第三話 オ日様ニ嫉憎ト背後霊ノ報復(その2)
授業が終わり俺はスズメさんと二人で屋上でお昼を取っていた。
空は青く広がっていて綿菓子みたいにフワフワした白い雲が川の流れのように泳いでいく。昼休憩タイム真っただ中、俺は伯母さんが作ってくれたお弁当を食べ居心地の良い時間を過ごしている。
スズメさんも弁当を持ってきていて中身はとてもカラフルに彩られていた。
屋上の下からは生徒たちの賑やかな掛け声が聞こえる。
箸でおかずを摘まみながら俺は昨日、店で聞いた印刷所の作業員が話していた事をスズメさんに教えた。
「その印刷所。そんなにブラックな会社じゃないんだけど作業員が少なくてね。今年なんか新しい人が二人入ったみたいなんだけど入社して二ヶ月足らずで退職したみたいなんだよね。やっぱり、自分が思っていたのと全然違ったからかな?」
「そうかもしれないけど、今時インクや活字並べで作業していること事態が正直驚きなんですけど」
「そうなんだよ。なんか、タコ社長の拘り?みたいなものらしいんだけど。考え方が現代とはちょっとズレているんだよな。だって、給料をあげる時は給料袋で渡しているんだぜ?」
そう話した途端、驚いたのかスズメさんが口に含んでいたお茶を危うく噴き出すところだった。
「マジで?」
「マジで」
「その印刷所。なんかすごいわね」
「うん。すごい。初めて印刷所を見学した時は、『映画の舞台セットみたい』とか『あっ。中身はいつも博さんが働いている朝日印刷所とほぼ似てる。スゲーッ』って思っていたけど、いざ何度も見てみると時代に取り残された感があって逆に虚しさがあるような気がするんだけどね」
遠い目をして自分が何度か足を運んでいた印刷所の作業場を思い出しながら俺は話した。
手動で活字を拾って版を組んでいる人、刷り上がった紙を断裁し折って綴じたり手作業でやっている作業員の姿が目に浮かぶ中、作業場でしか感じられないインクの独特な臭いとかもしっかりと鼻に残っている。
作業員にとってはこの作業は時代にそぐわない事から何度か作業方法を変えようと声をかけるも何にも変わりもしない。タコ社長はこの昭和の作業方法で印刷所を更に業績を上げようと考えている。
タコ社長は昭和の親父だから頑固者なところもあるから作業員のほとんどは彼の性格を知っているからほぼ諦めている。
「インターネットやデジタルが主流なこの時代に活版職人とか植字工がいるなんてすごいわね。重要文化財レベルかも」
「そして、野原印刷所の求人広告がこちら」
スマホを掲げてスズメさんに見せた。
画面にはポップで明るい絵が描かれたポスター画像が映っている。
ニコニコ笑顔で高らかに指を指している作業服の男と味気のある絵柄と広告文字が堂々と書いてある。キャッチコピーは『社員求む!共に働き豊かな幸せを掴み取ろう!』
「なに?このそこはかとなく戦時中にあった練習生を募集している求人広告みたいなデザインは」
「俺も最初見た時はただのジョークのつもりで作ったのかなと思っていたけど、ガチ思考らしい。今働いている人達も実際にこの広告を見て就職したといってもいいぐらい」
「兵士志願の若者かよ。でも、確かにこんなポスターがあったら一番印象に残るかもしれないね。それにキャッチコピーが妙に昭和っぽいし」
「しかもこの広告イラスト。タコ社長自ら直筆で描いたものでございます」
あまりにも現代にズレた求人広告が野原印刷所の社長の手描きによって作ったものだと教えるとスズメさんは失笑していた。
しかも、SNSで拡散しているのでこの広告を見たユーザーの反応は、『てっきり資料館に保存されている物かと思った』という声がチラホラあったりする。
俺も最初、この求人広告を見た時は映画の小道具にでも使うのかと勘違いしたものだ。
これが100年後に発見されたら令和時代の物とは思えないかなり古いポスターとして話題になるかも?
60代後半からのおじさん世代にとっては懐かしいデザインかもしれないが俺たち若い世代からすれば古すぎて逆に珍しく見えるかもしれない。
「ところで、そのタコ社長って何?」
スズメさんはどうやらタコ社長という名前が気になっていたみたいだ。
「野原印刷所の社長さんのあだ名。本名は忘れちゃったけど社長がいない時はみんなタコ社長って呼んでいるんだよね。社長って喋る時、口を尖らせて喋る癖があるんだよ」
俺はタコ社長の顔マネをした。眉を挙げて唇を前に突き出して魚みたいにパクパクする。
口角を動かしながら唇が突き出して喋るとスズメさんは堪えきれず吹きだして顔隠して笑った。
スズメさんの笑い声は誰もいない屋上に広がった。
「ウケる」
「俺も最初は可笑しくて笑いそうになったよ。今はもう慣れちゃったから笑わなくなったけど」
そう言ってペットボトルのお茶を飲んだ。
「前から思ったんだけど、ジョーくんって団子屋以外にも他にバイトしてるの?」
タコ社長の話からチェンジして今度はバイトについて話をし始めた。
「いや。団子屋一筋だね。手伝いといってもほぼバイトみたいなもんかな?ちゃんと小遣いとしてバイト代を貰っているし」
俺の場合は、店の手伝いと家事手伝いをしたらお小遣い(バイト代みたいなもの)を貰うシステムになっている。特に大晦日とか正月、お祭りになるとたくさんお客さんが寄って忙しくなるからお小遣いが倍に増えるのでラッキーだ。
しかも、お小遣いはしっかりとした給与制度なので毎月25日は働いた分のお金は貰える。
ただし税金、食費、学費、生活費が引かれてしまうのは少々痛い。
しかも、ちゃんと子供にも税金を引くとはしっかりとしてる。
「スズメさんは、確か飲食店でバイトしているんだっけ?」
「うん。中華レストランでバイトしているの。今年で一年目になるね。うちのお店、けっこういいところなの。労働制度とか衛生管理がしっかりしているしバイト代もなかなかいいし。店長さんも先輩のみんなも良い人なのよね」
スズメさんが中華レストランでアルバイトをしているのも場所も知っているがまだ一度も行った事がない。
すると、スズメさんのポケットからスマホのバイブ音が鳴った。
「あっ。バイト先の先輩からだ。昨日バイトが終わった後、先輩にご飯誘われて一緒に食べに行ったの。その時の写真が着たんだ」
「スズメさんが誰かと一緒にご飯行くことってあるんだね」
俺は珍しそうに言った。
スズメさんが誰かに誘われてご飯行くなんて今まで聞いた事がなかったからけっこうレアだなと思ったんだ。
「そりゃあ。用事がなければ行くよ。私達が高校と大学を卒業して社会に出れば先輩や上司と付き合わなくちゃいけないでしょ?バイトっていわば実習みたいなものよ。就職して上手く職場の人とコミュニケーションを取らなくちゃ仕事ができないからね。大人と話をするって大事な事よ。まだ未成年の私たちが知らない事をいろいろ教えてくれるからね」
家の手伝いをバイトとして認識している自分とは違ってスズメさんは身分と関係ない人たちの間に溶け込みちゃんと大人の社会風景を見ているからすごいなと思った。
俺の周りには伯父さんと伯母さん。そして、近所の人や野原印刷所の人たちばかり会っているからまだ会った事のない知らない大人と話した事はない。
スズメさんは俺と比べて社会人になった自分の姿を見据えて知り合いがいない中華レストランでバイトをしているんだと思うと感心する。
「えっ?」
一瞬、スズメさんは目を大きく見開いた。
どうしたのか訊ねてみるとスズメさんは自身のスマホを俺に見せてくれた。
背景に写っているのはおそらく居酒屋。そして、本人の隣には顔立ちがいい男の人。歳はスズメさんより年上みたいだ。
写真を眺めていると俺も驚いて目を丸くした。
スズメさんの隣で一緒に写真に写っているイケメン男の背後に黒い影がいた。




