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(仮タイトル)天墜が還る日  作者: 久遠 ゆのか
第一章 黄の国ティワン
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[トウエンの町-6] 新人冒険者あるある


 待っている間、しばらく静かな時間が流れた。どこからか小鳥のさえずりが聞こえ、ほのかな風が頬を撫でる。外の景色はやや薄曇りだが、天気が崩れる心配はないしなくて良さげな陽気だ。


 そんな中、後ろからアルネが駆け寄ってきた。


「お待たせー!」


 振り返ると、いつもとは違う冒険者らしい格好をしたアルネが立っていた。


 軽やかな皮の鎧に、腰には短剣を装備し、編み上げのブーツを履いている。そして背中には弓がひとつ。動きやすそうな服装に身を包んだアルネは、まるで一人前の冒険者のように見えた。


「どう? 似合ってる?」


 アルネが得意げにポーズを決める。元気な笑顔にその格好がしっくりと馴染んでいて、頼もしささえ感じさせる。


「うん、すごく似合ってるよ。かっこいいじゃん。」

「そう? そう? ありがとう!」


 アルネはご機嫌な様子で、足取り軽く跳ねるようにして歩き出す。


 遠くから馬の蹄の音が聞こえ、豪華な馬車が向かって進んでくる。アルネに頼まれた使用人が、早急に用意して正門の正面へ回してくれたようだ。


「じゃあ、行こうか!」


 彼女が先に馬車に向かって歩き始め、俺も急いでその後を追った。


 馬車が門の前に到着し扉が開かれると、アルネはすぐに乗り込んだ。


「早く来て、ルーシェ!」


 俺も続いて乗り込むと、アルネは窓の外を楽しそうに眺めながら、話しかけてきた。


「ねえ、ルーシェ、もし冒険ができたら、どんなことしてみたい?」


 その問いに、俺は少し考えた。


「うーん、広い世界を旅して、いろんな景色を見てみたいな。」

「いいね! 私もずっと世界を回りたいと思ってたんだ。だって、世界には食べたことのない美味しいものがたくさんありそうでしょ? トウエンだけじゃ物足りないもん。」


 アルネは不満げに、口を尖らせ頬杖をつく。

食べ物かよ!ってツッコミはひとまず飲み込んでおいた。


「でも、私、お父さんと二人暮らしだから、なかなか自由に動けないんだよね。お父さんを一人ぼっちにさせるわけにはいかないから……。」


 アルネは少し寂しそうな表情でそう言って一拍置き、明るい調子を取り戻して続けた。


「だからね、トウエンでしか活動してないけど、こう見えて弓の扱いはなかなかの腕前なのよ!」

「へぇ、弓か。かっこいいな。」

「特定の仲間で組むことはないけど、いつもその時、その場で出会ったフリーの冒険者と組んで後方支援してるの。」


 アルネが楽しそうに話す。


「お父さんの件もあって、今すぐどうこうはできないけど……。でも、いつかはティワンを出て冒険してみたいって思ってるんだ。それが私の夢!」

「そうか、きっと叶うと思うよ。」


 アルネの話を聞いてるうちに、気づけば馬車はギルドのある広場に到着していた。


−−−−−


 ギルドの建物は堅牢で、一際存在感を放っていた。入り口付近から冒険者たちで賑わっているが、中に入ると尚一層賑やかな雰囲気が広がっていた。

俺たちは奥へと進み、受付窓口で冒険者登録をお願いした。


「初めての登録ですか?」


 受付の人がにこやかに聞いてきた。


「はい、そうです。」

「それではまず、記入用紙のここにお名前を書いて貰えますか?」

「はい。」

「ルーシェさんですね。次にこのページの規約を――」


 説明を受けていると、後ろからわざとらしい笑い声が聞こえた。振り向くと、ガタイのいい男が近づいてきて、馴れ馴れしく肩に腕を回してきた。


「おぅ! 初心者か? その年齢で初めてって、おまえ大丈夫か?」


 言葉だけ聞けば親切そうだが、その顔は俺を挑発するかのように目線を外さず、ヘラヘラした表情を近づけてきた。


(うっ!!こいつ、酒臭ッ!!!)


「なんだおまえ、女みたいな顔してんな〜。ちゃんと金玉ついてんのか?」

「バッカスさん、ダメですよ。」


 受付嬢が注意するも、全く気に留める素振りもないバッカス。


「金玉をどっかで落としたような顔した奴が冒険者登録するなんてよぉ〜。俺、心配だなぁ〜。よし! おまえが冒険者として通用する力があるのか、先輩でありDランクのこの俺様が自ら試してやる。闘技場に来い!」


 ホールの一部から下品な笑いが起きた。どうやらバッカスのパーティーメンバーのようだ。仲間の笑いに調子づいたバッカスは諫言を意に介さない。


(はぁ…。登録だけで終わる、すぐ終わるってアルネは言ってたのに…。)


 俺がジト目で横を見ると、アルネはバツの悪そうな笑みを浮かべて目を泳がせた。

 こりゃどうやら、自己解決を図るしかなさそうだ。現状を察してため息が1つ漏れた。


「あー⋯先輩すいません。せっかくですけど俺、今日は冒険者になることが目的じゃなくて、身分証明書を発行しにきただけなんですよ。なのでテストは必要ないですね。」


 できるだけ明るく、バッカスの気を逆立てないように断りを入れる。それを聞いたバッカスは一瞬目を点にしたあと野太い声で叫んだ。


「おいおい、聞いたか? 冒険者ギルドに来て、冒険者にもならず身分証明書の発行だとよ。とんだ腰抜けがいたもんだ!アーッハッハッハ!」 


 バッカスの笑い声が響き渡り、彼の取り巻きも一緒になってクスクスと笑っている。周囲の冒険者たちも、それぞれ違った反応を見せた。冷めた目で見る者、面白がって囃し立てる者、中には同情のまなざしを向ける者もいた。


 俺は眉をひそめたが、気にしないよう自分に言い聞かせた。相手にすればするほど、余計につけあがるのが目に見えているからだ。


「……まあ、そういうことなんで、先輩のご厚意は辞退させていただきますね。」


 努めて穏やかに言うが、バッカスはまだニヤついていた。


「ハッ、なんだその顔。ちょっと悔しそうじゃねえか? そりゃそうだよなぁ。男なら、バカにされたままで引き下がるのはプライドが許さねぇよな?」


「……別に。」


 バッカスの煽りに対して口では否定したものの、胸の奥がじんわりと熱を持つのを感じる。

 確かに、こいつの態度には苛立ちを覚えた。正直、悔しくないと言えば嘘になる。


 その時、受付嬢が少し困った顔をしながら口を挟んできた。


「えーっと、実は……ギルドに登録する際には、実力を測るためにDランク以上の冒険者と手合わせをしてもらう決まりなんです。」


「……え?」

「あら、そういえばそうだったかしら?」


 驚いた俺の声とアルネのトボけた声が重なる。


「いやいや、そんな話聞いてないんだけど……!」

「すみません、言い忘れてました。でも、これは正式なルールでして……。」


 瞬時にアルネの方へ首を向けると、彼女は全力の笑顔で受付嬢の言葉をリピートした。


「すみません!私も言い忘れてました!」


 (なんだよ、それ!ふざけんなー!)

 

 さらに、バッカスが便乗して発言する。


「ま、聞いてなかろうと、ルールなら仕方ねえよなぁ?ようするに、おまえが冒険者登録するには、今から俺様と戦うしかないってことだ。さあ、どうする? 逃げるか?」


 勝負も始まる前から、すでに勝ったような憎たらしい表情だ。

おまえも俺のように、アルネの顔面試練を受ければいいと思うよ!


(ん〜、腕試しの相手は別の冒険者でもいいんだろうけど、どうせやるならこいつを負かしてやりたい。)


 俺は拳を握りしめた。


「……わかりました。やります。」


 俺がそう言うと、バッカスはニヤリと笑った。


「よーし、決まりだ! じゃあ、闘技場へ行くぞ!」


 こうして、俺はバッカスと手合わせをすることになった。





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