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(仮タイトル)天墜が還る日  作者: 久遠 ゆのか
第一章 黄の国ティワン
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[トウエンの町-3] 名もなき者と赤い鳥

「はぁ~ 腹いっぱい!ごちそうさまでした!」


 あれこれ考えることはあるけど、腹が膨らむと不安は軽減する。何とかなるさ!と前向きになれる。偉大なご飯という存在に感謝の念を飛ばしていると、アルネが不思議そうに指先をこちらに向けてきた。


「それは何?」

「それって?」

「それよ、その手。」


 ふと自分の手を見ると両手を合わせて立てる形になっていた。 なぜこんなポーズをとっているのか自分でもわからない。


「なんだろう?気づいたらやってたというか、無意識に手を重ねたように思う。」

「あなたの国の習慣なのかしら。ちょっと変ね。食べ終わった合図とか?」 「この国ではやらない?」

「やらないわね。どこの習慣なのかわかれば出身国もわかると思うけど、明日お父さんに聞いてみたら良いかも。」

「うん、そうするよ。」


 なんとなしに出た仕草がヒントになりそうだ。 上手いこと記憶が戻ってくれたら良いのだが…。


「ところで変と言えば、あなたを見つけた時からずっと傍にいるその鳥も、見たことない種類なのよね。」


 そう、俺が目覚めた時からずっと肩に乗っていた赤い鳥。 今はフードの中で休んでいるようだ。  アルネは興味深そうに俺のフードを覗き込んだ。


「ねえ、この鳥、あなたの鳥なの?」


 俺は肩をすくめる。


「さあな。目が覚めた時からずっと一緒にいるけど、俺が飼ってた記憶はないんだ。」

「ふうん……ちょっと見せて?」


 彼女がぐっと身を寄せ、俺のフードの端をつまむ。鳥は少しも動じることなく、のそのそと首を伸ばしてフードの縁に顔を出す。


 灯の下で改めて姿を見てみると、やはり奇妙な鳥だった。鮮やかな赤い羽毛をまとい、頭には立派な金色のトサカがある。目は丸く、知性を宿したような輝きを放っていた。そして何より特徴的なのは長い尻尾だ。白、黒、緑、青、黄色と鮮やかな色が層になり、まるで虹のように揺れている。


 アルネは感嘆の声を漏らした。


「すごく綺麗な鳥ね……でも、ちょっと太っちょじゃない?」


 その言葉に、鳥がピクリと反応する。そして次の瞬間――


「ピッ!」

「きゃっ!」


 鳥が鋭いくちばしでアルネの指をつついた。アルネはびくっとして手を引いた後、目を丸くして鳥を見つめる。


「ビックリした…もしかしてあなた、言葉がわかるの?」


 鳥は何も答えず、ふいっと横を向いた。


「そうよね、まさかわかるわけないわよね。」


そのやりとりを見て俺は思わず笑ってしまう。

アルネも苦笑いを浮かべて、軽く肩をすくめた。


「はいはい、ごめんなさい。ちょっとポッチャリしてて可愛いって言いたかっただけよ。」


 鳥はジロリとアルネを一瞥して、くちばしを羽にうずめて身を縮こまらせる。


 アルネは再び俺を見つめ、ふと顔を上げた。


「ねえ、あなたの名前は?」

「……わからない。」


 何度思い出そうとしても、霧がかかったように何も浮かんでこなかった。


「そう……」


 アルネは悲しげに応えて少し考え込んだ後、真剣な顔で言った。


「じゃあ、私が名前をつけてもいい?」

「お前が?」

「だって呼び名がないと不便でしょ?」


 彼女は少し照れくさそうに笑った後、ゆっくりと口を開く。


「そうね……ルーシェ……ってどうかしら?」

「ルーシェ?」

「遠い昔の言葉で『光』を意味するの。」


 俺は少し考えた後、その響きを口の中で反芻してみた。


「うん……悪くないな!」

「気に入った?」

「ああ、ありがとう、アルネ。」


 彼女は満足そうに微笑んだ。


 ルーシェ――それが俺の名前。記憶は戻らないままだが、少しだけ自分という存在に輪郭ができた気がした。


 そろそろ夜も更けてきた。明日に備えて休む時間だ。


「さてと、そろそろ寝ましょうか。」

「そうだな。」


 アルネは椅子から立ち上がり、軽く背伸びをする。そして俺に向かってにこりと微笑んだ。


「おやすみ、ルーシェ。」

「おやすみ、アルネ。」


 俺がそう返すと、彼女は静かに部屋を出ていった。


 静寂が訪れる。ルーシェという名前を噛み締めながら、俺はゆっくりとまぶたを閉じた。



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