体質だ。人間には微少な音の遮りや空気の動き、体の周囲を包み込む微弱な電気空間を感じ取る事ができる。しかも、負のオーラが強い人間が最も霊媒体質になりやすい。よく落ち込んだり疲れて体調を崩したりする人をネガティブっていうだろ?そのネガティブ人間こそが霊を引き寄せやすいんだ」
テーブルの上にあるたくさんの料理を一人でバクバクと食べ進めるサエグサさん。
「そういう奴らがマイナスオーラに引かれて留まるんだ。もちろん。霊媒体質じゃなくても自然に引き寄せられる例はたくさんある。だが、全てがそうじゃない。ネガティブとかマイナスオーラとは関係なく時には霊側にも相手を想う気持ちが強くて側に居続ける奴もいる。残された家族、未練、心配、心残り。そういった霊はたくさんいる。僕はそんな霊をたくさん見てきた」
何だかとても深い話だなと俺は思った。
霊にはそれぞれいて人間に危害を加える幽霊もいれば誰かを心配し見守りたい幽霊もいる。
よく心霊系番組とかで心霊スポットで成仏していない霊がいるとか背後には死んだ家族がいてその人を見守ってくれているとかいろんな話を聞いてきた。
悪い霊もいれば良い霊もいる。俺たち人間と同じだ。いや、元々霊は生きた人間だったから当たり前か。
「そういえば、あちこち黒い影っぽいのが見えるけど・・・」
「幽霊だよ。よーく目を凝らして見てみな」
そう言われて俺は黒い影に一点集中して見た。すると、黒い影がだんだんと人の形に変貌してきた。影で覆われた黒い衣が剥がれると白い体を持った見知らぬ人間の姿が現れた。
更に目を凝らし意識しているとだんだん黒い影から人間らしい形になってきて見えるようになった。
白い体をした人たちは美味しそうに料理を食べているお客さんを羨ましそうに眺めていたり手掴みで料理を取ろうとするもすり抜けて苦戦している霊もいた。
幽体だからか物体は触れられないみたいだ。
俺たち以外の人は近くに幽霊がいるなんて全く気づいておらず楽しく談笑したりしている。でも、幽霊が見える人にとっては自分が食べている料理を羨ましそうに視線を送ってきたら食べづらくなるだろう。
「今、思ったんですが」
「ん?」
「前にスズメさんに取り憑いていた悪霊もそうですが、幽霊って思った以上に案外普通な姿をしているんですね」
最近だがスズメさんは悪霊に取り憑かれた原因で体調不良になったことがあった。
幸いサエグサさんがあの世へ転送してくれたから助かったけど、思い返せばあれが俺たちにとって生まれて初めての心霊体験だった。しかし、その悪霊はごく普通のどこにでもいるおっさんだったという衝撃的な事実を知ったのだ。
「どんな風に思ったの?」
次から次へと料理に手をつけるサエグサさんはモグモグと口を動かしながら訊いてきた。
「もっとおどろおどろしいものかと。心霊番組や映画とかだとなんかこう白装束を着ていて足がなくてめっちゃ暗くて緊迫感とホラー感があって人だけど人とは思えない恐ろしい形相をしているというか・・・。なんか貞子とかエクソシストみたいな超怖いイメージがあるんですよね」
「まあ、本物の幽霊を見たら自分が思い描いていたものとは少し違うなって思う事もあるもんな。僕も初めて幽霊を見た時は『あれ?案外怖くない感じ?』って思ってたし。でもな」
急にサエグサさんが暗い目をしてこちらを見てきた。
「あまり霊を甘く見ない方がいいぜ?特に霊を怒らせたら最悪の場合、命を狩り取られるからな。過去にもいくつか霊に取り殺された人間は何人もいる。そして、霊と遭遇した場合は絶対に目を合わせず見えない振りをするんだ。じゃなきゃ引っ張られるからな」
影がある表情のサエグサさんの目には何かを見据えているような温度差と光すら一切感じない。さっきまでの明るさが嘘みたいにスンと消え闇のオーラを強く感じた。
死んだような目をしていてまるで人間とは違う人ならざる者を見ているような気がして俺は一瞬だけゾクッとした。
「そ、それにしても。なぜ、その女の背後霊が大海さんに取り憑いていたんでしょうね?」
心霊写真に写っていた大海さんの背後霊について話すとサエグサさんの怖い顔が元に戻った。
「多分、彼女は響矢くんと何か関係があるかもしれないな。生前仲が良かった人の背後に居つく奴はけっこういるんだよ。あの写真を見る限り別に彼に敵意をもっていなさそうだし、スズメさんの話を聞いた限り響矢くんは何も被害を受けていないみたいだからいいけどあまりあの霊が長期間滞在し続けるとヤバいからな」
「ヤバい?」
何だか気になることを言い出してきたので訊いてみるもサエグサさんは料理に夢中で話が中断してしまった。
それにしてもこの人が注文した料理多すぎるだろ。
もしかして、俺に奢らせる気満々だったりして?




