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第三話『コンビニ』とホットミルクのやさしさ


記録No.α1-003|観察対象:地球人類文化|分類:無人供物空間・自動儀礼施設




—————————




夜の地球には、妙な沈黙がある。

昼の喧騒が嘘のように途絶え、住宅街はまるで壊れかけの模型のように静まり返る。

街灯の届かない路地は、影と塵と余熱のたまり場。

虫の声、空調の残響、犬の遠吠えが、断片的に浮いては消える。


私はその中にいた。身を伏せ、センサーを拡げ、聞き耳を立て、匂いを拾い、光を嗅ぐ。

調査対象:地球人の日常的供物施設――「コンビニ」。


この「コンビニ」なる存在が、地球人の生活に深く関与していることは、これまでに収集した数百の会話ログから明白だった。


「帰りにコンビニ寄ってさ」

「とりあえずコンビニでいいか」

「コンビニの唐揚げ、マジで神」


最後の言葉に注目した私は確信した。

「この施設には神がいる。」

いや、ただの施設などと呼ぶべきではない。

一種の神殿、あるいは聖域である。

人類の生活を包摂し、接触し、再調律する空間。

その証拠に、コンビニはどの街にも存在し、どの時間でも開いている。

それはもはや「施設」というより「機能」と呼ぶべきものだった。






夜の23時38分。

私は看板に光る「ロー◯ン」の青い文字を目指し、舗道を横断した。


建物の入口に近づくと、ガラスの扉がひとりでに開いた。

センサー反応。たるたる星人の存在も感知可能。

人間と同様に扱われた事実に、わずかな誇らしさを覚えながら、中に足を踏み入れる。



内装は……"異常"だった。



発光する棚が整然と並び、無数の物品が寸分の狂いもなく陳列されている。

箱、袋、ボトル、カップ。食品、雑誌、下着、歯ブラシ、温められた惣菜。

その全てが「取りやすい高さ」に置かれていた。

まるでこの場所全体が、“人類のために調律された祭壇”のようだった。







地球人は、ここを「便利」と呼ぶ。

だが、私にはそれが異様に映った。


この秩序、この沈黙、この過剰なまでの照明と温度調整。

それは“心地よさ”ではなく、“計算された従順”のように感じられた。


特に印象的だったのは、来訪者たちの態度だ。


彼らは一様に無言で店内を歩き、無言で商品を手に取り、

無言で「レジ」と呼ばれる台へと向かう。

そこには人間が立っていたが、客と言葉を交わすことはほとんどなかった。

ただ、金銭と物品の交換。

それだけが、この神殿で許された儀式のようだった。


私はそれを「レジ=供物台」と定義する。





私は棚の隙間をすり抜け、観察を続けた。

冷蔵エリアには、明らかに保存性より“即食性”を重視したパッケージが並んでいた。

三角の「おにぎり」、湯を注げば食べられる「カップ麺」、細長い菓子。

菓子の多くは“パッケージの派手さ”で差別化されており、どれが本当に美味なのかは判別が困難だ。



しばらく観察を続けたのち、私は決意する。

自らも“儀式”を試みてみることにした。



商品棚から、丸い容器に入った「カップうどん」なる供物を選択。

外装に描かれた写真から察するに、温かく、汁気があり、伸びる食品らしい。

“見た目で判断する”という消費行動――これはたるたる星では禁忌に近い思想だった。


それでも私は選んだ。

最も魅力的に見えた「カップうどん」。

私はそれを抱え、レジの列に並ぶ地球人たちの後ろに、そっと加わった。



……が、無視された。



当然といえば当然である。私の今の身長は30cm程度。(日によって多少変動する。)

棚の下段に隠れるようなサイズである。

順番が来ても、誰もこちらを見ない。

私は焦り、レジ台へと自力でよじ登り、うどんを置いた。


そのとき、初めて店員と目が合った。

二十代半ばと見られる男性。

無表情。疲労。無言。


そして、ぽつりと一言。


「……これ、誰の?」


後ろの客が答える。


「なんかの置き物じゃね?」

「妖怪じゃん」

「新商品の販促じゃね?」


私はそのまま冷蔵コーナーへ転がるように逃げ込み、

ドリンク棚の背後へと身を隠した。

レジ台での初交渉は、失敗に終わった。





その後、私は冷蔵庫内でしばらく待機していた。

だが空気は冷えすぎており、振動によって棚の上から飲料ボトルが落下。

その衝撃で「ハイボール」なる缶が破損し、中の液体が噴き出した。


香りは刺激的。味は、鋭くて苦く、後から微かに甘い。

私は本能的にそれを口にし、数分後には酩酊状態に陥っていた。


記録端末には《精神浮遊率23%上昇、母星語での独り言増加、物理姿勢崩壊》などのログが残る。


やがて意識は途切れ、私は冷蔵棚の奥で眠っていた。







目を覚ましたとき、私は柔らかい布の上にいた。


視界には白い蛍光灯。においは洗剤。

隣にはホットミルクの缶が、ぬるくなった状態で置かれている。


視線を動かすと、若い女性の地球人が一人、制服姿で私を見ていた。

店員。だが先ほどのレジの男とは異なり、表情に“人間の顔”があった。



「……なんだろ。ぬいぐるみ?でもなんか、濡れてるし……」

「どっかの子どもの忘れ物かな」



彼女は“勤務中”でありながら、“一人の個体”として私を扱った。

それは神殿の儀式ではなく、休憩という人間の素顔の時間だった。


彼女はそれ以上、私を問い詰めようとはしなかった。

ただそっとバスタオルをかけ、ミルク缶を置いていった。

私はそのとき、たった一口だけ、ミルクを飲んだ。


甘かった。

味噌汁のように、塩や出汁ではなく、ただ“やさしさ”が入っていた。

誰かの心が、液体に形を変えて存在していた。



私はそのとき理解した。



コンビニは、無機質な供物所ではない。

誰とも話さず、誰にも見られずに済む空間。

それが人間にとっての「安心」であり「便利」であり、同時に「孤独」であるということ。


ここでは、誰もが自分の“必要”を買い、誰かの“気配”を手放している。

便利とは、感情を排した安心。

だがそれでも、たまに誰かが、ホットミルクを置いていく。




———





観察報告結論(詳細)

・コンビニ:人類社会の“最小構成単位”。

 孤立と利便が成立する“密閉された祈りの場”。

顧客は聖職者ではなく巡礼者。商品は供物であり慰めでもある。

・レジ:神の祭壇ではない。境界線であり交換所。言葉は最小限。金銭と物のやりとりがすべて。だが、そこには言葉以外の“感情の断片”が存在する場合もある。

・店員(深夜女性個体):非攻撃性。拾い上げ、保温、飲料の提供。

この個体の存在により、“コンビニに心がない”という初期仮説を訂正。

 地球人は、時に“沈黙の中でだけ、やさしくなれる”。

・結語:


「地球のコンビニとは、欲望のデータベースではない。

誰にも触れず、誰にも傷つけられない場所として、人類が編み出したもうひとつの“家”である。

それは無言で、温かく、そしてとても静かだった。」




———




付記:ホットミルクの甘味は、味噌汁の温もりに近い。

たるたる星への持ち帰りを検討中。


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